第286話 順調です
高耶は、エルラントに教えられてピアノの調律も出来るようになっていた。
「ハンマー……の動きは悪くない……フェルトがダメなのが多いな……ネズミか?」
弦を叩くハンマーについているフェルト。それが齧られたように欠けたものが多かったのだ。あとは、やはり年月が経っていることで、かなり固くなっている物と、劣化している物もある。本当にダメな物だけ選別していく。
アップライトピアノと昊に聞いていたので、フェルトハンマーの替えと弦は持って来ていた。とはいえ、これは新品ではない。完全に傷んではいないが、替え時ということで、交換されたいわば中古のものだ。
調律の練習のためにもと、エルラントからもらったものだった。処分するものなので、ここで使ってもお金がとか気にされることもないだろう。
新品に替えたり、ここまで放っておかれたピアノの調律には何十万と費用が掛かってしまうものなのだ。
「これなら、二時間くらいか」
グランドピアノなら、もっと時間がかかるだろう。アップライトピアノで良かったと胸を撫で下ろした。
そこから二時間近く、集中して作業を続けた高耶は、優希達に昼ご飯だと呼ばれて、手を止めた。
「もうそんな時間か」
「お兄ちゃん、しゅうちゅうしてたね」
「ああ。宿題は出来たのか?」
「うん! おんどくまでやったよ!」
「じゃあ、全部終わったってことだな。えらいぞ」
「えへへ」
優希の中でルールというか、優先順位があるらしく、音読の宿題だけは、絶対に最後にやるのだ。なんでも、音読は心と頭を落ち着けるための最後の儀式なのだと優希は言う。
小学一年生が考える事だろうかと両親や高耶は首を傾げたが、瑶迦や珀豪達が『高耶の妹らしい』との感想を持って納得したようだ。両親もなるほどと頷いて、深く考えることはやめた。
高耶としては、複雑な気分だが、優希が嬉しそうだったので、賢く口を噤んでおいた。
よって『音読までやった』ということは、全部宿題が終わったということだった。
「これで、あしたはあそべる!」
「そうだな」
やる事はやってから、好きな事をするというのも、この年齢からきちんと習慣付けているのは良い事だろう。
「ごはんはねえ、『そばめし』と『トリハム』! トリハム用のごまだれとウメだれもつくったんだよ!」
「手伝ったんだな」
「うん! ソラくんもソラくんのおじいちゃんも、みんなでつくったの!」
「へえ」
きっと賑やかだっただろう。だが、高耶には全く聴こえていなかった。集中しても良い時は、とことん集中して、周りの音を遮断してしまうので、気付かなかった。防音の部屋ではあったが、ドアは開けていたのにだ。
服についた埃を外で払い、手を洗って戻ると、座敷の大きなテーブルに、皆が集まっていた。
「高耶くん。お疲れ。さあ、座ってくれ」
「ありがとうございます」
《ご主人様。こちらへ》
「ああ」
「……慣れているんだね」
「え? ああ、呼び方ですか? 慣れました」
「なるほど……いや、間違いなく、ご主人様と呼びそうなメイドさんだしね」
ご主人様と呼ばれる人を見ることなんて稀だろう。妙な感じがするのも分かる。
そこに、
《春奈さんも、こちらに座ってください。お茶は私がお淹れいたします》
「ありがとう、エリーゼさん」
《いえ。お任せください》
まるで、エリーゼを嫁に来た娘のように接している様子に、高耶はほっとする。
「もうたべていい?」
昊が確認する。これに、克樹も春奈も笑いながら頷いた。
「冷める前に食べよう」
「そうですね。食べましょう」
「「「「いただきます!」」」」
子ども達の元気な声を合図に、食事が始まった。
春奈は食欲もあるようだ。それを見て、高耶は尋ねる。
「エリーゼは、お役に立ちましたか?」
「ふふっ。もちろんです。お掃除中もとっても楽しくて。お喋りも上手なんですもの。こんなに喋ったの……いつ振りかしら……」
本当に嬉しそうだ。エリーゼの話術は、性格もあり、一気に上達していた。よって、話し相手としては最高だろう。相手に合わせることも出来るので、無理なく心に沿っていくのだ。
「ハクさんは、とっても物知りで、あり物でこんなご馳走を作ってしまうのも驚きました」
《うむ。だが、そろそろ買い物をせねばならぬだろう。どうだ? 食休憩をしたなら、ともに出かけるか》
珀豪は、高耶に視線を一つ投げかける。察しているのだろう。こうして連れ出して、神社の方にも顔を出させようとしている。それが今、春奈には一番必要なことだ。
「お買い物ですか? 一緒に?」
珀豪が式神と知っているからこそ、春奈は驚いているのだろう。外に出していいのかと高耶に目を向ける。
だが、答えたのは優希達だった。
「ハクちゃんやエリーゼちゃんとおかいもの、ユウキたちもよくいくよ?」
「お母さんも、いっしょにいきたがるよね〜」
「そうそう。おゆうはん、いっしょにかんがえたりね〜」
「ハクちゃんは、おかいものじょうずだから、カケイもあんしんなの!」
「「いいよね〜」」
「「……」」
ちょっと小学生女子の会話について行けなかったようだ。克樹と春奈は目が点だった。
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