第119話 僕の名は――

「邪魔をするな、絡繰兵!」


 アーサーが大声を出しながら銃を振り回す。その目の前には絡繰兵が多数いた。予想通り九龍が解き放っていたようだ。

 本来銃は近接武器として振り回すものではないのだが、それもできるよう設計された銃だ。その銃は絡繰兵を斃しても凹みすらないのだから、その丈夫さがうかがえる。

「もともとお前らが造ったんだろうが! 熊猫拳シュンマオチュンッ!」

 正論を怒鳴り散らすアイシャの熊猫拳が、アーサーの背後を取ろうとしていた一体の絡繰兵を捉える。

「!?!?」

「斃したぜ!」

 氣の乗ったアイシャの重い拳は絡繰兵の腹部を貫き、絡繰兵は消え去った。

「礼は言わないぞ。僕は気づいていたからな」

「あァん? 助けてもらっておいてその言い草か!」

 お互いに減らず口たたいていると、敵を警戒していたハオが呆れた顔をしている。

「いい連携だが、もう少し仲良く戦えんのか……」

 事実、アイシャとアーサーの連携はさきほどまで対立していたとは思えないほど、良好だ。

 ――梓萱ズシュンに人に教える才があったとはな。

 アイシャは仙人ではないのだが、よく動けていると皓は思っている。

 銀の水を飲んだ自身とアーサーと遜色ない戦果を出している、アイシャの戦闘経験もかなりなものなのだから当然ではあるのだが。

「なんか言ったか、皓のオッサン?」

「いや、なんでもない……」

 ――元とは言え俺も皇族なのだが……。

 礼儀も何もないと口に出そうになるが、かぶりを振り、止める。戦いの最中であり、そんな暇はない。

「行け、岩龍イェンロンッ!」

 皓に随行するように動いていた岩龍が一体の絡繰兵を囲む。

「我が敵を貫けッ!」

 皓の声で岩龍が《氣》を放つと、それが絡繰兵を貫く。

「!?」

 貫かれた絡繰兵が消滅した。


「これ以上の消耗は避けたい。最短距離で突破する。アーサー、道案内を頼むぞ」


 皓の言葉に、アーサーは無言で頷いた。



「ここに九龍がいるのか?」

「……」

 九龍が乱暴に解き放った絡繰兵や生体兵器をなぎ倒し、三人は最深部に繋がっていると思しき大扉の前に来たのだが、扉に設置された端末を操作するアーサーが舌打ちした。

「ちッ。あの性悪め、わざわざパスワードを書き換えたか」

「ぱす……、なんだって?」

 聞きなれない西洋の言葉にアイシャが困惑していると、アーサーは癇癪を爆発させる。

「この田舎娘が……。合言葉だ、合言葉ッ!」

「最初からそう言え、このインテリ野郎!」

「僕は女だ!」

 ふたたび二人は口論を始めてしまってる。もうおなじみになってしまった光景だった。

「いや、お前たち……」

 また始まったかと皓は大きな溜息をつくのだが、大きな気配が動いたのを感じとった。

「――ッ!」

 相当な巨体を誇るのだろう、歩くだけで地面が揺れている。

「あーッ、面倒臭ェ!」

「バカ、相手は精密機械だぞ!」

 と、アイシャがアーサーが止めるのを聞かずに端末をぶん殴る。

「パ……パ、スワード、承認。と、扉を……開錠します」

 機械音声が鍵の解除をアナウンスする。乱暴に殴ったせいか音声はとぎれとぎれだ。

「ほらな、こういうのは面倒なこと考えずにぶん殴ればいいんだよ」

「……」

 ククっと笑うアイシャにさすがのアーサーも口を大きく開いてしまう。

「おい、梓萱の弟子! しゃべってないで早く九龍の元へ行け、後続は俺たちが抑える!」

 アーサーと皓の二人でないと厳しいと暗に言う。巨体の正体はまだ不明だが、強敵であるのは間違いない。

「……わかった。負けんなよ」 

「おい、俺を誰だと思っている?」 

 不安そうな顔をする皓が余裕の笑みを浮かべ、

「この国と人の未来はお前に掛かってる。俺たちにかまわず、行け!」

「わかった!」

 背中を押すように叫ぶと、アイシャは最深部へと入って言った。

「アーサー、ここで食い止めるぞ。俺たちが死ねば、梓萱の弟子が危険に晒される」

「……皓」

 気合を入れる皓にアーサーが顔を向ける。

「私の本当の名は、アリシアという。……アーサーというのは僕がアーサー王伝説の幻想にすがってって付けた名前だ」

「そうか、俺と似たような境遇か」

 なんとなくだが察しはついた。アーサー――いや、アリシアは結局女性であることを理由に家督を継ぐことをあきらめざるを得なかったのだと。

「だから時を止めた。ずっと子供のままでいれば、とな」

「……」

 安易に言葉にできない辛さがあったのだと皓は実感させられた。

「だが、もう伝説なんかにすがらない」

 アリシアがリボルバーを構える。ストッピングパワーはこちらのほうが段違いだ。


「僕は、何者でもない。アリシアだ! 行くぞ、皓!」


   

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