第264話 約十年分の……

充雪の連れて来た人物を見て、高耶は思考を止めた。


「え……」

《どうだ高耶! これほど頼りになるのはおらんだろっ。陰陽術は苦手だが、武術、気功術の腕は今のお前に次ぐ実力者だぞっ》

「……」


わっはっはと得意げに笑う充雪。高耶を驚かせられたというのも、楽しいらしい。


だが、そんなことよりも高耶は意味が分からなかった。改めてその男を見れば、きちんと実体があるのだ。


「……なんで……霊じゃない……?」

《それなっ。ほれ、オレが霊界の方で優勝して賞品としてもらっただろ。あの霊薬をな。こいつにやった》

「っ、それ、貴重なんだろ? なんで……」

《貴重だが、また次ので優勝すりゃいいだろ。殿堂入りまでは参加できるからなっ。あと三本は手に入るぞっ。オレは負けん!》

「……」


その霊薬は、霊や実体を持てない神が飲めば、人と同じ実体を持つことができる。ただし時間は限られていた。当然だろう。だいたい丸一日だという。


デメリットとしてはこのかん、霊や神としての力が使えなくなること。それ以外は特にない。欲しがる者は単に現世で動けることを楽しみたいだけだ。


霊となった者は、生前から持っている力を振るえるとはいえ、生者を害することはできない。霊になった後に得た力の方が通常は大きいし、只人ただびとになっても意味がない。よって、悪さが出来ない。


使い所としては、本当にただ現世を楽しむだけ。自分の足で歩いて、見て楽しめるだけだ。触れる感触、食べ物の美味しさも知れるが、ただの娯楽の一種だった。


そして、今回のことで協力者として呼ばれたとはいえ、丸一日、現世に戻ってくることができた幸運な霊というのが蔦枝将也。高耶の実父だった。


「……父さん……」

《高耶? 高耶なのか? 大きく……っ》

「っ……」


『父さん』だと高耶は思った。懐かしい声だと。けれど、響き方は昔とは少しだけ違う。この違いが分かるのは、きっと術師達だけだろう。実体を得たとはいえ、生者とはやはり存在している次元が違うのだ。


そんな寂しさと再び会えたことの喜びを噛み締めていた高耶だが、次の言葉で一気に冷めた。


《もう結婚したか?》

「してねえよっ」


しくも、この質問で間違いなく実父だと確認できてしまった。


《ん? 十八は過ぎてるだろ》

「……もうじき二十だ……」

《十八で結婚しろと言っただろうに……あれか! 一人に決められないのかっ。お前、親父にそっくりだからなあ。モテるよなあ……》

「……」

《親父の女運の悪さを引いてるんだろう? 大丈夫か? ちゃんと相談できる友達は居るか?》

「……」


高耶は頭を抱えた。再会の喜びよりも、虚脱感の方が今は大きい。ここでコソッと統二が小声で確認してくる。


「あの……兄さん、この人が兄さんの……?」

「ああ……」

「結婚とか女運とか……なんですか?」

「俺は祖父さんに相当似てるらしくてな……園児の時から言われるんだ……大体、一週間に一回、確認された……」


顔を手で覆いながら、それを打ち明ける。尊敬する父だが、これだけは本当に参っていた。父としては、祖父が苦労した所を見ていて、心配してくれているのだろうが、女友達でも作れば、それこそ不安そうに叔父にも相談に行くほどだった。


女に振り回されないよう、修行にもきちんと身が入るようにするためには、結婚できる十八を過ぎたら、早めに一人に決めて結婚してしまうのが一番だというのが、祖父から学んだことらしい。


因みに、将也は十八で結婚している。


《まさか、裕也みたいに独り身を貫くとか……いや、その生き方を否定はしないが……》

「考えてない。それは良いから。後にしてくれ……」


多分、このままだと約十年分の小言を聞かされる。昔は上手く切り上げる技も持っていなかったが、今回はなんとかなりそうだ。


《ああ、そうだったな。どれ、ここは俺に任せなさい。精神補填くらい、わけないよ》

「……お願いします……けど、こいつらは、その……」

《ん? ああ、心配するな。俺の代わりに充雪殿が、殴ってくださるらしい。そのためには、回復させなくてはならないだろう? 立てるようにしなくてはな》

「父さん……」


将也は知っているのだ。自分を貶め、殺した元凶が彼らだと。けれど、それを恨んで怨霊になるなんてことにはなっていないらしい。確かに、将也は昔から切り替えが上手かった。


武術の腕が高いからこそ、自重すること、自分を律することをしっかりと自分に課していたのだ。


《そんな顔をするな。俺の唯一の後悔は、美咲に別れを言えなかったことだ。こいつらに対してはない。それに、こいつらは最初から負けを認めていた。正面から力比べを望まないということは、そういう事だ。最初から逃げてる奴らなど、俺の相手ではないさ》

「……そうだな……なら俺も、充雪に任せる」


高耶も恨みなど持たない。そう。こいつらは逃げたのだ。いつだって、逃げてきた者など、相手にする価値もない。それこそ、秘伝の者としては失格だ。


《おうっ。任せとけっ。オレならば、死ぬギリギリを見極められるのでなっ。安心するといい!》

「ああ」

《お願いします》

「「……」」


統二と勇一は聞かなかったことにした。目を覚ました彼らは、求めてやまなかった偉大な先祖から技を受けられるのだ。それが例え罰だとしても、光栄に思うことだろう。多分。


「じゃあ、俺は外のと遊んでくる。勇一、ちょっと付き合ってくれ」

「え、あ、はいっ」


高耶は晴れやかに笑うと、勇一を連れて外に飛び出した。


この時、焔泉と蓮次郎はというと、完全に見ものに回っていた。使用人達に廊下に小さなテーブルと椅子を用意され、部屋の中と庭の両方が見える位置に陣取ると、優雅にティータイムに入っていたのだ。


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