第53話 対立と孤立(渚視点)

「渚、今日も食堂……行かないか」

「ごめん咲斗」

「いや、いいんだ」


 何だか悪いことを最近してしまってるのは分かってる。

 だけど、僕は僕を譲れないらしい。


「じゃあ、渚。隣でご飯食べていいか? 」

「構わないけど……」

「じゃあ、お邪魔するぜ」


 咲斗は僕の隣の席に座る。

 パンを机に置くが、少し間を空けて僕の邪魔にならないようにしてくれる。

 多分無意識でやってるようだが、優しさを感じる。


「ちなみに、今は何やってるんだ? 」

「基本的には会計が主な仕事かな、メイド喫茶って事で材料を集めないといけないんだけど、都会みたいにスーパーがないから面倒でね」


 だから、業者から直接取り寄せなければいけない。

 面倒だ。


「なぁ、責任者と会計って別じゃなきゃダメなんじゃ……」

「……スルーしてくれ」


 効率の為には仕方がない。


「そういえば、もう一つ聞きたい事があるんだけどさ」

「どうしてバイト始めたんだ? 文化祭のもあって忙しいだろ」

「忙しいけど……でもそれは……」

「渚……? 」


 僕が言い訳をしようとした時……、


「梓……」


 一番知られたくない人に聞かれた。


 キーンコーンカーンコーン。


 チャイムが邪魔をする。

 梓は何かを言いたそうにしたまま席に戻る。


 これだから現実ってやつは……



 ーーーーーーーーーーーーーーーー


 放課後、僕はいつものように仕事をしていた。

 バイトもあるので、急がなければいけない。


 しかし……、


「渚」

「……梓」


 目と目が合う。


 逸らす。


「言及したいけど、今は黙っておくわ。そのかわり……仕事の一部を私達に任せてくれない? 」

「雑務以外の仕事は任せてる」


 確かにこれは真実だ。


「分かってるわ。一人で進めてしまわないように、料理の練習だったり、接客の練習を考えてきたりしてくれてるのは助かるわ。でも……」


 梓は一度僕の目をしっかり見る。

 僕は……それに答える事ができない。


「私は人との交渉だったり、少しでも面倒事が絡むものは全て引き受けてるのを知ってるわ」

「……効率がいいんだ」

「そんなに効率が大事かしら」


 僕は彼女の理解出来ないという表情が気に入らない。


「梓は、この仕事に何を求めてるんだ? 」


 気に入らなかった。

 それなりに長い間一緒に過ごしてきたが、対立するのは初めてかもしれない。


「仕事じゃないわ。クラス全員で協力して成功する……その為に力を貸すのが私達の役割じゃないのかしら」

「だからその為に雑務をこなしてる」

「それは力を貸すとは、違うわ。自分を犠牲にしてる」

「僕は仕事にやりがいは求めない主義なんだ」


 僕は言う。


「それに、梓は僕がどれだけ努力したか知らないんだ。人との交渉術を徹夜で本で学んで……」


「……そこまでして切り離したいの? 」

「梓……? 」

「本で、理屈で、金で、関わりを切り離さないと耐えられないの」


 梓の手が置いてある机が少し揺れた。


「僕は仕事としてやってる。僕は梓の出来る仕事を梓に任せて、僕の出来る仕事を僕がこなした」

「嘘よ! 」


 梓が声を荒げた。

 クラスの一部は気づいたようだが、文化祭間近の浮ついた空気は、霧となって諍いを隠す。


「あなたなら、雑務を分かりやすく作り替えて、ある程度の効率のまま皆で協力できる方法を作れた筈よ……どうして先を目指さなかった」

「一人でやる方が、効率的に最善だ。僕は最善策を求めただけだ」


 どうにも言葉にならない。


「だったら、梓がやればよかったんだ。僕なんか無視して」

「だから、私は……あなたに期待したのよ! 」

「訳が分からないな」


 僕はいやらしく言う。

 少し頭にきているのだろうか、僕は僕を考察しきれない。


「どうしてそこで僕が出てくる。さっきも言ったけど、気に入らないなら僕を無視してくれればよかった。梓の能力次第だった筈だ」


 僕が梓にそう言うと……、


「渚君! 」


 クラスメイトの一人が走ってきた。


「……どうしたの? 」


 建前の自分が表に出る。


「買い出し班の子達が、材料の量とか多めに買っちゃったみたいで……予算をかなりオーバーしちゃったの! 」


 !?


 くそ、不味いことになった。


 元々そんなにクラスの予算がないからキツキツだった。

 これでは……足りない。


「本当、ごめんなさい! 」


 クラスメイトは頭を下げて謝る。


「い、いや……いいんだ。リスクを考えて無かった僕が悪い」


 建前の僕はそう言う。



 どうすればいい?


 ここでどうにか出来なければ……ただの無能でしかない。


「ほら……ダメだったじゃない」


 梓は言う。


 いや、笑っている。


「効率を求めえていた……でもこの状況……一番非効率じゃないの! 」


 気に入らない。


「これが、あなたの限界よ」


 僕は打ちのめされた。


「僕に万能さを求めるな! 」


 気がつけば、僕は梓を睨んでいた。

 初めて、声を大にして叫んだ。


「……梓だって出来なかった」

「あなたも出来なかった」

「繋がりをそこまで求めてどうする? 期待するから落ち込むんだ」

「その言葉はどの本からの引用? 」


 梓はひきつった笑みを浮かべる。


「それに……あなたは、解決策を知っていたでしょう? 」

「…………」

「あなたは、沢山の業者と交渉してたけど……私の名前を使えばそんなの一発だったでしょう。そして、あなたが知らない訳がない」


 そんなの分かっていた。


「私は……もっとあなたの役に立ちたかった。頼ってほしかった! 」


 …………。


 僕は言葉を返す事ができなかった。


 そんな僕を見て、梓は二度見したが、言葉をかけてくることはなかった。


 万能じゃない僕に価値はない……辛い現実だった。


 ーーーーーーーーーーーーーーーーー


 あれから、どうしようも無くなって僕はバイトに行って家に帰ってきた。


 部屋に入ると、秋が一人でいた。


「あれ、秋。梓は? 」

「……家に帰るって言ってたのじゃ」

「え」


「なぁ、渚や……」

「待って秋、それよりも梓が出てったって……」

「それよりもじゃと……? 」


 秋が言った。


「わらわは……分かっていた。わらわと梓は対等じゃない。いっつも引目を感じていた」

「そんなことは……」

「じゃったら……どちらが好きなのじゃ? 」


「…………」


「やはり……分かった。わらわも帰ろう」


「秋、待ってって! 」


 僕は引き止めるが、この言葉にそんな強い力はなく……。

 秋もこの場から消えた。





「くそっ! 」


 僕はそう言ってベッドにダイブする。

 現実は何も変わらない。


 現実なんて……嫌いだ。

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