第59話 贈与 (渚視点)

『俺達の準備は終わった』


 咲斗からそんなメールを受け取った。

 深夜、僕はスマホベッドに横になったまま机に置こうとする。


「あっ」


 失敗。

 スマホを床に落とす。


「はぁ……」


 床に落ちたスマホを取るのも諦めて、天井を寝たまま見つめる。



 現実は救い難い。


 繰り返した。


 そして、救い難い僕。


 眠気が襲ってきた。

 どうやら僕は劣化しているらしい。


「素直に眠ろう」


 誰もいない部屋に話しかける。

 だけれど、その前にやらなくてはいけない事があった。

 僕は落としたスマホを取る。

 そして、メッセージアプリを起動して、文字を打ち込んだ。



『明日の夜。そこで決着をつけます』と。




 ーーーーーーーーーーーーーーーーーー



「……いらっしゃいませ〜」


 ちょっとだらしない入店の挨拶を横目に、僕は入店した。

 来たのは古本屋である。

 今日はいつもより混雑していた。

 僕は一目散に、とあるコーナーへと向かう。



 女性向け雑誌を片っ端から開いてみる。

 男性にされたら嬉しい事……的な内容を抜粋して読んでみる。


 それから小一時間。

 長時間居座る僕に、早く出て行けという意を込めた目線が向けられるが、無視をする。

 そして徹底的に無視し続けた結果……、


「駄目だ。何もわからない」


 僕は脳内で白旗を上げる。

 どうにもプレゼント手法しか載っていない。

 書き手は女性をどう捉えているのだろうか。



「何を悩んでるのよ」


 すると、後ろから背中を叩かれた。


 振り向いてみると、本屋のお姉さん……だけでなく、野次馬の皆さんもぞろぞろと集まってくる。

 田舎町の特徴とでも言うべきなのだろうか、面白そうな事があると、すぐに好奇心を見出す本能に疲弊する。


「……どうも、皆さんお集まりで」


 僕はもう一度、ギャラリーの皆さんを見てみる。

 気づけば僕は、円状に囲まれて逃げ出せない状況が作られてた。


「それで、何を悩んでるのよ」

「それが……」


 僕は諦めて、事の経緯を話す。

 意外と諦めはよい所は自分でも長所だと思ってる。


「なるほどねぇ……。昨日儀式に出てた二人が付き合ったって話もあったし、おめでたが多くなりそうね」

「儀式に出てた二人……? 」

「あれ、知らなかった? 昨日の夜らしいわ」

「いえ、逆にどうしてもう知っているのかと……」


 周りにいるギャラリーの皆さんももう既知の事実のようだ。


「田舎町だからね、情報の周り方は以上に早いのよ。それよりも、今は貴方のことでしょ? 」


「え、あ、はい。えーと、情報誌だと、大体プレゼントが書いてあるのですが、僕の相手に生半可な贈り物が効果あるとは思えなくて……」

「プレゼントねぇ……間違ってはないと思うわ」


 本屋のお姉さんは、僕を見下ろしながら、唇を尖らせる。


「悪くはないわ……贈与交換はストロースやモースが語る所でもあるし、金銭の値で誠意も伝えやすい」


 ただ、君の相手が金銭的に価値のあるものでなびく相手じゃないのは自明の理だよね、とお姉さんは言う。


「となると、金銭ではなく別に価値があるものでしょうか。強いワンフレーズのような、パンチラインのギフト版……強い贈り物」

「強いというより、意味のある贈り物かしら」


 意味のあるもの……。


「もし貴方だったら、異性にどのような意味のあるものを送りますか? 」

「あーそれは駄目、女性って基本的に搾取する側じゃん? 」

「肯定していいのか、悩む回答ですが……」

「手作りチョコとか費用が掛からなくていいのよね」


 耳を塞いでおきたかった。


「そうね、まぁ……意味のあるものを探しなさい」

「具体的には……」

「「自分で考えなさい」」


 ギャラリーとお姉さんの意見が一致する。


「本命チョコと義理チョコの違いみたいなものよ」

「あまり分からないですが」

「まぁ、義理でも本命でも、高級な物を貰った方が嬉しいけど」


 …………。


「結局現金を貰えるのが一番いいんだけどね。世の中金よ」

「左様ですか」


「こんな所ね。アドバイスとしては」

「色々と参考になりました。ありがとうございます」


「あーあ、私も早く彼氏欲しいなぁ……じゃなかった。うん、が、頑張ってね! 応援してるから! 」


 僕は、お姉さん達に深々と頭を下げて、お礼してから本屋を出た。

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