第57話 己が見た夢は女王の過去
「へェ、巧いじゃん」
アイシャが本の
「え、巧い?」
「あァ、城の中とか登場人物の機微とかちゃんと書かれてる。素人が書いたにしちゃ面白いぜ」
アイシャは粗雑な物言いが目立つがこれでも元は良家の出身だ。家庭教師から教育を受けているのだから。芸術に関する強い感受性ももそれで育ったのだろう。
「素人は余計~。まァ妲己も褒めてたっけかな、この本」
「へェー、功夫しか興味なさそうな女がねェ。ま、そこは歴史書通りではあるけど」
妲己の事は京やヤンからしか聞いていないのだが、歴史所の妲己は酒池肉林の語源とされており、散々贅を尽くしたといわれている。
歴史書がまったくの嘘を書いているとは思えず、芸術に興味を持っていてもおかしくはなかったとアイシャは思ったのだ。
「ん……」
アイシャの本を捲る手がが止まった。
「功夫……?」
それは功夫を女の師範から学んでいる場面だった。主人公の名前は、季子というどこかの王朝の姫だったのだが。ちなみに女の師範の名前は書かれていない。
「それに季子ってどっかで聞いたことあるんだよなァ……」
「そんなに珍しい名前だっけ?」
京は何の気なしに話を書いていたのだが、アイシャには見覚えがある名前だというのだ。
「季子、功夫、女師範ねェ……。――ッ!?」
呟くアイシャの中でこの三つの言葉が繋がったようだ。
「ん? どったの~?」
京がケラケラと笑うのだが、アイシャは黒い歴史の本を机に置いて、京の肩を掴み言った。
「こいつ、紂王なんだよ!」
紂王――京曰く妲己の弟子だった殷の女王だ。京は状況が呑み込めず顔を顰めるばかりだったが。
「紂王の幼名は季子っていうんだよ! この女師範は妲己だ」
「いや、そりゃいくらなんでも唐突すぎ……」
慌てるアイシャにただの妄想だよと京は苦笑い。
「この妄想、どうやって思いついたんだよ?」
「え? 夢だけど」
夢――それを聞いてアイシャは得心が言ったようだ。
「転生した者は前世の記憶を寝ているときの夢として見るって話があるんだよ」
「この小説が証拠だって? ……まさか」
最初は京もばかばかしい発想だと思ったが、妲己が紂王の転生だと確信を強めたのがこれだとしてもおかしくはないと思える。
「……」
ふと夢の内容を思い起こしてみる。
――これが陽の基本たる功夫だ。ある動物の一撃を模したものだな。
女の師範が季子と名乗っていた自分に功夫を教えていた。それが極陽拳と似ていた、いや、そのままだ。
――季子は優しい子だ。憎悪に満ちていた私を師と慕ってくれる。ずっと季子には生きて王でいてほしい。そのために――。
これは昔の妲己だったのだ。妲己の言う京を神にするというのは、永遠の王を実現させるための方法を指していたのではないかと思われた。
「……まさか、趣味で書いてた本が、転生の証拠になってたなんて」
京も驚愕するほかない。
「とりあえず、懐かしさを堪能したところで、時の帝の部屋に行くとしようぜ」
アイシャの言葉で京は我に返った。今は時の帝の企てを探らなければならないからだ。
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