第291話 きっと後悔するでしょう

統二はこの日、朝からずっとソワソワと落ち着きない自分に気付きながら、午前の授業を終えた。


普段からあまり表情の動かない大人しい性格が幸いし、周りにはそんな様子を感じさせなかったようだ。


しかし、友人となった親しい人にはバレるものだ。


「楽しみにし過ぎじゃね? 授業参観を楽しみにする小学生かよ」

「……そう言う二葉の方が、落ち着きなかったと思うけど?」


一時は仲の悪かった二人だが、小学校での一件から親友の距離まで近付いていた。その変化は、かなり周りには衝撃だったようだが、今はほとんどそれを弄って来る者はいない。


「っ、し、仕方ねえだろっ。高耶兄が来るんだぞっ」

「僕の兄さんだよ」

「実の兄じゃねえだろっ。独り占めすんなっ」

「独り占めなんてできるわけないだろっ。優希ちゃんに怒られるわ!」


そんな会話を、向き合って弁当を食べながらしているのだ。教室内の生徒達も興味津々だった。


そこに女子生徒が声をかけてきた。


「ねえっ。あんたの兄さんがもう一人のモデルなんだよね? どんな人なの?」


生徒会主催で行われるファッションショー。衣装を作りたいと立候補した者から、毎年最大で十五人が選ばれる。


少し変わっているのは、選ばれた者たちでデザインを起こさないこと。彼らとは別に、生徒達で多くのデザイン画を募集し、それらの中から選び取ったものを作ることになる。


多少のアレンジは許されているが、どこまでそのデザイン案から忠実に再現できるかというのも審査ポイントになるのだ。


独自の拘りを持つのも良いが、他人に提示された案や物を拒絶せずに受け入れて形にできるかというのを試されるというわけだ。


今回は最大の十五人となり、問題はモデルの確保だった。審査をしやすくする上でも、身長や年齢、体型もある程度は同じにする必要があった。


それも身内でなるべく集めるということで、中々厳しい状況。よって、学年、クラスで人数制限なく、候補を募った所、統二のクラスから二人決まったのだ。


「まあ、あんたの兄だしい、真面目系? もしかしてオタクとか?」


その一人が、この女子生徒の兄だった。


「ヒョロヒョロだったりして〜、そうなると、うちの兄さんと並んだら、見劣りするわよ? 大丈夫?」

「「……」」


進学校であっても、中身はそれほど変わらない所もある。寧ろ、中途半端に出来る子ほど、少し捻くれたりする時期だ。ストレスを上手に消化できなければ、歪むのは仕方がない。


それを冷静に理解している者たちは、これを遠巻きにする。


そして、ストレスの解消方法は様々だ。このクラスの委員長が筆頭となる優等生グループは、歪みを他人にぶつけようとする者たちを諌めることで、自分たちの中にできる歪みを正そうとしていた。


「相田さん、言い方には気を付けて。こちらがお願いして来てもらうのよ? 失礼がないようにしなくてはいけないわ」

「いいじゃん。本人の前じゃないんだから」

「そうでなくても、常の言葉が思わぬ所で出てしまうものだから気を付けてと言っているのよ」

「ちっ、ウッゼっ」

「「……」」


統二や二葉もだが、周りももう大分呆れモードだ。ちょっと不良に足を突っ込んだ相田という女子生徒を中心とした数人のグループと、優等生ですといった委員長を中心とした数人のグループは、日常的に言い合いをする。


合わないだろうなというのは、見た目でも一目瞭然だ。先ず、スカートの長さが違う。


「前にも言いましたけど、思ったらすぐに口に出してしまうのは良くないわよ」

「はんっ、腹ん中で悪態吐く奴の方が、信用できないじゃん。ほら、テレビでも言うでしょ? 殺人犯が近所だと『大人しい良い子だった』とかって」

「それは、周りの人もきちんと見ていなかったってこともあるんじゃないかしら。二面性があるとか。それに……今言いたいのは、聞いた人が傷付くかもしれない言葉も面白半分で口にする、あなたの常の行いを問題としているんです」

「はいはい。ママは心配性ね〜」

「心配させてる自覚はあるようね」

「お陰様で?」


頭の回転が早い分、お互い熱くなる前に色々と言葉が出てくる。ずっとこの調子で言い合うのだ。巻き込まれたくはない。


だから、これに慣れている統二と二葉は、ため息を吐いた後、特に気にすることなく自分達の会話に戻る。


「今日は優希ちゃんは来ないんだよな〜」

「子どものモデルは基本採寸だけして終わりでしょ。来ないよ」

「なら、高耶兄を取られることないな」

「だから、僕の兄さんだってば」

「ってか、俊哉兄にもお願いすりゃ良かったのに」

「俊哉さんは身内じゃないだろ」

「ああ、そうか」


モデル選考の基本は身内。それがなければ、統二も俊哉に声をかけたかもしれない。


関係ないと女子生徒達の言い合いを放置していた統二と二葉。それに気付き、相田という女生徒が睨み付けた。


「ちょっと。聞いたことに答えなさいよ」

「……なんのこと?」


統二は面倒臭いという表情を全面に出した。それが彼女の気に障ったようだ。寧ろ、そうして煽るつもりで統二は故意に顔に出した。


「あんたの兄が、オタクかどうかよ! どうせ大して顔も良くないんでしょ? あんただって十人並みだし」

「……お前……っ」


少しばかり統二も苛立った。しかし、先に爆発したのは二葉だった。


「っ、お前っ、後悔するぞ!」

「……なによ……なんで二葉が口出してくんの? あんた達、気持ち悪いのよ。突然仲良くなるとか、青春漫画かよ」

「悪いか! 別にお前らに迷惑かけてねえだろ。こっちを気にするとか、そっちの方が気持ち悪いわ」

「っ……」


黙らせたという所を逃さず、統二が口を挟んだ。


「高耶兄さんのこと、気にしてくれなくていいよ。寧ろ、近付かないでくれる? 性格悪い人、あまり近付けたくないから」

「はあ!? 私が性格悪いってこと!?」

「そうだけど? なんなら、ここで多数決取ってみる?」


周りに目を向けると、まあ、間違いなく性格悪いという方に賛同しそうな、遠巻きにしている生徒は多かった。それに、さすがに怯んだようだ。


「っ……はっ、頼まれたって、あんたのキモイ兄になんて近付かないわよ!」

「それ、ちゃんと聞いたから」

「ふんっ」


これで撃退完了だ。


「ぷっ、あいつ、絶対に後悔するぜ」

「だろうね。あ〜あ、やっぱり俊哉さんを呼ぶべきかも」

「今から呼んだらいいんじゃね?」

「無関係な人入れられないじゃん」

「いや、今日の高耶兄さんの服、誰かコーディネートするだろ。姫様の所の姉さん達だったらヤバいぞ? 芸能人並みになるし」

「「……」」


今更ながらに気付いて統二と二葉は青ざめた。そして、すぐに行動に移す。高耶が来るまで後一時間ほどだ。


「……っ、先生に相談してくる!」


先ず統二が立ち上がった。


「俺、高耶兄さんと俊哉兄にメールするわ」

「頼んだ!」

「おう!」


気分はもう芸能人のマネージャーだった。


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