カラフル! 4月19日~4月25日
緑 ✕ 橙
顔は普通だし、背は男子の中でも低い方。
ただ、足が速くて、体力が並外れていて、馬鹿力で……要するに滅法運動神経がいい。
あとは、彼の性格だろうか。
「
廊下の端から、橙助が手を振りながらのしのしと歩いてくる。
そんなガニ股で歩くやつ、昭和の映画でしか見たことない。
「うるさいよ、橙ちゃん。注目の的になっちゃってる」
「そっちこそうっせーよ。その呼び方やめろっての」
「はいはい」
橙助は僕の横で窓に寄りかかって、足を投げるようにして腰を伸ばしている。
「綺麗な青空だよね。夏が近くなってきた感じ」
青が濃くなってきて、雲も少しずつふわふわとわたあめのような形へと変わってきた。
僕は今の季節の空が好きだ。
「相変わらず訳わかんねー詩みたいなこと言うな、お前」
「相変わらずロマンのロの字もないよね、橙助は」
「悪かったな」
でも、ぶっきらぼうに見えて、わかんねーとか言いながらも僕の話を遮ったりしない。
橙助は情に厚くて、誰にでも同じ様に接することが出来る才能を持っている。
例え嫌いなヤツにも、「俺、こいつ嫌いだわー」とか言いながら、分け隔てなく。
僕には出来ない。嫌いな人間とは距離を置いて、自分の心の平安を保つ方がいいから。
だから、こいつの壁を作らずにいられることは才能だと思っている。
「橙助って好きな子いないの?」
「はぁ?」
「一度もそういう話したことないじゃん」
「男が二人で
まあ、それはそうか。
「……もしかして、ゲイ?」
「俺は女子が好きだ、ばーか!」
――ほら、だから大きい声を出すとさ……。
周囲で野次馬がざわざわと僕達を見ながら、囁き合っている。
良い奴なのはわかってるけど、やっぱ鈴木さんはもう少し頭の良い人を選ぶほうがいいんじゃないかな?
黄 ✕ 水
「ねぇ、大丈夫?」
両手いっぱいにノートを抱えてる丸井さんに、背中から声を掛ける。
「だ、大じょ……きゃあっ」
「ああもう、言わんこっちゃない」
丸井さんはなんとかバランスを立て直したけれど、上の二冊がずるりと落ちてしまった。
しゃがむのも大変だろうと拾い上げると、一冊は
「
「……なんでもない。あたしも手伝うわ」
「ありがとう!」
あたしも丸井さんみたいに素直だったり、
きっと、変わったところで振り向いて貰えなかっただろうけど。
「優黄ちゃん、最近ますます綺麗になったよね」
そう、かしら?
返答に困っていると、丸井さんが楽しそうに笑う。
「そうだ、今度買い物行かない?」
「買い物?」
「この前ね、可愛いヘアアクセのあるお店見つけたんだけど、わたしショートだからシュシュとか付けれないでしょ?
優黄ちゃんに似合うんじゃないかなって」
「……そうね、イメチェンしようかな」
教室が見えてきて、男子の輪の中で一際はしゃいでいる橙助が目に映る。
振ったの勿体なかったなって思わせるくらい、いい女になってやろう。
白 ✕ 水
――よし、あとはトーンを貼るだけね。
ふぅっと胸に溜まった息を吐いて、首を左右に倒す。
こきり、こきりと機械の噛み合っているような音がして疲れがどっと押し寄せてきた。
あとトーンを貼るだけ。締め切りは明後日。
間に合う。間に合わせてみせる、と言い聞かせながら、やっとここまできた。
教室の窓は開いていて、爽やかな風が吹き込んでくる。
その度にクリーム色のカーテンが海を思わせるような波を打って……遠くから、男女の大きな笑い声が聞こえてきた。
――何か飲もう。リフレッシュしよう。
買って戻ってくるまでの間だから。
そう思って、わたしは机に原稿を置いたまま教室を後にした。
それが間違いだった。
後悔先に立たずとはこのことだなぁと、今更思う。
炭酸飲料のペットボトルを片手に教室に戻ってくると、わたしの原稿を丸井さんが読み耽っていた。
カーテンがふわりと波打って、光が射した。
「ちょっと」
「これ、永瀬さんが描いたの?」
まんまるの大きな目が、キラキラと光を溢しながらわたしを見ている。
「すごいね! 漫画描けるってすごいよ!」
「黙って」
「え?」
「誰かに言ったら怒るから」
「あ、うん……」
遊んでくれなくて淋しげな子犬みたいに、丸井さんはしょんぼりとしている。
……ずるい。そんな表情されたら、怒りたくても怒れないじゃない。
「勝手に見てごめんね。でも、すごいと思ったのは本当だから」
「……ありがとう」
丸井さんは頭を下げてから、教室を出ていった。
ああ、最悪。
やっぱり原稿を持ってくるんじゃなかった。
てっきり、面白おかしく言い触らされるんじゃないかってヒヤヒヤして過ごしたけれど、誰かからその話を耳にすることは一週間経ってもなかった。
無事に描き終わった原稿は、次のイベントに間に合うことになった。
丸井さんの横顔を横目に見ながら、手元のノートに彼女を描き移す。
「ごめんね」
それから約束と平穏を守ってくれて、ありがとう。
……って、ちゃんと本人に言わなくちゃね。
藍 ✕ 桃
コントローラーのカチャカチャ音に、鼻歌が交じる。
「バンプ?」
「残念。ラッド」
「ハズレた。若者の歌はよくわからん」
「
隣でソファの背凭れに身を預けて、ご機嫌に歌うのはうちの高校で大人気のバレー部の王子様。
あっちこっちでキャーキャー言われてるこの王子様は、実は隠れオタクだ。
――これバレたら、女子幻滅するんじゃね?
