第二章

第16話 お昼ご飯は一人で食べたい

「さぁ、渚食べなさい。あーん」

「渚、食べるがよいぞ。あーん」


 僕は机の上に置かれている、何段も重なった重箱を目にして怯えていた。


 僕の二人の彼女は金色に輝いた卵焼きを箸で掴み、僕の口元へと寄ってくる。


「えーっと、僕の分の箸は……」

「ないわね」「ないのじゃ」


 二人は同時に否定する。


「どうして!?」

「私達の愛は地球に優しいのよ」

「僕の心臓と心には優しくない!」

「なるほど、渚はこの料理に文句を言いたいのじゃな」

「へ? いや、僕は食事の摂取方法に文句を……」


 僕から卵焼きが少し遠のく、


「そんな、酷いですわよ。渚くん。梓さんたらあんなに頑張って作ってらっしゃったのに……」


 僕らと一緒食事を取っていた水瀬さんが僕を責めるような目で見てくる。


 よく見ると、梓の指には、いくつか絆創膏が貼られていた。

 余り料理をする方ではないと言っていたし、僕の為に頑張ってくれたのだろう。


「うん? とすると、このお弁当は梓が作ったんだよな」

「ええ、そうよ」

「だとすると、秋の箸で掴まれてる卵焼きは?」

「梓が作ったやつじゃな」

「じゃあ、箸は?」

「食堂で貰ったのじゃ」

「だったら僕の分も!」

「それは出来ない話じゃな」


 ということは秋は梓の作ったお弁当を食堂で貰った箸で僕に食べさせようとしてたのか……


「さぁ、渚食べてみて」


 梓はもう一度僕の口元へと箸を持ってくる。


 まぁ、折角頑張ってくれたんだし……


 ぱくっ


 僕は欲望に負けた。

 これだから現実ってやつは……


「どう……かしら?」

「……美味しいよ」


 僕は素直に感想を述べる。

 料理な罪はないからな。


「もっと食べていいのよ」


 梓はもう一度卵焼きを箸で掴んで僕へと持っていく。

 教室中の視線が僕達に集まっていることも把握出来るようになり、順調に僕はすぐ側にある窓を蹴破って外に飛び出したくなった。


 僕は口を閉じて、嫌がる素振りを見せて最低限の抵抗をする。


「仕方ないわね。渚が食べないなら」


 梓はそう言って僕に差し出していた卵焼きを口に入れた。

 僕が口をつけた箸であることにも何も感じていないらしい。


「おい皆!? もう食べ始めてるのかよ!」


 食堂でパンを買いに行っていた咲斗さくとが帰ってきた。

 焼きそばパンを買いに行くと言っていたはずだが、手には一つのメロンパンを大事そうに抱えている。


「だって〜咲斗が遅いんだもん〜」


 小森結こもりゆいは気だるげにそう言いながらも、一人律儀にお弁当を開けずに待っていたようだ。


 咲斗が席に座り、パンの袋を開ける。


 梓と秋は僕とお弁当以外が視界に入っていないのか、またもやおかずを差し出してくる。


「一緒にご飯食べてるのに、俺たちがビタイチ視界に入ってないな」

「酷いね〜」

「何かもう見てるだけで、妊娠しそうだな」

「あんた男でしょ」


「あら、咲斗は男同士のそういう恋愛が好きなタイプなのですか?」

「いや、俺は……」

「どちらが、攻めで受けなのですか!?」

「水瀬……お前……」

「はっ!……コホン、ところで……」


 水瀬さんの見えては行けない1部が垣間見えた気がする。




「ところで、この週末にある夏祭りのことですが……」

「夏祭り?」

「あぁ、渚は知らないのか、毎年なあそこの秋様がいる神社で、屋台とか出してお祭りを行うんだ」


 夏祭りか、都会でもあったイベントだけに親近感を覚える。



「それで、雪殿、祭りがどうかしたのかや?」

「はい、その祭りに使う神社の周りで最近変な噂がありまして……」

「その噂ってのは?」


 咲斗は水瀬に質問する。


「神社の近くに幽霊が出るらしいのよ」

「幽霊?」


「そう、そのせいで子供達は手伝いに来なくなっちゃうし、その話を聞いた信仰深いご老人方も来なくなっちゃって……」

「いやいや、幽霊なんて言っても神様が普通に存在している町なんだし……」


 僕は秋を指さして、そう言うが、


「逆よ」

「逆?」

「今まで、長い間秋様以外の人間以外の非現実的な存在なんて皆知らないのよ。だからこそ怯えてるのよ」


「……なるほど」


 非現実的存在を知ってるからこそ、その非現実感も知ってるのか。

 あると思ってる物が無いよりも、ないと思っているものがあった方が怖いわけだ。




「よし、それなら。見に行こうじゃないか」


 咲斗が言ったが、皆は余り乗り気じゃないようだ。

 まぁ、子供らしい気もする。

 でも、同時にわくわくする。

 僕もまだまだ、男の子らしい。


「僕は、ちょっと興味あるかな……」


 僕は非現実的存在には無性に惹かれてしまうらしい。


 僕がそう言った途端、2人ほどやる気を出した人物がいた。


「渚が言うなら仕方ないわね」

「仕方ないのじゃ」

「何だか納得行かない気もするが、決まりだ! 逢坂渚ファンクラブ改め、逢坂渚探検隊、出発!」


 咲斗は僕達メンバーへ高らかに宣言する。


 その言葉とともに、鳴ったお昼休み終了のチャイムは、僕達が面倒事に首を突っ込んだことを教えてくれた。

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