第259話
洗面所で一度顔を洗い、鏡をジッと見る。良かった、目は赤くなっていない。
気を引き締め、二階に行き部屋に入ると晴菜さんが携帯を触っていた。私が横に座ると、私の首元を見て優しく微笑む。
「彼女さんとお揃い?」
「えっ」
「ネックレス、似合ってるよ」
「あっ、ありがとうございます」
普通に会話をしているけど、壁を感じるのはやっぱり気のせいじゃないと思う。お礼を言ったあとすぐに晴菜さんに目を逸らされ、また勉強を再開するために教科書を開かれた。
普通の流れだし、家庭教師の先生として晴菜さんは来ているからあんまり話ばかりは出来ないけど、前とは違う距離感を感じる。
「次は英語しようっか」
「はい」
「水希ちゃん?」
「えっ?」
「ボーッとしてるけど眠い?」
「いえ!すみません。考え事をしていて…」
「悩み事?」
今は勉強をする時間で、晴菜さんに迷惑をかける時間ではない。私は必死に笑顔を作り、勉強を再開しましょうと言う。
「話、聞くよ」
「大丈夫です。ちょっと、寝不足なだけなので」
「そっか、分かった。じゃ勉強しようっか」
勉強に集中し、必死に教わった所を頭に入れていく。晴菜さんんは教え方が上手く分からなかった問題が解けていくのが楽しい。
そんな楽しい時間はあっという間に過ぎていき、終わりの時間を迎える。私が勉強する日はお姉ちゃんが晴菜さんを家まで送る。だから、今日は送れない。
「じゃ、また明日ね」
「3日連続で家庭教師なんて大変ですよね、、すみません、私まで家庭教師を頼んで」
「楽しいよ、2人とも勉強凄く頑張ってるしやりがいがある」
やっと会話が出来たのにこの部屋を出たら、もう話せる時間はない。明日は私が送るから話せるけど寂しかった。
それに、ずっと気になっていたことを聞きたくてずっと消えないモヤモヤを消し去りたかった…。
「晴菜さん…」
「何?」
「彼氏…」
「彼氏?あー、、」
「出来たんですね」
「いないよ、デートはしたけど…」
えっ、デートをしただけ…そっか。そうなんだ。彼氏はいないのか、、
「まだ、誰とも付き合うつもりないんだ」
「そうなんですか?」
「まだ、忘れられないから」
忘れられない…晴菜さんはまだ元彼のことを思っているの?あんな最低な奴なのに。
晴菜さんが寂しい顔をする。恋って不思議だ。あんな最低な奴でもこんなに思ってもらえるなんて私からしたらムカつく。
「水希ちゃん、彼女を大事にしないとダメだよ」
「えっ?」
「私の理想のカップルだから」
嬉しい言葉なのに素直に喜べないのは晴菜さんの顔に一瞬悲しみを見たからだ。
もういい加減、元彼のことは忘れて欲しい…晴菜さんに幸せな恋をしてほしい。もう悲しい顔なんて見たくないよ。
私は衝動的に晴菜さんの手を握ろうとした。でも、ドアが開きお姉ちゃんが入ってくる。
「晴菜さん、送りますね」
「菜穂ちゃん、ありがとう」
2人が部屋から出ていき、私は宙ぶらりんになった手を見つめ、何をしているのかなってため息を吐く。
手を握っても意味はなく、自己満足で晴菜さんを支えたいと思った。芽衣にも伝えた晴菜さんを守りたいって気持ちが私を何度もモヤモヤさせる。
もう晴菜さんは前を向いている。元彼のことがまだ完全には忘れていないけど、新たな恋に向けてデートをして歩き出した。
私のこの感情は晴菜さんにとってもう邪魔でしかない。勝手に不安がって、子供みたいに駄々をこねて迷惑を掛けている。
あっ、見送らなきゃ。慌てて階段を降り、玄関に行くと2人が靴を履いてドアから出ようとしていた。
晴菜さんが私に気づき手を振ってくれる。私もなんとか手を振り送り出した。
晴菜さんと出会ってもう4ヶ月になる。縮まった距離が、振り出しに戻る。
着実に進んでいた人生ゲームの駒が私が選んだ道のせいで晴菜さんとの距離が振り出しに戻った気がした。
私の周りには芽衣やお姉ちゃんはいる。朱音ちゃんや真里ちゃんが新たに加わり、賑やかなのに晴菜さんだけがいない。
晴菜さんんは別の道に行き、更に遠くに行こうとする。だけど、私は何も失いたくない。
みんなが好きで、高校生になって色んな体験をして楽しい。
色んな物を得た今、失うのが嫌だ。私は挫折をしたことがない。高校もまぐれで受かり、芽衣と付き合え、生徒会長になった。
だけど、挫折ではないけど挫折に近い気持ちを今味わっている。
何がダメだったのだろう。距離が近すぎていつもドキドキして戸惑っていたのに、今は距離が遠すぎて苦しい。
Hさんのインスタは全然更新されず、
もう、晴菜さんを守る必要がないと気付いてしまったからかな。あれだけ悩んで、芽衣を悲しませてしまった私の気持ちは宙ぶらりんだ。行きどころを失った。
そっか、、もう私は晴菜さんのヒーローとしていらない存在だと気付いたからこんなに苦しんだ。そっか、、そういうことか。
だったら受け入れるしかない。私が悩んでも仕方がないことだし見守るしか出来ない。
少しだけスッキリした。こうやって人は成長していくんだなって感じながら、私は久しぶりにインスタを更新する。
ネックレスの写真を撮り、私の宝物って書いた。あっ、芽衣がいいねしてくれた。
芽衣の声を聞きたくて、電話をするとすぐに出てくれてずっと話し合った。
私が芽衣とずっと電話で話している間、投稿した写真にHさんからいいねが付き、すぐに消されたことを知らない。私はいつも何も知らない。何も気付いていない。
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