一度そう
「あ! ダイヤ発見!」
「ダイヤ神殿まであとブロック二万七千個だかんな」
「無理無理。もうMODでも入れようぜ」
「根性出せよ、バレー部」
「うるせーぞ、帰宅部」
「げ」
桃真の方から、爆発音が聞こえてきた。
あーあ、これはやらかしたか?
「っあー! やべ、俺どこ掘ってたっけ!」
「全ロスおつー」
「いやいや、何の為の協力プレイなのよ! 拾うの手伝って!」
「アイテム発見。貸しイチな」
「藍次くんせこーい」
この貸しは何に使うかなぁ。
俺はそんなことを考えながら、ゲームに夢中になってる桃真の横顔を窺った。
赤 ✕ 橙
幼馴染みが小さい頃から割と大きかったせいか、あたしも普通の身長くらいなんだと思ってた。
けれど、今でも身長が伸び続けているあたしと違って、周りの女子の身長は高校入った辺りからあまり伸びなくなっていった。
そんなあたしと反対に、隣のレーンでスタンバイしている
ちなみにあたしと彼は同じくらいの背丈。足の長さ。
だから、男女ってハンデにはならないはずなんだ。
――って、思ってるんだけどなぁ。
陸上部の中で、あたしは女子で一番百mが速い。
そして橙助も、男子の中で速い方だ。
「準備いいー?」
先輩の掛け声に合わせて、あたしと橙助はスターティングブロックに足を掛ける。
体を丸めて、猫のようにして……ピストルの弾けた音で駆け出した。
三歩、四歩までは橙助と変わらなかった。
いつもスタートはあたしの方が上手い。
けれどそこから、橙助の背中が視界に入ってくる。
追い抜きたいと必死に足を回すけど、橙助のスピードは全然変わらない……どころか、上がっていく。
呼吸のリズムが崩れてきたところで、橙助に続いてゴールした。
「くぅぅやぁぁしぃぃぃいぃぃ!」
ゴロンと横になると、汗で濡れた二の腕と太腿の裏にざらりとした砂が張り付く。
「
「まぁた子供みたいなこと言ってるー!」
「子供はどっちだ。女子が大の字で寝転ぶな! 少しは恥らえっての!」
「うるさいなぁ、もう! もう一本行くよ!」
「懲りねぇなぁ、お前も」
「次は絶対に抜くんだから!」
橙助とスタート位置へ戻りながら、体育館の方へ目をやる。
「よーしっ! 絶対に勝ーつっ!」
黄 ✕ 紫
保志
彼女はよく言えばクールビューティー。
女子の中では珍しく一匹狼で、誰かとずっと一緒だとか輪の内に居るとか、そんな姿を見たことがない。
社交性が無い、という訳じゃなさそうだけど。
「なにかしら」
――あ、気付かれた。
羨ましいほど長い睫毛。ぱっつん前髪の下の切れ長の目が、ぎろりとあたしを睨む。
「ごめんね、声掛けようと思ってたんだけどタイミングわからなくって。
今朝のアンケート、保志さんだけまだ出てないみたいなんだ。もう書けてる?」
「ええ、まあ」
「良ければ、あたし届けてくるよ」
「いえ、自分で届けるわ。声を掛けて頂いてどうも」
なんと言うかまあ、素っ気ない感じ。
この辺りだけ空気が重苦しい。
「あ、紫ちゃん、担任が探してたよ!」
「う、うん!」
――んん?
憧れというよりガチ恋、なのかしら。
「……なに」
「ああ、ううん。別に。じゃあ、あたしはそれだけだから」
赤音は人を惹き付ける魅力があるし、クールビューティーで一匹狼な彼女の心を絆すような何かがあったのかもしれない。
でもまあ、なんというか……赤音の好きな人を知ってるだけに、保志さんの恋を素直に応援出来ずにいる。
「ちょっと」
「え?」
「唇、乾燥してるわよ。ちゃんとお手入れなさい」
「は、はい……」
もし、同じ痛みを持ってたら、あたしと保志さんは仲良くなれるかなぁ?
青 ✕ 茶
よく考えれば、入学してから図書室に訪れたのはこれで三回目だ。
たまに無性に読書したくなるときがあるものの、双子の弟の
異世界転生もファンタジーも女子がいっぱい出てくるのも嫌いではないが、今は気分的に純文学が読みたい。
壁側の高めの書棚に張り付くようにして、女子が背伸びしていた。
あまり目立つタイプじゃないが、彼女のことは幼馴染み越しに知ってはいる。
背表紙に指先を引っ掛けたものの、本を取ることは出来ずに踵がすとんと床に着いてしまった。
「これか?」
後ろから腕を伸ばすと、俺に気付いていなかったのか、目を丸くして見上げてきた。
「あ……はい」
「他は?」
「二つ左隣のものもいいですか」
「おー」
「助かりました、ありがとうございます」
「どーも。……なあ、ついでに訊いていいか?」
「はい、なんでしょう」
本を持ち直しながら、彼女が頷く。
「カラフルって小説探してるんだが」
「ありますよ、こちらです」
彼女は迷うことなく俺の先を歩み、導いてくれる。
所詮学校の図書室だ。そこまで広くはないし、迷うようなことはない。
それでも、ここにある本の冊数は多いし、どこにどんなタイトルがあるかなんて簡単に覚えられるものじゃない。
「こちらですか?」
彼女が差し出した本は俺の希望した本で間違いなかった。
「すげーな、あんた」
「結構物覚えいいんですよ。
――ほんとすげーな、あんた。
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