第62話 闘劇
「……渚、正気か」
秋は僕に向かって、その言葉を投げかける。
適切ではある。
「僕は昔から狂ってたんだ。ようやく思い出した」
「そうか……」
秋は下を向いたまま言う。
「分かっていた」
体は震えていた。
「分かっていた! 最初から、梓には渚から告白したが、わらわは違った。どちらか選ぶ選択肢なんてない出来レースだった。分かっていた……」
秋は大粒の涙を溢れさせながら叫ぶ。
「わらわには……それでもこの恋心を捨てる事は出来ない。渚、最後のお願いじゃ。わらわをふって欲しい」
「……僕は梓を選んだわけで、秋を切り捨てたわけじゃない」
「それでも……」
ガタン!
秋が僕に何か反論しようと思ったその瞬間、神社の扉が開いた。
いや、開いたというよりは、破壊されたという方が正しいだろう。
破壊された、扉だった物の瓦礫の先には、狼がいた。
秋の力の暴走と合わせて、最近増えている狼型神様だろう。
「お主ら! 」
秋が走って近くに寄って行く。
しかし!
狼は扉だった物の一部を加えて秋に投げつける!
「あがっ! 」
命中。
秋は床に倒れ込む。
「……どうしてなのじゃ」
弱々しく、神は化身に問いを投げかける。
「我々はお前から作り出された。しかしこの現状……いや、現実とでも呼ぼうか。この現実を目の当たりにして、我が主人であるお前の神としての権限の弱さを痛感した」
その低い声と淡々とした口調からは感情を読み取ることが出来ない。
「わらわを見捨てるのか……」
「我々はお前の存在から生まれたのは確かだが、子供が必ずしも親の味方をするとは限らないだろう」
狼は一歩ずつ秋に近づく。
一歩、そしてまた一歩。
僕はその光景を見るだけで、動けない。
かつて、今まであっただろうか。
ここまでの神の敗北という物を目にすることが。
そして、また一歩近づいた瞬間!
狼は後ろ足で地面を蹴り上げ、秋にむかって噛み付いた!
…………。
「あれ……って渚!? 」
ポタ……ポタ……。
赤い液体が空中から地面に落ちた。
僕の左腕と狼の頭が重なっている。
僕はこんな時こそ冷静になる。
状況を把握する。
僕は今秋の目の前に立っていて、右腕には狼が噛み付いていた。
把握完了。
絶望。
「ぐぅ……かはっ、お前……何故庇う」
僕の腕から狼は牙を引き抜いた。
「庇う気なんて無いさ……反抗期の子供を宥めに来たんだ」
痛みに耐える。
結構無理。
「そんな曖昧な気持ちで、命をかけるとは……愚かだ」
「強いて言うならこれがクライマックスだからだ。やっぱり最後には魔王とのバトルが定番だろうし……」
「ふんっ」
よくわからないなと言わんばかりに鼻を鳴らされる。
「いつか試練は来ると思っていたけど、こうしてそっちから来てくれたのは有難い」
右腕を抑えながら、余裕そうな風貌を保つ。
「お前はおかしなやつだな。分かりやすい試練が求める結果は直接的だぞ」
「勝って得るか、負けて失うか。わかりやすくていい」
「……生か死だ」
「ここで少しは男の子の甲斐性ってのを見せないとね」
血だらけの右腕を押さえるのをやめる。
「渚! 」
梓から、木刀をパスされる。
「ありがとう」
僕はそれをキャッチし、左手で持って構える。
「逃げないのか」
「いつもの僕なら、間違い無くそうするだろう」
元々狼の狙いは秋だ。
いつもの僕なら梓を連れて逃げているだろう。
というか、生に純粋であるのならばそれが賢明だ。
僕は今愚かなことをしている。
「いつもの僕ならそうだが……今日はそうともいかないらしい」
僕と狼は間合いを取るため距離を取る。
それでも、僅か数メートル先にお互いがいる。
「実はこれ以上何も考えて無いんだ」
「ずる賢いお前のその言葉は、到底信用出来ない」
「初対面の相手にそこまで言われるのは悲しいな」
「我が記憶は、そこの神から受け継がれている。お前のことなら知っている」
「じゃあ、僕は秋に戦いを挑んでるのかな」
「……好きに考えろ」
ちょっと不服そうというか、不機嫌っぽい。
「始めよう」
狼は後ろ足を蹴りやすい用位置を合わせる。
僕も木刀を持つ手に力を入れた。
どう抵抗するか、考えは纏まらない。
放置していたら一瞬で絡まっているイヤホンコードの様な糸は、s極とn極の様に反発し合い侵略を恐れる。
「あぁ……」
狼が地面を蹴った。
猛スピードで、一直線に向かってくる。
思っていたよりもずっと速い。
現実なんてそんなものだ。
狼は口を大きく開ける。
