第58話 結びの日(咲斗視点)


 この話は咲斗の視点となっています。




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「残すは……あそこか」


 俺はそう言って、階段を登る。

 1階2階3階になっても足は止めず、最終階も越えて……屋上への扉の前へとやってきた。


 ガチャ……


 扉を開ける。

 そして屋上に出る。




「……どうして? 」


 ドクンと心臓が跳ねた。


「結」

「……こないと思ってた」

「雪にふられた」

「は? 」


 結はそんな素っ頓狂な声を出す。


「これ」


 俺は自分の左頬を指差す。


「……それで、ふられたから次の女に? 」

「ははは……」


 笑ってごまかす。


「とんだ屑男ね」

「それは俺の役割じゃないと思ってたんだがな」


 二股屑野郎は渚で十分だったのに……そうなると、渚と知り合ったのは必然だったのかも……なんてな。


「怒られるのを覚悟してた」

「その真っ赤になった頬を見たら、怒る気なくなったのよ」

「いいのか悪いのか」


 俺は乾いた笑みを浮かべようとするが、寸前で踏みとどまる。

 真面目になりきれない自分がいる。


「こうやって二人で話すのは久しぶりだな」


 旅行の時も儀式の時も、似たような事を言った気がする。

 言うことが無くなった時のお決まりらしい。


「そんなこともないんじゃない? 結婚式の時もあったし」

「そうだったか」

「まぁ、でも賑やかになったよね。咲斗と雪とあたしだけだった時に比べれば」

「賑やかすぎだ。お昼ご飯をまともに食えやしない」


 お腹空かせた午後の授業を思い出す。


「毎日ってもっと淡々と過ぎていくと思ってた」


 結が言った。

 俺も心の中で賛同する。


「話が逸れてた。それで……何しにきたの?」

「雪にふられた」

「さっき聞いた」

「さっき……雪にふられたんだ」

「今聞いた。……咲斗どうしたの? なんか変だけど」


 俺は頭の中で、ボヤッとしていた現実が明確になるのを感じ取る。


「冷静に考えたら雪をふられるって結構問題なんじゃないか……? しかも一回告白を断ってるし、凄くもったいなかったのでは……」

「別の女の前で別の女への後悔をしないで!」


 来世まで後悔しそうだ。

 俺は頭を抱える。

 だけどこのノリ、妙に何かを思い出す。


「あたし、そんな都合のいい女じゃないんだけどなぁ」

「分かってるさ」

「わ、分かってるならどうして……」

「偉大なる理想のための準備だ」

「何それ」


 結の反応は妥当だ。


「長くなるからな、説明は飛ばさせてくれ。結果としては、お前が思ってる通りになるかもしれないけど。それに……さっき俺が来ないかも何て言っていたけど、本当は来ること分かってたんだろ? 」

「なっ!? 」


 結はそんな声をあげるが、それ以上は何も言わない。

 俺の赤い頬を見たら怒るきが無くなったなんて言っていたけど、それが嘘だって事はすぐ分かる。

 でも怒りに身を任せてしまえば、お互いやる事は限られてしまう。

 偉大なる理想は常識の壁の向こう側にある。


「俺は……」


 俺はそこまで口にして……でも泊まる。

 言葉何て分かってる。

 好きって気持ちを伝えるために、俺たちは遠回りしてきた。


 しかし、逃げる事は許されない。


 攻撃と防御と、

 叱責と謝罪と、


 だけども結の目はそれを許さない。



「結」


 結は目で答える。



「これ……落としてたぞ」

「え? 」


 俺は、ポケットの中から出てきたキーホルダーを渡した。


「これって……」


 結はそれを見る。


「俺が……初めてあった時、渡したやつだ」

「……ずるい」


 結の目に涙が浮かぶ。


「ちゃんと……言って」

「言わなきゃ駄目……? 」

「言わなきゃ許さない」


 ずるい言い方だ。

 ずるいのはそっちこそだ。


「……」

「何か、ホテル直前で土下座する男みたい」


 俺は一歩近づく。

 至近距離で目を見つめた。

 結の両目には涙が浮かんで、うるうると震える。


 いや、違う。


 震えてるのは、俺の方だった。


「結……」


 俺は額を結の胸に押し付けるように倒れた。

 もし結が巨乳だったら、欲情していたかもしれないな……なんて思い出にはならない事を願う。


「ごめん」


 溢れそうになる。


「結」

「うん」


 結が俺の頭を抱きしめるようにする。


「好きだ」


 ーー溢れた。


「知ってる」


「好きだ」

「分かってた」



 それから、どれくらいの時間だろうか。

 涙を流しきった俺たちは、冷静さをとり戻す。

 体を一定の距離取ってから会話がはじまる。



「これから……大変なことになりそうだな」

「咲斗はそうね」

「……どういう意味だ? 」

「雪っちに気を使いながら、あたしが嫉妬しないように、そしてあたしのわがままを聞くのよ」


 私事が多いような気もするのだが……。


「さぁ、帰りましょう。こんな雪が降ってるのに長居したら風邪ひいちゃうわ」

「……そうだな」



 校舎へと繋がる扉を開ける。


「咲斗……寒いからココアが欲しいわ」


 …………。


「恋はするものじゃなくて、落ちるもの。だから地獄と一緒なんて言ってたが、とんだ大地獄に迷い込んだもんだ」


 小声でそんなことを呟くと、


「誰が地獄より恐ろしいって……? 」


「……地獄耳」


 雪の降る夜。

 赤い糸が結ばれた。


 そして、残ったのは……、


 二人きりの楽しそうな笑い声だけだった。

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