第27話 決闘

 勝負が始まった。

 月野和は、迷わず僕に向かって走り、大きく振りかぶる。

 僕は後ろに下がって、躱すが服の1部をかする。

 ギリギリ見えていただけに気に入らない。

 月野和はもう一度、竹刀を振り下ろす。

 僕はギリギリの所で、また躱す。

 同じ事を二度三度、繰り返した。


「何故攻めてこない」


 僕は何も答えない。


「ならば、こちらからいくだけだ」


 月野和はもう一度竹刀を僕に向かって振り下ろすが、僕は後ろに下がって躱すだけだ。


「ただの素人か、構え方もなっていない」

「うるさい、昨日見た深夜アニメの主人公はこう持ってたんだ! 」

「その主人公とやらは、そんなに震えていたのか」

「ふ、震えてるんじゃなくて残像かもしれないだろう! 」


 自分でも何を言っているのか分からないけれど、こうして自分を奮い立たせないと気持ちき負けそうだった。

 だって、こんな勝負体育の授業くらいでしかやったことない。

 まともに戦って勝てるわけない。


 しかし、そんな僕も気にせず、躊躇無い一撃がまたやってくる。

 躱すのは間に合わない!

 僕は自分の竹刀を盾にして、一撃を受けきる。


「ぐっ、」


 竹刀と竹刀がぶつかる衝撃が身体を走る。


「どうして、彼女の為にそこまで頑張るんだ? 」

「ぐっ、……、幼女が困ってる時に助けない男はいませんよ」

「ふっ、可哀想だな。もう手遅れだと言うのに……」

「え? 」


 僕がその言葉に驚いて、一瞬力を緩めてしまった。

 その瞬間、ぶつかっていた竹刀を引き抜き、一撃が繰り出された。

 慌てて避ける。

 少し掠ったけれど、ギリギリの所で避けられた。



「……手遅れってどういう」

「遅すぎたんだ。それに妖怪とは周りの人間からの影響を受けやすい。ここまで人が密集した場所でそう長くは持たない」

「……そういうのはもっと早く言ってよ! ギリギリ助かるみたいな展開でしょ普通! 」

「君は何に怒ってるんだ。悪いがこれは現実だ。そんなに都合良くはいかない」


 ……これだから現実っやつは救い難い


 僕は横目で寝ているみよちゃんを見る。

 何だか超常現象的な光が溢れている。

 映画のラストシーンとかで消えてしまう時に溢れる謎の光ってやつか。

 ここで僕が剣を捨てて、みよちゃんの傍によって見届ければ、感動シーンになるのだろう。

 でも、気に入らない。

 理由なんてない、強いて言うなら気に入らないだけだ。

 あー、もう……くそっ!


 竹刀を強く握りしめて、僕は駆け出す。


「やっと、やる気になったか」


 月野和は構えもせず、動かない。

 僕の太刀が来た瞬間に構えて受けきるつもりだろう。

 僕は走る。

 僕のドタドタと床を蹴る音だけが、鳴り響いている。

 そして、僕はそのまま月野和に向かって一直線に走る……わけではなく!

 足に急ブレーキをかけて、体を横に向けた。


「な、何をしているんだ? 」


 僕が目指した先にいるのは……そこで寝ている、みよちゃんであった!

 僕は姿勢を低くして、スピードをできるだけ殺さずにみよちゃんを抱える。

 ほぼ体重なんてない。

 だからこそ、いい。

 僕は掴んだみよちゃんと共に、ブレーキも考えず月野和に向かって走り出し、




 投げた。


 何をって?


 ーーみよちゃんを



 そして、僕は声を大にして叫ぶ!


「みよちゃんが神様で、よかった!!! 」

「まさか!? ここで、そんなことを言ったら!」


 あぁ、分かってる。

 ここでみよちゃんの皆から勘違いされている偽の正体なんか口にしたら、感動シーンなんてすっ飛ばして、


 ーーみよちゃんは、神輿の姿になる。


 攻撃を受け切ろうと、構えていた月野和の目の前で急に500キロ近くある巨体が飛んでいく。

 慌てて月野和は、横に跳んで避けようとする。

 だから、僕はそこを狙って、



「はああああああぁぁぁ!!! 」




 ーー竹刀を振り下ろした。





 神輿が壁に思い切りぶつかった衝撃音で、僕の叫びと月野和の呻き声はかき消された。

 だけども、そこには僕が立っていて、月野和が横に伏している、現実があった。



「はぁ、……はぁ、」

「ぐっ、卑怯な手を使って……」


 しかし、月野和は竹刀を杖にして、立ち上がった。

 そして、竹刀を大きく振りかざした。

 僕はもう終わったと思って油断していて、諸にその攻撃に当たっ……


「おやめなさい」


 その竹刀の先は、僕に当たるギリギリで、一人の女性に止められた。


「勝負、見させてもらいました。方法はどうであり、勝敗は出ています。これ以上の戦闘は周りにも影響が出ますので……」


 彼女の声は、冷たく波が無い。

 だけど、人を怯ませる強い力を感じる。


「あ、あなたは……? 」

「お母様! 」


 梓が彼女に向けて言った。


 …………へ?


