第54話 幼きゆえの残忍さ

「……以上となります」

「は? なんだよ、コレ」

 白衣を着た部下がレポートを読み上げると、それを聞いていたアーサーは苛立ちをぶつけている。

 普段の冷静さはどこにいったのか、語気は荒く、品性も失われている。

「古代遺跡で発掘された兵器を真似たのに負けたならともかく、ただの雑兵にすら負けるとかさァ……」

「かッ、彼らの技術力と練度は想像以上に高いようでして……」

 怯える部下が理由を説明するも、アーサーとしては侵略対象の国の兵士に負ける事は屈辱以外の何物でもなかった、所詮戦争の手駒でしかない。

「ッ!」

「ひいッ……」

 癇癪を爆発させたアーサーが壁を殴るとリノリウムで出来た壁は容易くへこむ。

 部下が悲痛な叫び声を上げるが、無理もない。銀の水で仙人と同一の存在になっただけでなく、身体強化もされている拳での一撃を見せられたのだから。

「まァ、いい。最新型のオートマトンたちがあるし、それに切り札はまだある」

 アーサーが後ろにある培養槽を見てほくそ笑む。そこには複数の絡繰人形――アーサーのいうところのオートマトンが眠っていた。

「……アーサー様、オートマトン以外の切り札とは?」

「聞きたいかい?」

 部下がおずおずと訊ねると、アーサーは意地の悪い笑みを見せる。

「同族同士で殺し合わせるのさ、そして倒すことは奴らには不可能」

「いったいどうやって……?」

 部下が疑問を口にするのだが、アーサーは呼びつける。

「そこで眠っている奴を利用するんだよ」

 培養槽で眠っている人の形を辛うじて保っているオートマトンを見て笑っている。

「オートマトンにしては弱そうですが」

 戦闘能力は高そうに見えないと部下はいった。失敗作であろうそれは屈強や精強とは程遠く、戦いには向かなさそうではあるのだから。

「戦闘力は期待していないからね。死に損ないのジイさんの脳を失敗作のオートマトンに入れ替えただけさ」

「では、ズーハンと同じ……?」

 自慢げに話すアーサーの話を聞き、部下は妲己と共に逃げたオートマトンの名前を挙げた。

「あれも死に損ないの娘の脳をオートマトンに入れ替えただけだからなァ。あの邪仙は京とかいう棄てられた皇女と数百年前の弟子の事をまだ引きずっているんだよ、くだらないよね」 

「……」

 愉快だとアーサーは笑うと、そのアーサーの狂気を見た部下はおののいてしまう。

「お前は棄てられた娘だってのを処分する前にズーハンに聞かせてやりたかったが、逃がしたしなァ」

「それで、具体的にはどうするんですか…?」

 いたたまれなくなったのか、部下は話題を変える。

「アンデッドはどう造られるかは知っているかい?」

「は、はァ……。負の魔術を用いて仮初めの生命を与えることぐらいなら知っていますが……」

 錬金術もまた科学であり、科学を信奉する錬金術師からすれば魔法やそれらのオカルトには懐疑的になるのは当然のことだなのだが、アーサーは面白いと笑い。

「面白い事に、この国のアンデッドは逆なんだ」

「逆、とは?」

 部下が首を傾げる。話が呑み込めていないからだ。


「この国では道術による正の生命力を用いてアンデッドを生み出すんだよ」


「正の力……そんな事が?」

 正――陰陽の概念においては陽の事を指す、道術は陽の力で奇跡を起こし、それがキョンシーを生み出している。京が言っていた極陽拳だけではキョンシーを斃せない理由がこれだ。

 《霊》と同じく対立する力をぶつけなければアンデッドは斃せないのだ。

「面白いだろ? そして、こちらのオートマトンはリスクなしにマイナスの力でキョンシーを処分もできる。それに、こちらにはそれすら凌駕する功夫を持つオートマトンがいる、こちらの勝利は揺るがないさ」

「……」

 ――この男は危険すぎる……。

 話を聞いていた部下は愕然としていた。アーサーの露悪趣味は想像以上であり、そのうえ対処も完璧と穴がない。

 精神だけが子供ゆえの残酷さだろうと思わされた。

「だが、まだロールアウトには時間が掛かるし。絡繰兵のバージョンアップを進めないとね……」

 と、アーサーは作業に戻るのだが――。

「……笑った?」

 部下には中央の培養槽に入っている男のオートマトンが醜悪な笑みを浮かべたのが見えたのだが。 

「あれ? 気のせいか」

 見るとまたオートマトンは目を閉じていた。

「はァ、作業に戻らないと……」

 疑問に思いつつも、部下は作業に戻るのだった。


 

  

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