第310話 ブレないのも問題か?

伊調は一人ではなく、神楽部隊の女性を一人伴っていた。そちらも、高耶とは顔見知りだ。お互い小さく礼をして挨拶しておく。


その間に、伊調は高耶と共に声を上げた武雄の存在に気付いたようだ。


「そちらは、女将のお孫さんでしたね」


伊調が武雄に声をかける。すると、武雄は勢いよく頭を下げた。


「お久しぶりですっ」

「大きくなられましたね。今日御当主と一緒……ということは、同級生でしたか?」


伊調には、メールの折りになぜこの場に居るのかというのも話していたのだ。これには、高耶が答えた。


「ええ。その縁で同窓会の会場として、旅館を使わせてもらえることに」

「そうでしたか。ああ、お席はこちらでどうです?」


伊調の隣りのテーブルとその奥を示す。


高耶と武雄、俊哉と時島の四人が、伊調の隣りの席に座る。そして、伊調は高耶にお気に入りらしいメニューを教えた。


「ここは、季節の天ぷら蕎麦がオススメですよ」


すると、武雄も頷く。


「ここはそれがオススメ」

「なら是非それで」


俊哉達も同じものを頼んだ。


注文を終えると、高耶は伊調に尋ねる。


「この辺りに扉はないと聞いていましたが」

「ええ。そうなのです。それで、近くにある彼女の実家から車を出してもらうのですよ」


そうすると、女性の方が答えた。


「何度か、扉を繋げられる場所の候補を上げてはいたのですが、中々難しいようです。元々、わたくし達もここへは仕事ではなく休養にというものでしたから」


個人的な休養地への移動のために、連盟がその粋を集めた扉の技術を使うことはできない。どこにでも、いつでも扉を繋げられる高耶が異常なのだ。


本来は何十人と術者を集めて、力を結しなくては繋げられないもの。管理も大変だった。


そういえばとその事を思い出した高耶に、伊調は微笑む。まるで、世間知らずなところのある可愛い孫を見るような目だ。そんな顔を見せるのは、高耶と居る時くらいだろう。


「ここの土地神様はしっかりされている方ですから、私達の力は必要ないようでしたので、扉の申請もしておりません」

「そうでしたか……」


許可がそう簡単に出るものでもないというのも思い出し、高耶は苦笑した。


これに女性が尋ねる。


「ふふっ。昔は、駅から送迎のバスも出ていましたけれど、今回御当主様はタクシーで?」

「あ、いえ。源龍さんの所の車で送ってもらいました」

「おや」

「まあ」


二人して目を丸くされた。


「帰りも連絡することになっています……」

「榊の御当主も御執心なようでしたからね。他にも話をすれば、御当主の為ならと、車を出してくれる方は多いでしょう」


伊調もそれを当たり前のように受け入れていた。高耶がその対応に恐縮する方がおかしいような気さえしてくる。


「有り難いですが……最近は、免許を取ろうか迷っています」


高耶としては、それこそ、連盟の管理する扉によって大抵の所には行けるため、必要性を感じていなかった。


そもそも、高耶は仕事でしか出掛けなかったのだ。その場合、扉が使える。よって、不便さを感じたことがなかったというわけだ。


最寄りの場所から何キロか距離があったとしても、そこまでの道中を歩くのが普通だった。問題となる場所の周りも視ながら移動することも大事なこと。何より、高耶には長距離を歩くことが苦にならない。


寧ろ、歩くのは好きな方だ。だからこそ、車やバイクの免許を取ろうと考える事もなく生きてきたというわけだ。


この考えに、伊調と神楽部隊の女性だけでなく、俊哉までも反応した。


「「それは必要ないですよ」」

「高耶には必要ないっ」

「え……」


俊哉が続けた。


「俺が免許取るから、高耶は要らん。車が必要な時は、俺が送り迎えしてやる!」

「……」


これは喜べば良いのか反応に困る。


「あらあら」

「御当主には良い友人がいらっしゃるようですね」


年長の二人は呑気なものだ。


微妙な表情をする高耶の心情が分かったのではないだろうが、今の高耶の思いを言葉にしたのは、満と嶺だった。


「俊哉……それ、女に言ったら満点……とまではいなくても、高得点出たかも」

「俊哉。ここに腐った女子居たらヤバかったぞ。旅館で言わんくて良かったな」

「ん? え? なんで? いや、今高耶に言わないと、免許取っちゃうじゃん。そうなると、俺も優希ちゃんも困るし」


俊哉は本気らしい。


「なんで俊哉が困るの?」


武雄が心底不思議そうに尋ねた。


因みにこの会話を、伊調達は微笑ましそうに聞いている。


「だって、ただでさえ高耶は仕事で時間取れねえんだもん。コレに車校に通う時間も入れられたら、ほぼ会えなくなるじゃん」

「……確かに……」


高耶は納得した。


「だろ!? だから、高耶は免許取らんくて良い。ってか、そういえば、船とかセスナの操縦が出来るって聞いたけど、あれマジ?」

「誰に聞いた……」

「エルさん」


エルラントとも、俊哉は普通に話しをする仲だ。高耶は今更ながらに、俊哉の社交性の高さに驚く。


「……緊急時用に、ちょっと教わっただけだ……免許はない」


舞踏会でのダンスもそうだが、エルラントは高耶に色々と教えてくれている。余裕のある経験豊富な大人とは、有り難い存在だ。


「でも出来るんだ? ずりぃ」

「だから、緊急時用だ」

「エルさんとはそうやって遊んでたんだろ? ずりぃよっ。俺も一緒に遊びたかった!」

「……」


そっちかと高耶は小さくため息を吐いた。俊哉は本当にブレない。









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