第53話 偽の京、誕生せり

 ――私と一緒に旅をしませんか、こう見ても強いですよ!

 女老師は美紫メイズと名乗ったのだが、メイズはすさまじい功夫マニアだったようで、いろいろな流派を見聞きしたと言っていた。

 ちなみにメイズの流派は百銃拳パイチョンチュェンという流派で、妲己の想像通りまだ歴史の浅い流派だったようだ。

 ――懐かれてしまったな……。

 だが、人懐っこい性格なのは予想外だったが。

「いや、これは……」

 妲己は逡巡させられている。極陰拳自体は禁制ではないのだが、生命活動を止める陰の《氣》は下手をすれば自身にも危険が及ぶため限られたものにしか教えていない。

 リスクを軽減して使えるのは陰の《氣》でも阻害され辛い特殊体質だったからだし、ズーハンの場合は生体ベースの絡繰人形なのだが、機械の身体は生命活動を阻害しにくい、だから使える。

「……」

 メイズが妲己に物をずけずけと訊ねる様子を見たズーハンはますます機嫌を悪くしていたのだが、その感情が何かを分りかねている様子だ。

 ――京の時以上ですね、これは。

 妲己は今でも京の事を気にかけている、わざわざズーハンに様子を見に行かせたことからも明白だ。 

「ズーハンさん、どうしましたか?」

 ズーハンをメイズがのぞき込んで来る。

「なんでもないですが?」

「うお……、すごく迫力ある。熟練の功夫遣いって感じがしますね」

「……」

 鬱陶しいと睨み返してやったつもりが好意が返ってきてしまいズーハンは狼狽させられてしまう。

「ふむ……」

 どうなるものかと思っていたが、メイズが旅に加わってくれたのはありがたい話だった。

 メイズはなかなか強く、アーサーが追手として放った絡繰兵を撃破している。

 ――ズーハンにとってもいいかもしれない。

 妲己はやはりというかズーハンをただの戦闘兵器としては見てはいなかった。

 絡繰兵にすらそうだったのだから当然だが、ズーハンは生体ベースの絡繰人形、つまり人間に近く作られている。

 ――紅機も感情を持ったのだからな。

 機械ベースの絡繰兵でも感情らしきものを持っているのだから、妲己はズーハンの成長を期待していた。

 妲己以外の人間に関わる事で、感情を知れるのではないかと考えていた。

「そういえば、どこに向かうんですか?」

「……」

 メイズが妲己たちに目的を訊ねるのだが、国を乱していた連中と組み、裏切れたはいえない、しかし、やるべきことはある。

「己の業にケリを付けに向かおうと思っている」

 何かは言えないし、言わないのだが。

「……わかりました、それが何かは聞きません」

「……?」

 メイズは急に真剣な面持ちを見せると、ズーハンは戸惑う。


「極陰拳を自在に使えるのは、邪仙とされた妲己でしたからね。ですよね?」


「!?」

「確かにその通り」

 ズーハンは驚愕するのだが、妲己は予想がついていた。

 功夫マニアだというなら極陰拳のことぐらい知っていてもおかしくはないだろうからだ。気軽に使える技ではない。

「でも、歴史書に書かれていることが真実とは限りませんから」

 メイズはフッと笑い柔らかな笑みを見せる。

 ――ただの小娘ではなかったということか。

 妲己は大いに感心させられる。師となった人間の教えが良かったのだろうと思わされた。

「……なるほど、いいだろう」

「妲己様がそうおっしゃるなら……」

 妲己が感心していると、ズーハンは白旗を上げ、メイズの加入を認めたのだった。


そう、この話の後、京の偽物が人助けをしているという噂が立ったのだ。


 

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