第110話 拳を交える兄妹(改稿と文章を追加しました)

「……」

 ケイは圧倒的な皓の強さに固唾を飲まされる。

 正直、京は兄であるハオにいい印象など持っていなかった。

 ――どうしてだ、どうして……、認めてもらえない。

 皓が紫禁城の壁に拳をたたきつけている姿が脳裏をよぎる。

 帝の長兄というだけで過剰な期待を寄せられており臣下からも同様に期待を寄せられ、それが負担だったようだ。

「……」

 帝の長兄でありながら、なかなか芽を出せず、見限られている姿ばかりが印象的だった。

「行くぞ、極雹ジーパオッ!」

 冷気を纏った拳が振るわれる。

 神龍である応龍の《力》は応龍が司る土気以外の功夫も可能としたようだ。

「嘘ッ!」

 あまりの寒さに拳をふるったあとの空気が凍り付く。

 しかし、どうにか皓の動きを見ることができるぐらいにはなってきている。

熊猫拳シュンマオチェァンッ!」

 熊猫拳の《氣》の乗った重い拳をカウンター気味に放つ。

「ぐう……!」

「取った」

 京の拳が皓の頬にめり込み、京は思わず声をあげてしまう。しかし――、

「……いい一撃だ。紫禁城にいた時、以上に腕を上げているようだな」

 皓は痛みから頬を抑えているが、まだ余裕といった表情をしている。

「……」

 京はふとある日のことを思い出した。

 ――無理はしないでください。

 最近は黒髪の女性と一緒にいることが多かった、皓は手で払いのけたのだが、

 ――なぜ、俺の側室なんか望んだんだ? 俺なんかの側室になるなど不幸でしかないぞ……?

 女性に対する気遣いゆえから出た言葉だったようだ。京は珍しい兄の一面に興味を持ちこっそりと覗くことにしたこともあった。

「どうした梓萱ズシュエン? ボーっとしているとここで己が屍をさらすことになるぞ!?」

 不審に思った皓が京に活を入れる。戦いの最中であるのに 

「兄上、優しいところもあったでしょう。なぜ!?」

 確かに戦役を引き起こしたのは許しがたい話だが、理由を詳しく問えなかった。

「いったはずだ。俺は人間に限界を感じている。思想、人種、身分、肌の色、年齢――。そんなものに囚われ、己の現実から目をそらす、堕落した人間に……」

「それは、兄上もそうでしょう!」

「!?」

 京は縮地を用い、動揺している皓との距離を瞬時に詰める。

 確かにその功夫は人知は超えているかもしれない。だが、皓はやはり人間だ。京は僅かな勝機を掴むため、そこを突くことにしたのだ。

「やるな。だが、甘い!」

「えッ……!」

 岩龍は皓から離れ、まるで砲台のように《氣》を京に放つ。

「ッッッッッ!」

 ダメージはさほどなかったが、京への牽制には十分すぎるほどだ。


「ふむ……。強くなったようだが、残念だな」


 もはや京たちの敗北は運命づけられてしまったようだった。


「……」

 ――強い……。

 ケイは兄であるハオとの実力差をひしひしと肌で感じ取っていた。

 はっきり言えば、今まで戦ってきた敵も強かったが、神龍を取り込んだ実力は本物だと感じさせる。

 ――皓様……ッ、大丈夫ですか!

 ――うッ、うう……。

 ヤンの厳しい訓練に耐えられず、悔し涙を流していたころを思えば相当強くなっている。

 単純に西洋の絡繰や神龍の《力》を得ただけではないというのは嫌というほど実感させられた。

 ――血を吐くようなほどの訓練、したんでしょうね……。

 功夫遣いの攻撃を岩龍を操りつつ、いなすのは脳や神経の機能を最大限に使っているこそだと思わされる。

 岩龍を多角的に動かし、攻撃を弾く技は並大抵の特訓では身につかないはずだ。

「本当に、兄上は強くなったと思います」

 京は皓の強さを称賛する。これは素直な感情から出たものだ。

「それはお互い様だ。実のところ、俺はお前のことをずっと見下していたからな」

「はは……」

 手厳しい意見だったが、今の京は過去の自分が愚かしかったというのは自覚している。 

 皓が言っていた通り、皇族の三女であった京は周囲から愛されて育ったために少々機微に疎いところはあった。

「お前の活躍はアーサーたちから聞いていたが、こうして拳を交えて理解した。お前はよくやっていると思う」

 皓が縮地を開始する、しかし瞬拳ではない。


「だが、お前たちの旅はここで終わりだ」


 皓が目前に迫った刹那、京の意識は吹き飛んだ。

   

   

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