第56話 懐かしき紫禁城で
「……こりゃまた豪勢だなァ、こいつは」
紫禁城を見たアイシャが感嘆の吐息を漏らす。現在は博物館となっている紫禁城だった。広大な土地に東洋の建築技術の粋を集め、一度は反乱で焼失したものの清朝により再建された城だ。
「来た事ないの?」
「親父がここで働いていたのは知ってるけど」
アイシャの父親は上級役人だったらしいが、アイシャはこの紫禁城に来たことはなかった。
「そもそも皇族や関係者以外はなかなか入れないからな。帝である私が入場許可を申請してようやくだ」
「そりゃそうか、ありがとよ」
フェイが骨を折ってくれたのだとわかると、アイシャは礼を言う。
「礼には及ばんさ。いつかこの国も民のために開放すべきだと思っている」
「?」
アイシャが首を傾げる。
「血筋で国を治めていた時代は終わる。先代もそれを目指していたが、理想ばかりが先行してな……」
フェイの顔が曇る。龍は心優しい帝であったが、理想を追い求めすぎて足元をおろそかにしてしまったというわけだ。
「そうだ、だからシロアリ共がこの国を食いつぶすのを止められなかった」
陣が唇を噛むように言う。口惜しかったのだ。
「積もる話は後だ、とりあえず。部屋に向かうとしよう」
フェイが急かす。
なぜ一行が物資の補充だけでなく紫禁城にまで赴いたのか、絡繰戦役で何があったのかいま一度確認するためだ。
――叔母上たちは自分の部屋を見てくるといい、私は外で待っている。
こう提案したのはフェイの気遣いだった。
「ホント、私の部屋まだ残ってたんだ」
京が中に入ると、いかにも中華を思わせる装いが飛び込んできた。
おしゃれな
そして本棚には特級厨師から料理本や歴史書、小説が修められており、実は勉強家であったこともうかがえる。
「懐かし~」
京が箪笥を開けると、華やかなチャイナドレスが見えた。
「ホント、ババアは皇族の姫様だったんだな」
アイシャが立て掛けかけられている肖像画を見てククッと意地の悪い笑みを見せる。
確かに京は当時のままの可憐な少女だったからだ。違いは華やかな衣装ぐらいだろうか。
「……たぶんこうして仙人にならなかったら。普通に年を取ってさ、死んでたかもしれないけどね」
京がそんなことを呟いたのは、ふと懐かしさが蘇ってしまったからだろうか。
「……」
アイシャが押し黙るのは京と同じ事を思っていたからだ。
絡繰兵が家族や使用人たちを惨殺しなければ、今頃普通の娘として暮らしていたのだから。
「ま、そんなことがあったから。こうしてアイシャとも会えたんだけどね」
そういったのは慰めでもなんでもなく京の本心だからだ、そしてアイシャの頭を優しく撫でてやる。
「あ……。うん、ありがとう」
途端にアイシャがしおらしくなる。乱暴な言葉遣いは身を守るための盾の代わりだ。
普通の少女なのだから。
「……。おっと、小説も書いてたのか?」
恥ずかしくなったのかアイシャは京から離れ、机を見ると書きかけの小説が置いてあった。
「こいつまでそのままにしてあるんかい……」
京と言えばげんなりとした顔をする、いわゆる見られたくない「黒い歴史」を思わせる類のものだからだろう。
「ちょっとだけ読んでみてもいいか?」
「あ?」
アイシャが本を手に取ると京が顔を顰める。
「そんなに恥ずかしい事かよ……」
「昔の妄想を紙に書き留めただけだからさ……。何書いたかはあんまり覚えてないけど」
「ちょっとだけだって」
京が嫌がるのだが、アイシャは構わず読むことにした。
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