第288話

季節は6月に入り梅雨真っ盛り。陸上部は外でする部活だ。お陰で私は思いっきり走れないことに苛立ちを覚えていた。

雨のバカーと大声で叫びたい。だけど、室内でもやれることは沢山ある。筋肉をつけ、体の改造を頑張ろう。筋肉モリモリー!



「痛っ!えっ、なんで叩かれたの」


「あっ、ごめん。馬鹿なことを言ってそうな顔をしていたからつい衝動的に」



やっと包帯が外れ、足の筋力強化のトレーニングをしていた筈のお姉ちゃんに頭を叩かれ呆然とする。

頭をさすりながら愚痴を言っていると近くにいた後輩ちゃん達に笑われた。恥ずかしい。



「あっ、水希。用具室からトレーニング用の道具を取ってきてよ」


「えー、なんで私が」


「妹だから」


「行ってきます…」



お姉ちゃんに晴菜さんのことで助けられ、お叱りを受け、、忠実の僕にならざる得ない。

しょぼんとしながらもテクテクと歩き、窓から空を見る。空が暗く、黒さを漂わせる。

廊下も薄暗く、お化けが出たら腰を抜かすだろうなと考えながら前を向いた。



「ぎゃー!」


「えっ、水希?」


「ひかる…?何で濡れてるの?」


「・・・何でもないよ」


「いや、髪も服もめちゃくちゃ濡れてるし」


「外に、、必要なものを取りに行ったの」



いくら6月で暖かい季節になったからといって髪や服が濡れたままでいるのはダメだ。

まだ、汗で濡れていないタオルをひかるの頭に乗せ軽く拭く。シャツも濡れを隠す為に私のジャージを貸した。



「水希、ありがとう」


「何か道具を取りに行くときは私にも言ってよ。一緒に取りに行くから」


「相変わらず優しいね。水希はどこに行くの?」


「用具室。トレーニング用の道具を取りに行くの」


「私も手伝うよ。先行投資する」



ひかると薄暗い廊下を歩いていると、前から1年生が歩いてきた。なぜ1年生だと分かったのか、体操服の袖の色のお陰だ。

その子とすれ違う時、なぜか異様な雰囲気を感じだ。ドス黒いオーラが出てると言ってもいいかもしれない。


ひかるが私の服を掴んだタイミングも重なり、ふとその子のことが気になった。

振り向いた時、目が合い直ぐに目を逸らされた。私は普段鈍感だけど感がいい時もある。

その子の目はひかるに向けられていた。睨みつけるような目を私は見逃さなかった。



「ひかる、あの子と何があったの?」


「えっ…」


「相談に乗るよ」


「・・・」


「そっか。じゃ、ちょっと待ってて」



私は急に向きを変え、1年の子に声を掛ける。最初にひかるにちゃんと何があったのかを聞いたほうがいいのは分かっている。

でも、濡れていたひかるを見逃せない。友達としても生徒会長としてもだ。



「1年生の子、待って」


「水希…」


「何ですか…」


「ひかるに何をしたの?」



ここで、1年生の子を問い詰めるつもりはない。だけど、私が声を掛けたことでひかるにまた何かをする抑制にはなるはずだ。



「はぁ?意味が分かんないです」


「そっか、分かった。だけど、ひかるに手を出したら絶対に許さないから」


「・・・」



この場合はドスを効かせて言うより笑顔で言う方が効果はある。お姉ちゃんを参考にさせてもらった。お陰で1年生が黙り込み、駆け足で消えていく。

普段あんまり怒らない私だけど、怒る時はちゃんと怒る。大切な友達を傷つけられた。



「ひかる、行こうか」


「うん、、」



朱音ちゃんには先輩として生徒会長として威厳がないけど、他の子にはちゃんと威厳があるみたいでよかった。

普段怒らない私が1年生の子に怒ったことにひかるは驚いている。迫力があったよと苦笑いされてしまった。



「ひかる、そろそろ教えてくれる?」


「佐々木さんに近づくなって言われたの…」


「えっ、真里ちゃん?」


「うん…この前ね、佐々木さんに謝られたの。生徒会室で迷惑掛けてすみませんって。それを見てたみたいで…」


「それだけで酷い目にあったの!?マジ、許せない!真里ちゃんも悲しがるよ」



真里ちゃんが人気があるのは昨日知った。だけどの話だ。何でひかるがこんな目に合わないといけないの?怒りが込み上げてくる。



「水希、佐々木さんには言わないでね…気にしちゃうと思うから」


「分かった…だけど、何かあったら必ず言ってね。じゃないと、さわちんに言うよ」


「それは私に対しての脅し?」


「うん、ひかるを脅してる。さわちん、キレたら手をつけれなくなるから」



ひかるの笑顔が見れてやっとホッとする。ひかるは優しいから苦しかったと思う。

きっと真里ちゃんが知ったら悲しみ、あの子と喧嘩をするかもしれない。真里ちゃん、真面目だからきっと許さないだろう。


きっと、またひかるは真里ちゃんに謝られ苦しみの堂々巡りだ。

ひかるを気に入っているお姉ちゃんや恭子先輩にもバレたらヤバい。あの2人は血の気が多いから抑えるのに大変だよ。



「水希、ありがとう」


「元気になれる飴玉あげる」


「水希はいつも飴玉持ってるね」


「みんなのお菓子屋さんだから」


「うん、元気をくれるお菓子屋さんだね」



壁に耳あり障子に目あり。いつどこで、誰かに見られているか気づかない時がある。

次の日、私が1年生の子に怒ったことが広がった。生徒会長として顔が知られているから仕方ないにしても、廊下を歩くとチラチラと見られ面倒くさい。

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