第68話 太公望の真意

「これで極陽拳の奥義継承は成った。お前の勝利だ」

 完敗だと太公望は白旗を上げるのだが、

「よくや――、ぐおッ!」

 京から返ってきたのは感謝の言葉ではなく遠慮会釈なしに放たれた拳だった。太公望が吹き飛ばされる。

「おい、ババア!」

「どうしたというんだ!」

「京さん!」

 慌て三人が京と太公望の間に割って入る。

「……」

 京の拳は怒りで震えていおり、頬をさする太公望を睨みつける。

「紂王が死んだ時の事を想い出させて、自分を殺させるつもりだったの!?」 

「えっと……? どういう意味だよ?」

 アイシャが首を傾げる。

「紂王は妲己を守ろうとして極陰拳の奥義を放って死んだのよ、それを打ち消そうと太公望は極陽拳の奥義を放った!」

 京は脳裏に過った光景を想い出し、涙を流していた。歴史書のような善も悪もなく、どちらも死力を尽くして守ろうとしていただけだったのだ。

 記憶を呼び起こして奥義を継承させるだけでなく、太公望を殺させるように仕向けたというのだ。

「俺は紂王をむざむざ死なせてしまった事を後悔していた。だから――」

「……逃げるのも立ち向かうのもいいけど、困難から目を逸らしちゃダメなのよ」

 紂王を追いつめて死なせた――太公望が抱えている後悔を聞き、京の声は涙声になっていた。

「私もヤン将軍や錬師範に頼って、過去から逃げていただけだから」

 絡繰兵である紅機との戦いを経て、立ち向かう決意をした京だからこそ言える言葉だった。

 だが、太公望がここで意外な事を言う。

「なるほど。お前があそこで俺を殺すために極陰拳の奥義を放たなかったのは、成長しているって事か。年下の女に教えられてるようじゃ、俺もまだガキだな、っと」

 と、立ち上がった太公望は煙管を取り、火をつけた。また煙が周囲に広がる。

「え? それってどういう……」

 今度は京が不思議な顔をした。太公望はフッと笑うと。

「功夫の奥義は一子相伝と相場が決まっていてな。アイツが極陰の奥義を授けたのは恐らく紂王だけだ。クソがつくほど真面目な女だからな」

 そういって太公望は苦笑しつつ、煙管を口から離す。

「極陽も極陰も元はひとつの流派だった。その名は真龍極拳――」

 そして、太公望は煙管を京に向ける。


「まさに運命の悪戯って奴だが、お前は偶然にも真龍に通ずるふたつの流派の奥義を会得したのさ」


「!?」

 三人の顔が驚愕に固まる。時の帝があれだけ欲していた功夫を手に入れてしまったのだ。

「まァ、これが神の功夫のひとつ、真龍極拳だ。つっても、京の場合、妲己みたいに極陰拳を自在に使えないし、下手すりゃ妲己でも死ぬ。人工仙人は不老であって不死じゃないからな」

「おい。太公望のオッサン、ぬか喜びさせんなよ……」

 アイシャがガクリと肩を落とすのだが、太公望は肩をすくめる。

「神を殺せるかもしれん功夫だぞ? 制限もなしに放てる方がよっぽど危ねェだろうが」

「確かに。……、今一つとおっしゃいましたが。まだ他にも……?」

 フェイが疑問を口にすると、太公望はその通りと頷き。


「さすがだな帝さん。それら神の功夫はこの大陸に眠るとされる伝説の龍の名を冠している――」

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