僕はそれを受け止める様に、木刀でガードした。
「ぐっ……」
猛スピードで駆けてきたことによる物理の規則は僕の攻撃を遥かに超えてきた。
……仕方ない。
「あ、あがっ……」
血だらけの右腕を木刀の柄に添える。
やっとのことで、僕は攻撃を受けきり狼を引き剥がす。
狼は一度距離を取り、構え直す。
僕も同様に左手で木刀を強く握り直す。
さっきまではアドレナリンがドバドバ出ていたお陰で、痛みも感じ無かったが、段々と痛みが右腕を蝕む。
「現実に帰ってきたって事か、これだから現実ってやつは……」
お決まりの台詞はずっとお困りの台詞らしい。
「お前をずっと見てきた。いや、お前だけでは無くお前の周りを」
狼は構えを解かぬまま僕に語りかける。
「我が肉体と記憶は、言った通り秋から生まれた。だから、ずっと見ていた。だがお前だけいつまでたっても何も進んでいない」
これは、秋からの言葉ということだろう。
「お前は何を得ようとしている! お前は何を追い求めている! 夢を追うことは、ハッピーエンドを求めることは確かに素晴らしい。だが、お前は夢ではなく幻想を追っているんだ! それで何が得られる? 」
狼は僕を睨む。
制圧の目だ。
僕を現実に縛ろうとする。
運営から公式から作られたトゥルーエンドルートへと誘導される。
「……僕は逢坂渚なんです。だからそこに強い意志を望みます。僕は幻想を語ります、だけど、それは現実を知っているから。いいですか……僕の言葉に惑わされてもいい、揺らいでもいい、だけど結果は……エンドのシーンだけは僕の現実幻想全て引っくるめて踏みにじってくれないと困るんです。分かりますか? 」
「……現実はそんなに甘くないとなぜわからない」
「分かってますよ……これが悪手だってことくらい……。だけど僕は僕にしかなれないみたいなんです」
「……小賢しい、現実を見てから後悔するがいいさ」
ダンッ!
狼が攻撃をするため地面を蹴る音。
多分、攻撃を受けきるという手は悪手だ。
片手じゃ抑えきれないし、怪我した右腕を使って両腕で防げるのもあと数回が限度だ。
躱す?
いや無理だ。
僕がやるのは、カウンター……それだけ。
僕は僕を譲れないんだ。
狼は至近距離まで近づくと、大きく口を開いた。
僕は左手に持った木刀ーー
ーーではなく、右拳を思いっきり狼の口へと突っ込んだ。
そして、開いた口はどうなるかというと、閉じられる。
「……っあ」
さっきよりも濃い血の匂いが鼻にやってきた。
だけど、ここで痛みに負けてはならない。
左手に持った木刀を離して、ポケットの中を探る。
一度だけ、そう言ってた。
だけど、それでいい。
僕はポケットから、一度だけどんな敵も倒せると言われた割り箸を取り出す。
そして、狼の首元目掛けて
ーー突き刺した。
「ぐぁぁああああ!! 」
狼は閉じた口を大きく開けて叫ぶ。
そしてそのまま……、
バタッ
地面に倒れた。
「……中々やってくれたじゃないか」
横に倒れたまま、狼が言う。
「生きてたんだ」
「と言っても、お前の変な武器のせいで……身体が消滅して……いっている。お前の勝ちだ」
狼の言う通り、僕が割り箸を突き刺した首元を出発地点に、身体が煙の様に消えていく。
そういう僕も右腕を失ってるわけだし。
「武器を作ってくれたみよちゃんのお陰だ」
「みよ……あの神輿の付喪神か」
「割り箸だったけどね」
「……割り箸に殺されたというわけか。面白くはある」
僕も狼も笑っていた。
全力で戦いあった者同士は友達になる……少年誌でも少なくなってきているベタな展開だ。
「……最後に聞かせてくれ」
「何? 」
「お前が守った物、得た物に価値はあったか? 」
消えていく身体と煙の中、僕は質問を受け取る。
「価値なんて無かったのかもしれません。でも、救い難い僕だからこそ、救えた物があるんじゃ無いかと」
「……その曖昧な言い方、実にお前らしい」
その言葉を最後に、狼は煙となって消えた。
僕は振り向く。
左奥に座りこんだ梓、右奥には座りこんだ秋の姿が見える。
「あがっ、あぐううううう、ぁぁあああ! 」
押し殺していた痛みに絶叫した。
今更になって恐怖もやってきた。
右腕を動かそうとしても何も感じないんだもんな……。
「あがっ、ぁあああああ! 」
「「渚! 」」
二人が僕の名前を呼ぶのを最後に、僕は意識を失った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます