第301話 欲しがられました
今日、この旅館に居るのは全て高耶や俊哉と同学年の者たちだという。
「……多くないか?」
磨かれた木の床の広いエントランスには、既にひとクラス以上の人数がそこここでグループを作り、会話に花を咲かせていた。
「ほら、俺らまだ大学生じゃん? そんでもって、大学生って、こういうお祭り騒ぎや旅行って大好きじゃん?」
「……」
ちょっと偏見だろうとは思うが、確かに社会人になっていては中々難しい。大学生だから出来ることは多いのだろうと、高耶は納得しておく。本人はその大学生の特権をほとんど使えていないのだが、それは気にしていない。
俊哉は、カウンターに向かいながら、嬉しそうに続けた。
「すげえよ? 出席率九十%! これ、同窓会としてはすげくね?」
「そう……かもな。小学校の同学年の奴ら全員ってことだよな?」
「そうっ! というか、全員に間違いなく連絡取った俺らも凄えと思う!」
「確かに……よくやったな……」
「っ、高耶に褒められた!! 頑張って良かった!!」
「騒ぐな……」
大袈裟にガッツポーズを決めて喜ぶ俊哉に、高耶は本当にこいつは落ち着きがないなと改めて思った。
そこに、同じように思った者が近付いて来た。
「和泉……本当にいつでも落ち着きがないなあ……」
「あっ! 時島先生! ちはっス」
「ああ……蔦枝、朝からこのテンションの奴と一緒なのは疲れるだろう。チェックインしたら、部屋で茶でもどうだ? 教師は全員、一人一部屋もらっていてな。本来の二人部屋らしいから、ゆっくりできるぞ」
「いいですね。是非」
時島とは、再会して以来、しょっちゅう顔を合わせているし、なんなら瑶迦の所で、月に一度は食事がてら泊まったりしている。
今やかなり気心が知れた仲だ。時島の酒の好みまで分かる。
「えっ、ちょっ、俺は!?」
「「お前は幹事だろ」」
「うっ……」
さすがに人数が多いため、幹事としてまとめる者も俊哉だけではない。だが、幹事であることには変わりないので、おそらく打ち合わせなどもあるだろう。
土曜日の昼頃からの本番以外は、自由にできるとはいえ、打ち合わせすることはあるはずだ。
「ううっ……っ、終わったらっ、打ち合わせ終わったら行くからな!」
「「はいはい」」
時島も、俊哉の扱い方が分かっていた。
部屋割りは決まっているらしく、高耶は俊哉と生粋のオタクである
俊哉と二人でその部屋に入ると、既に三人とも来ており、くつろいだ様子でスマホの写真を見せ合ったりしてお茶をしながら盛り上がっていた。
「おっ、え!? もしかして……高耶か!?」
「なんだお前……そんなカッコよくなってどうすんだ!? 彼女はいるのか!? 結婚はまだだよな!?」
「っ……」
片瀬満と新田嶺が、座ったまま詰め寄ってきた。二人とも何か必死さを感じた。
「おいっ。高耶が引いてんじゃんか! けど、結婚はまだだ。彼女もなし! カッコいいのは仕方ねえ。モデルも出来るんだぜっ。凄えだろ!」
「「凄えっ」」
「……」
なぜお前が答えるのかとか、色々言いたいが、ここでツッコむと、恐らく俊哉が調子に乗る。
なので、至って冷静に、高耶は挨拶した。
「久し振り。満、嶺。彰彦も。話は……もう少し落ち着いてからにしよう。俊哉は幹事として打ち合わせがあるみたいだし、俺もちょっと約束があるんだ。三人で寛いでてくれ」
「お、おう……」
「声もカッコいいやつじゃん……」
「ふっ。ここは任せろ」
「ああ、じゃあ行ってくる」
「「「いってら〜」」」
ささっと荷物を部屋の隅に置き、貴重品だけ持って逃げるように部屋を出た。
時島の部屋は高耶達の部屋からそれほど離れていなかった。
俊哉が幹事としてやっているのだ。なるべく近くにと思ったのかもしれない。
部屋のドアをノックすると、時島が待っていたというようにドアを開けた。
「おう。入れ。充雪殿は先に来られているぞ」
部屋に入ると、充雪が一応はと用意された座布団に座るようにして待っていた。
「……じいさん……もう見回って来たのか?」
今回の旅行には、充雪がついて来ていた。久し振りに自分もゆっくりしたいと言って来たのだ。だが、彼の頭には、常に修行の文字がある。
《おう。いやあ、いい所だなあ。ちょっと登った所に、いい感じの滝もあったぞっ》
「しねえから……」
滝修行だと目を輝かせているので、高耶は先に拒否しておいた。
《なんでだよっ。水量も滝壺の深さも、理想的だったぞ!》
「いや、こっちがなんでだよ。修行に来てねえから!」
《いいじゃんか。あっ、なあ、ここ閉めるんだろ? 買い取らねえ? 連盟で。あの滝は欲しい!》
「……ここら一帯全部買い取れと……?」
滝が本気で気に入ったらしい。
「ははっ。充雪殿は、言うことが違いますなあ」
《だってよお。めちゃくちゃ理想的だったんだよ! 今、本家のガキ共を鍛えているが、あいつら根性がなあ……滝は精神修行にはもってこいなんだよ》
充雪はここのところ、暇があれば本家に突撃し、お仕置きも含めた稽古をつけている。
勇一から聞いたが、本家の者たちや分家の代表達が、いつも涙目になりながら、朝から晩まで扱かれていると言う。
かつてないほど鍛えられているというのは、勇一としては嬉しい実感らしい。
高耶への妬みなどがなくなった勇一は、今まで出来なかった本気で武術に打ち込むということが出来ているようだ。
他はまだ、雑念が多いらしい。それでは、当分お仕置き稽古は終わらないだろう。
「買い取りか……」
「蔦枝?」
高耶は少しこの旅館について思う事があり、買い取りという案に考え込んだ。
「……そうだな……」
「蔦枝っ?」
本気で買い取るつもりかと、時島が目を丸くしていた。
なので、高耶はにこやかに笑い、スマホを取り出す。
「いいかもしれません」
《よっしゃ!》
そして、とりあえずはと、連盟にこの土地の情報を請求した。
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