「お母様、ありがとうございます」

「お、おい梓……? 」

「渚、お母様がいるからって結婚の挨拶は早いわ」

「しないから! いや、そうじゃなくて!」

「なんと、挨拶もせずに、駆け落ちしたいと! しかし、渚が言うなら……」

「どっちもしないから! 」



「……少年」


 そんな僕達のいつものやり取りを、月野和がかき消した。


「花染家の長が出てきちゃ話にならない。今回は引かせてもらおう。だが、次は……」


 月野和は自分の台詞が言い終わるのも待たずに、去ってしまった。



「お母様、引き止めなくてよかったのですか? 」

「……面倒」

「左様ですか」


 何だか不安になった。



 ちなみに、咲斗達はと言えば、


「ほら、渚が勝っただろ! 250円、早く寄越せ」

「くぅ……、神からお金を取るのか! 」


 ……遊んでいた。


 僕の大事な勝負でお金をかけるな!

 あと、なんで秋は僕が負ける方にかけてるんだよ!



 てか、そうだ。

 みよちゃんは!?

 僕は竹刀を捨てて、神輿の元へと走る。


 手を当てる。

 しかし、もうあの面影は無い。

 気に入らない。

 悪を倒して最後は全部解決なんてのが理想であるって、分かってる。

 だから、僕はヒーローになれない。

 そして、悪にもなれない。

 非現実という理想に希望を抱いて今日も絶望する。


 しかも、そんなセンチでもないエモーショナルな気持ちになってるのは僕だけと来たもんだ。


 これだから現実ってやつは……、


「くそっ、」


 涙すら出てこない。

 逆に乾いた笑みが零れてくる。

 僕は神輿に腕を突っ伏して、体重を預ける。


 そして、顔を埋める。


「はははは……」


 自然と笑いが零れた。

 全くもって救い難い……。


「これだから……」


 現実はいつだって不躾で容赦がない。

 分かっていたはずなのに……





「……な、何で私に馬乗りになってるのよ!? あーあ、ついに手を出してしまったのね。これだから男は下半身にしか脳味噌がついてないのよ」


 ……え、


 え?え?ええええ、?


 その僕に浴びせられた罵倒。

 聞き覚えのある声。


「みよちゃん! 」


 僕の目の前にあったはずの神輿は、

 ……見覚えのある幼女の姿に戻っていた。

 僕は勢いに任せてみよちゃんを押し倒していたが、そんなことは気にしていられなかった。


「……何がよ? 」

「だって! さっき神輿の姿になっていて……それで……」


 僕はみよちゃんの肩を掴んで思いっきり揺さぶる。


「分かった、分かったからって、か、顔が近いわよ」

「え、あぁ、……ごめん」


 僕は少し体を起こす。


「それで、どうして元に戻ったんだ!? 」

「私が神輿の姿に変化したのは一時的なものだったのよ」

「……は? 」

「だから、私の正体は元々付喪神だった。つまり、道具が人型でいれるタイムリミットだったわけ」

「…………」

「まぁ、誰も私が道具に戻ったからって人型になれないなんて言ってないしね。これからは時々神輿の姿になって休息をとれば、この姿でいられるわけね。勉強になったわ」

「…………はぁっ! 」


 僕は梓が僕に折檻をする時の早さも超えた超スピードで、みよちゃんの頭に手刀を繰り出した。


「うがっ! な、何するのよ!? 幼女を襲うだけじゃなくて、暴力まで振るのね! 」

「反省しろ! 」

「うがっ! 」


 もう1発脳天に手刀を入れて置いた。



 結局、よくよく考えると酷いものだ。

 僕の探していたものは近くにあって、それも他人から教えて貰って、最終的には無意味なことだった。


 だけど、これが現実のハッピーエンド。

 終わりよければすべてよし。

 実に人間らしい。



「これが神様の自由ってやつじゃの」


 秋はそう、満足そうに言った。


「こうも振り回されちゃ、たまったもんじゃないよ」

「そういう割には、笑顔じゃが」




 僕はまた1歩踏み出した。

 今回も学んだの現実の救い難さだった。




「よし、これから梓の家でパーティーと行こうぜ! 梓も良いだろ? 」

「ええ、構わないわ」

「そんなことになるだろうと思って、お腹を空けておいてよかったわ」

「結さんいいのですか? ダイエット中だと聞いていたのですが? 」

「い、いいの! ほら、いくわよ!」


 現実はいつだって不躾で容赦がない。

 友達がいて、神様がいて、妖怪がいて、僕がいる現実がある。

 僕は笑っている。

 だけど、一つ分かったことがある。


「渚、いきましょ」「渚、早く行こうではないか」


 どんなに非現実的なものを追い求めたって、いつか彼女達を選ばなくちゃ行けなくたって、

 僕には……、


 ーー今の僕があるのだから。

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