第200話 天使と悪魔はいる?

蓮次郎が霊穴についての指示を出している間にと、高耶は瀬良智世の母親に確認することにした。


「ご実家はこの辺りでしたか?」


御神体があると感知した辺りの地図を指差す。これに、不安そうに頷いた。


「そ、そうです……家は老朽化もあり……取り壊しました……」

「御神体をご覧になったことは? こう……丸い物だと思うのですが」


自然にはあり得ない球体の石であったり、水晶玉のような物であったりするのが一般的だ。


「確かに……神棚にこれくらいの、紅っぽい色の玉があったと思います……絶対に触るなと母に言われていました……」


そう言われると、触りたくなるようなものだが、彼女はとても触れたいとは思えなかったようだ。


「なんだか見ているのも怖くて、母が亡くなって、家も片付けた後で、そういえばアレはどうしたのかと不思議に思ったくらいで」


気にもしなくなっていたらしい。


「最近、ふと思い出すんです……なんだか、探さないといけないような、そんな気がして……」

「影響が出ているようですね。息子さんの近くに居られたでしょう」

「え、ええ……」

「その影響です。彼が上手く動かないから、周りを動かそうとしていたんです」


これだと思った器。けれど、正しい器ではないから、影響が弱い。思うように動かせず、回収すべき御神体を見つけることもできなかった。


その苛立ちが外に影響を与え、近くに居た母親がそれを感じ取ってしまったのだ。


「頭痛とかはありますか?」

「え? あ、その……年のせいかと思っていたんですけど、違うのでしょうか?」

「確認しましょう。あちらにベッドがありますから、そこで」

「あ、え、ええ……」


動揺しているのを感じ、ああと思い出す。


「もちろん。私ではなく、私の式が……【天柳】、【綺翔】」


現れたのは人型になった天柳と綺翔。それぞれ、高耶の母、美咲が用意した現代風の装いだ。


「シキって……」

「式神です」

「鳥とか、神獣なのでは?」

「そうですね。式としての本来の姿はそういったものですが、人型にもなれるものが居るのです」

「な、なるほど……」


呆然としながらも一応は納得した母親は、天柳に背を支えられながら隣の部屋へ向かった。


そんな一連の様子を、何か言いたそうにしながらも耐える智世の父親。気難しそうな彼に、高耶は臆することなく話しかけた。


「こういったお話はお嫌いですか?」

「っ、ああ……」


気まずそうなその表情を見て、高耶は続けた。


「幽霊や妖怪は信じないけれど、天使や悪魔はいると思っています?」

「っ……!」

「カトリック系の学校に通われた経験はありませんか?」

「な、なぜ……っ」


こういう人もいると、高耶は経験上知っていた。


「全く信じない人は、極少数なのではないかと。どれだけ科学が発達しても、全てが明らかになるわけではないと思うんです。人が無意識に受け入れていることはきっと、想像よりも遥かに多い」


誰かの疑問や、気付きがなければ研究されない。それを、解析しようとは思わない。そこに妖や神が存在するのだ。


その無意識の部分を、人は意外と感じているものだ。意識的に目を背けようとするものだ。


誰だって、理解できない存在は怖いものだから。


「わざと目を背けている人が大多数。そして、その中でも、妖や幽霊と天使と悪魔を別で考えている人が意外に多い。特にあなたには、いづきさんという父親が居ます。その関係で、もしかしたらと思いました」

「っ……」


反発する延長でと考えるのは不思議なことではなかった。ただ、確信を持ったのは誠の着けていたピアスだ。


「息子さん、中学は私立ですか? あなたと同じ学校では?」

「そんなことも分かるのか……?」

「いえ。勘です」

「勘……」


きっぱり答えた高耶に絶句する。仕方がない。勘なのは事実だ。だが、その中学については心当たりがある。


「エルティア学園ですか?」

「そ、うです……」

「そうですか」


確認が取れた。


これに、さすがに気になったのか、俊哉が割り込んでくる。


「なんで分かるんだ? ん? あ、その学園って、由姫ゆきの双子が行ってるとこだ」


雪女の血を引く由姫家。その当主筋の双子のれいしんが通っているのが、その学園だった。


「ああ。あそこは装飾に関する規律が特殊で、学園で売っているアクセサリーは付けてもいいんだ。そのアクセサリーの一つがあのピアスでな」


誠の耳に視線が集まる。


「あと、いづきさんの着けている指輪の宝石。どちらもあの学園で施された『魔除け』効果を持っている」

「私の指輪も……? あ……」


いづきが何か思い出し、息子にちらりと目をやった。


「その宝石だけ、後で付けられたのではないですか?」

「はい。欠けてしまったので、取り替えようと……息子がくれたものです……」


小さな石の一つを交換したのだという。サイズも良いからと。


ただし、いづきの指輪は、元々が力を持っていたため、先日のような騒動を引き起こすことになってしまったのだろう。


「悪いものではないです。ただ、いづきさんの指輪とは相性が良くないので、調整が必要です。今は抑えてありますが、近いうちに呪具系専門の店を紹介します」

「っ、分かりました!」


途端に好奇心が顔を覗かせる。なので、釘はさしておいた。


「いづきさん。呪具は扱ってはダメですよ。知ってて扱った場合、特別な牢獄に入れられて出てこられなくなります。良くて記憶を消されて放逐ですけど」

「っ……やめておきます」

「それが良いですね」


好奇心で身を滅ぼすのはやめた方がいい。


そんな話をしていると、智世の母親や蓮次郎達が戻ってきた。


「なに? あのピアスの話? すごい『魔除け』がかかってるけど」


離れた所で電話をしていたが、注目していたことが見えていたのだろう。


「そんなガッツリしたやつ、日本では珍しいよね?」


魔除けは魔除けでも、これは邪神や悪魔を除けるための魔除けだった。


「エルティア学園のものですよ」

「うわあ、あそこかあ。知らなかった」

「まあ、生徒達も手に入れても自分か家族にしか使いませんからね」


それに付いている『魔除け』は本物なのだと、生徒達は信じている。もちろん、本物だった。


「まあ、あのエルラント様と、魔術師イスティアの術なら当然だよね」


悪魔さえ恐れる吸血鬼族を束ねるエルラントと、魔術師の最高峰とされるイスティアという人物が作り上げた『魔除け』の術。


下手な悪魔は近付けない。何よりも二人の力が感じられるのだから。最高の『魔除け』だろう。


ここで誠がおずおずと手を上げる。


「っ……あの。学園の創設者をご存知なのですか?」


これに、蓮次郎はなんてことないように答えた。


「まあね。最近はあまり会う機会はないけど。そういえば、高耶くんはこの前も呼ばれてたよね? 大丈夫? こんなことしてて」


そう。高耶は今回エルラントに大陸へ来るように声をかけられている。


今回は行く予定だった。


「こんなことって……これが終わったらってことになってますよ」

「そうなの? 終わるといいね」

「……はい……」


その一言は余分だ。


そうして、不思議そうにする誠に目を向けた。


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