第76話 謎の女老師現る


「何者じゃ!」

「!」

 一同が声が聞こえほうを向く。


「通りすがりの功夫老師だ、名乗るほどの者ではない――ッ!」


 女は白い道着を着ており、濡羽色の黒髪をたなびかせている。その威風堂々とした立ち振る舞いからして高名な功夫老師だと分かる。

「普通の方法では道士級キョンシーは斃せん、下がっていろ。極陽の功夫遣い」

 女老師は跳躍し、アイシャとスーの間に割り込む。

「はッ!」

 すかさずスーに一撃を見舞う。

「!?」

 スーが一撃でふらついた。小手調べでありながら、かなりの一撃だと見た目でもわかるほどだ。

 ――あの拳は……ッ!

 女老師が纏う氣にはアイシャには見覚えがあった。極陰拳の使い手が身に纏う陰の《氣》だ。

 スーが慌てて距離を取るが、女老師

「縮地――、石礫拳シーリーンチュィゥン!」

 距離を詰め、スーに連撃を見舞う。石つぶてというが、その速さはスーが放ったジャブ以上だ。

「はッ! せいッ!」

「!?!?」

 女老師の怒涛の連撃にスーは手も足も出ない。

「功夫遣いめ、キョンシーの恐ろしさ知らんのか!」

 阿津が怒鳴る。キョンシーは生きた死者だ。痛覚がないためいくらボロボロになろうと忠実に命令を遂行する。

「!?」

「ほう、やるな。その刃の如き手刀、極陰の技に負けるとも劣らん!」

 スーが手刀を振り下ろす。《氣》によって強化された手刀は女老師がそう評したように刃物を鋭さを伴っていた。

 白い道着が切れてしまうが、女老師は気にした様子はない、むしろ目を伏せ。

「――護身拳は人を守るために生み出されし功夫。それを外法により無辜の民に向けさせられるのはあまりにも不憫!」

 女老師は呼吸を整える。やはり女老師は武道を嗜む者、当然基礎中の基礎は身に着けている。

「護衛拳の遣い手が抱えるその悲しみ、私が晴らそうッ。巨石掌ジュジージャン!」

 女老師の掌底なのだが、その威力はまるで岩石が激突したかのようだ。スーを吹き飛ばす。

「お願い……、私を止めて」

 スーが口を開く。その声は悲しみに満ちていた。

「ちッ、陰の氣が術を阻害しておるのか!」

 阿津は外法の力を強めるが、スーは阿津の命令に背こうとしている。

「他の人やお嬢様を、傷つけたくありません……」

「あァ、わかっている。意に添わぬ事をさせられているのだからな……」

 スーの悲痛な訴えに女老師は頷いた。

「まさか……」

 アイシャの脳裏を過るのスーがもう一度、殺されるという事だ。

「まて、方法が――!」

 アイシャが女老師に割り込むのだが、女老師は首を横に振り。

「極陽の功夫遣いよ。死んだ者を蘇生させることは不可能だ。……それができるなら、とっくに叶えている」

「待てよ!」

 なおもすがるアイシャの手を女老師は振り払い、そしー―。

「道士級のキョンシーともなれば、さすがに出し惜しみなどできん。行くぞ……ッ!」

 女老師は体中の陰の氣を放出し、それを練り上げていく。

「黒い龍……ッ!?」

 それは京が放った奥義を思わせるもの。そして京にある紂王の記憶に眠っていたものと同じもの。


「極陰拳奥義――。陰龍・森羅万象インロン・セルゥォワン!」 


 女老師は苦痛に顔をゆがめながらも練り上げた黒き龍をスー目がけて放ったのだった。

 それは、あの極陰拳の奥義であった――。

 

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