第263話 頼りました

高耶は部屋を見回す。まだ新しい畳の匂いのする大きな部屋だ。軽く見ても三十畳はある。そこに十四人の男性が寝かされていた。


「何日放っといたんだ……精神だけじゃなく、衰弱も酷いな……」


どんな体格だったか知らないが、仮にも本家に従おうとする者たちだ、今の姿は痩せすぎているように見える。


統二はこの呟きを拾い、周りを見回す。


「『深淵の風』って、精神を喰らうんですよね? なんで痩せるんです?」

「体格や力に自信があったんだろう。強く執着していた部分は精神と直結しているらしくてな。そこから一番に弱ってくんだ。逆に言えば、そこを補えれば精神も戻りやすい」

「へえ、ならこの人たちは体を鍛えれば良いんですね」

「ああ」


この会話を、本家の使用人として仕える者達は、真剣に聴き耳を立てて離れた場所から聞いていた。高耶が本当の当主であるというのは、彼らももう分かっている。


この本家には、視えない者はいないらしい。視える者たちが多くなると、そこには精霊や小さな害のない妖などが集まる。伝言も式を使ったりするため、ここで生活する場合は視えない方が困ることが多い。


陰陽師の家はその傾向が強く、視えない者が居ても、本家の周りだけは視える術が施されている場合が多い。ここはいわば、別世界なのだ。


逆に普段から視えてしまう一般人の避難場所や就職先にもなっている。家族の中で一人だけ素質を持って生まれた視える者は、外では生きにくい。その保護も連盟では力を入れているところだ。


こんな事情もあり、一族の者ではなく、秘伝で世話をしている者たちもここには居る。心配そうに高耶を見つめるのは、そんな者たちだ。使用人として本家の中に常日頃から居れば、当主の問題についても耳にしている。


一族の者ではないため、客観的に見られることで、彼らはこの問題については冷ややかだ。表には出さないが、バカバカしいと思っているだろう。


そんな彼らの意見を統二は知っていた。なので、もう心配ないと頷きを向けている。


高耶はそれに気付きながらも、そのまま寝ている人の間を歩いて、座り込んでいる勇一の側まで来た。そして、秀一の顔を覗き込む。


「こっちも痩せてきてるが……それよりも霊力の減りが激しいな。これは……動けるようになっても、しばらくは式も視えんかもしれん」

「っ、え……」


勇一は何を言われたのかすぐに理解できない様子だった。それだけ視えなくなるというのは、恐ろしいことなのだ。


そこに、この場ではあり得ない人の声が響いた。


「なんやこれ。えらいことになっとるやないか」

「これはまた、愚かだとは思っていましたが、ここまででしたか」

「……本当に来られるとは思いませんでした……」


高耶が振り向き、少々疲れたような声で告げる。瑶迦の所から扉を繋ぐ時、報告も兼ねてと充雪が焔泉と蓮次郎に声をかけたのだ。


その後、充雪が選んだ今回扉を繋いだ場所は、勇一の部屋で、そこは繋いだままになっており、そこから二人はやって来たというわけだ。


「高坊のせいにされたら、かなわんやろ? 監督が必要やわ。それに、はよお終わらせな、お客さまも待っとるえ」

「……そうですね。助かります……」


多分これが一番の本音だろう。早く帰って遊びたいというのもあるかもしれない。


「任せえ。と言いたいところやが……橘の、これの治療法は知っとるかえ? アレに遭遇したら、まず助からんとしか知らんねやけど」

「対処法は一応知ってるけど、治療法は知らないよ。高耶くん、これどうするの? 『深淵の風』の被害者の対処法は、意識が戻るまで、身体的に弱らないように保護結界を張って見守るってことしか知らないんだけど。それも結局ダメだった的な記録も多かったよ?」


それがこちら側に現れた事例は少ない。高耶も記録で読んだのは、三百年は前のものだったはずだ。


「欠けた精神は、本人にしか補えませんし、手を出せません。なので、本人の持っている霊力や気の力で補填させるんです」

「……気とかの話になるんだね……それはちょっと無理かな」

「せやなあ。それは無理やわ。そやけど……この人数、高坊だけで捌けるか?」

「……それです……さすがに神経を使うので、この人数は時間がかかります。充雪が、助っ人を連れてくると言ったんですが……これが出来る助っ人というのは……」


エルラントやキルティス達にも、専門が違いすぎる。助っ人としては呼びづらいだろう。充雪は自信満々で消えたのだ。彼らではない気がする。


「それに、外に居るのがどこかに行かれる前に、どうにかしたいですからね」

「「外?」」


高耶や充雪は、この秘伝家の中に直接現れたため、まだ外に居るものに気付かれてはいない。


外と聞いて、焔泉と蓮次郎も察知できたらしい。


「っ、これかや……なんとも気持ちの悪い気配やなあ……」

「この子達に執着してるの? 怨霊みたいにグルグルしてるね」


『深淵の風』は、秘伝の精神の味が相当お気に召したようだ。ずっと屋敷の周りを彷徨っている。


「この屋敷のある土地は、充雪の神気が覆っているので、近付けないんです。それで、お願いがあるんですが……」

「っ、何でも言いやっ」

「何? 何すればいいのっ?」


焔泉と蓮次郎は、期待するように身を乗り出してきた。それに気持ち身を引きながら、高耶は説明した。


「アレを逃がさないように、結界を張っていただきたいんです。屋敷を覆うものと二重で。結界と結界の間でアレと対峙できる場所がほしくて……」


屋敷に万が一にも被害が出ないように、屋敷を覆う結界を一つ。そして、上空から逃げられないように土地を覆う結界を一つ。その結界の間で、高耶は戦いたいのだ。


「さすがに、アレを相手にしながら結界を維持するのは厳しいので……」


そう言えば、二人はもうどちらの結界を張るか決めていた。


「いくで」

「いいですよ」


そして、見事な結界が二つ発動した。きちんとその結界の間に閉じ込められたようだ。これならば、庭で相手が出来る。想像していた通りの結果に、高耶は笑顔で礼を告げた。それはもう、年相応の喜びに満ちた顔だった。


「っ、ありがとうございます! お二人に来ていただいて良かったですっ」

「っ、ま、任せえ」

「っ、う、うん。頼ってもらえて良かったよ」


二人は珍しい高耶の様子に、頬を赤らめていた。


そこに、充雪が戻ってきたのだ。一人の男性を連れて。


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