第36話 旅行2日目 (結編)

 翌朝、起床したあたし達は出かける準備をしていた。

 まぁ、特に行く所があるわけじゃないけども、ずっと旅館にいる訳にもいかないので町の方へ繰り出すことにした。

 もっとリゾート地だったら海水浴だったりできたのに……。

 それにあたしの水着姿で咲斗を悩殺……



「結さん、何か淫らな妄想をしている気を感じましたが、早く準備を進めて下さい」

「み、淫らな妄想なんてしてないわよ! 」


 雪っちの言葉で辛い現実に戻ってきたあたしは、準備進める。


「そういえば、結さん」

「ん? 雪っちどうしたの? 」

「いえ、こんな物が廊下に落ちていたんですが、確か結さんの物だった気がしたのですが……」


 雪っちがそう言って渡してきたのは、キーホルダーだった。


「これあたしのだ! ありがとう雪っち! 」

「いえいえ、ならよかったですわ」


 そうして雪っちは、準備がありますからと言って行ってしまった。


 雪っちが拾ってくれたキーホルダー。

 可愛い熊のやつ。

 これは、貰ったものなのだ……咲斗に。

 あいつは覚えてないだろうけども。




 準備を終えたあたし達は、旅館を出て町へと着いた。


 旅館の件でもあったけども、この町はあたし達の町の隣町である。

 だから、梓や秋様、そして……渚君の事も。

 つまり、何が言いたかというと……、


「あいつが隣町のお嬢様に二股をかけた二股男よ! 」

「しかも後ろには、他の女もいるわよ! 」

「俺、藁人形買うよ」

「俺通販でもう買った」

「引きちぎってやる……」


 町の野次馬からの暴言が酷い。

 お嬢様と神様に二股をかけた渚君は、隣町の男子達の血管をテープカットの気軽さで引きちぎることに成功していた。


「まあまあ、渚。私達夫婦の愛情ってのを見せつけてやればいいのよ」

「夫婦じゃない」

「まあまあ、ちょっとくらいはスパイスがあった方が面白いのじゃ」

「激辛は胃に悪いんだ」

「ほら、行きましょう」


 梓はそう言って渚君の腕を組む。

 それを見た秋様は対抗しようと、反対の手を握った。

 しかし、渚君が二人といちゃつく事で町の男子からのヘイトは高まるのは明白だ。

 渚君はこの状況から逃げ出そうとする。

 だが、梓と秋様は逃すまいと、腕をぐっと掴む。

 そのせいで、渚君はバランスを崩してしまった。

 そして、渚君はあたしの横にいた雪っちにむかって……倒れ込んだ。


 そう、その後のあたし達に映る映像はまるで……渚君が雪っちを押し倒しているかのように……。


「渚……」


 梓の低い声が響く。

 まぁ、お約束って気もする。


「人が決めたお約束なんていらない! 」


 渚君は叫ぶ。


 しかし、敵は梓だけで無く……、


「ゆあしゃあぁあ! 」


 謎の叫び声と共に、渚君を野次馬の一人の跳び膝蹴りが炸裂する。

 跳び膝蹴りをした男子は、ぎりぎりの所で渚君がかわした為、通り抜けて遥かなる空へ消えていった。

 ぐっどらっく。

 しかし、その後も攻撃は止まない。

 気づいたら秋様いつのまにかあたし達と同じ観戦席へと来ていた。


「あなたは……どこまで度し難ければ気が済むの」


 薙刀をかまえる梓はいつも通りだった。

 渚君も負けまいと金属バットを構える。


「君には、金属バットを背中に仕込む風習でもあるのかね」

「……こういう時に役に立つ」

「はああああ!! 」


 梓は飛び上がって、そして!

 薙刀を地面に突き刺すように一直線にらっかしていく!


「あれじゃ、使い方的には槍の方があってるよね」

「あの……なんじゃったっけ。槍を投げる競技」

「……投げ槍じゃないか? 」

「そんな後ろ向きな競技はない! 」


 観客席は観客席でもり上がっていた。

 しかし、そんなあたし達も裏腹に、梓が地面に到達して……突き刺さった。

 いや、流石に薙刀の方だけど。


「あ、あれ。ぬ、抜けない!」


 薙刀が地面に突き刺さって抜けなくなったようである。


「い、今のうちに! 」


 渚君が逃げ出した。


「あ! 待つのじゃ! 」


 そして、秋様が追いかけて行ってしまう。


「逃げたぞ! 殺れ 殺れ 殺れ 殺れ 殺れ 殺れ 殺れ 殺れ 殺れ 殺れ 殺れ 殺れ 殺れ 殺れ 殺れ 殺っちまえ! 」


 野次馬達が、ここは現代社会なのか疑いたくなるような掛け声と奇声をあげていた。

 いやしかし、近代は理性の集大成たる技術の高度化が逆説的に暴力を洗練させたともいえる。

 ええ、あたしも流石に一瞬助け舟を出そうかと思ったわ。

 1秒。



「それで、あたし達はどうしようか」


 あたしは、この場に残っている人間を確認する。


「あたしと咲斗と雪っちと風早さん……風早さん!? どうして? 」

「私は最初からついてきていた」

「風早さん! 一緒に来て欲しい所があります! 」


 雪っちがそう言って、風早さんを引っ張って行く。


「雪、それなら俺達も……」

「いえ! これは私達の戦いです。手を出さないでくださいませ! 」

「お、おう……」


 そして、結局行ってしまった。

 つまりここには、あたしと咲斗だけが残る。

 問題提起と答え合わせをするまでもない。

 これがつまるところの現実……。


「さて、どうしようか」


 咲斗が言う。

 これは、皆が作ってくれたチャンスだ。

 まぁ、雪っちはともかく渚君達はどうかあやふやな所だけども……


「まぁ、折角だし街を回りましょう」

「そうだな」


 ということであたし達は歩きだした。

 あれ? これってデートってやつなんじゃ……

 まぁ、ここまできたらやるしかない。


 あたしは空を見上げる。


 ……眩しくて、すぐに顔を下げた。

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