第160話 神よりも?
《久しいな》
「覚えてくださっていたとは光栄です。お邪魔しております」
高耶が頭を下げると、山神はふふふと笑った。
《お主を忘れはせんよ》
「ありがとうございます」
神にとって人とは、人という
個人として認識されることは、とても光栄なことだった。
《顔を出した……だけではないのであろう?》
「はい……」
クスクスと笑う山神。今まで高耶達の側には狛犬がいたため、筒抜けだったようだ。以前よりも山神もかなり力が戻ったのだろう。
「私の式が以前、鬼の炎で傷つけてしまった木を癒せるかもしれないと」
《うむ……頼めるか》
「はい。では、少々失礼いたします」
《いや、我も行こう》
高耶は頷くと、そちらへ向けて歩きだす。その隣には山神だ。そして、その後ろ。間隔を空けて源龍が続く。
源龍は緊張しているらしい。やはり慣れないのだろう。だが、そんな源龍に山神が話しかけた。
《主も術者か》
「っ、はい」
《そう畏ることはない。信頼されているのはわかるのでな》
高耶にということだ。それがわかるから、側に寄ることも許すと言っているのだ。
《だが、少々お主の血に覚えがある。鬼を呼び覚ました者と繋がりがあるか》
「あれは、彼の双子の妹だとわかりました。ただし、生まれた日に生き別れになっており、存在すら最近まで知られていなかったのです」
高耶の説明に、山神が考え込むようにして視線を上に向ける。
《ふむ……今思うと奇妙だ。血は確かに同じ……しかし、異質な気配であった……アレは人か?》
「……どういうことでしょう」
《人と定義できる存在の気配ではなかったのだ。人であれば、私はアレをあの場に近付けることはなかった》
長い間、鬼の封印を保たせ、監視してくれていた山神。人を近付けないようにしていたらしい。だが、鬼渡はその人の気配ではなかったことで、油断したのだ。
封じは人の手によるもの。だから、人にしか解けないものになっていた。それを山神は強化していたに過ぎない。だから人以外は、近付いても何も出来ないはずだった。
《一番近いのは、霊だろう。全く同じではないが、霊界の気配を感じた……》
「鬼渡……鬼の里が霊界にあるという話は聞いているのですが……」
《なるほどな。そこで変異したことはあり得ることだ。あそこは、人として存在し続けることはできぬ場所……行ってはらなんぞ》
調べるために行くことはやめておけと忠告された。
《お主くらいの術者となれば、多少は耐えられるだろうが……うむ。万が一のために我の加護を与えておこう》
「っ……」
驚いていれば、山神がまたクスクスと笑った。
《そのように驚くものではあるまい。我にはお主に大きな恩がある。加護を与えるくらいなんてことはないだろう》
「過分なお心遣い……恐れ入ります」
《ふっ、お主は多くの神に既に加護をもらっておる。それだけの人物だと分かればこそ……我らはその恩に報いるため、力を貸そう》
「っ、ありがとうございます」
気に入られているというのは分かっていた。だが、ここまで目をかけてくれるとは思わない。神はたった一人にこれほど恩を感じることは、本来あり得ないのだから。
その間に、そこに辿り着いた。
「ここですね」
黒い
「っ、これは酷い……」
源龍が思わず声を上げるほどだ。
「浄化は出来ているのですが……」
場を清めた所で、穢れを受けてしまった部分は元には戻らない。そう思っていた。
「【果泉】」
《はぁい!》
現れた果泉は、トテトテと更地になっている部分の中心に立つと、ふわりとその身を浮き上がらせながら柔らかい光を放ちはじめた。
《イタいのイタいの、とんでいけ~♪》
「ん……?」
大変可愛らしいが、それはないだろうと高耶は目を瞬かせた。源龍もキョトンとしている。だが、山神は違った。驚愕したように目を見開いたのだ。
《……このようなことが……本当に……》
炭化していた木はその色を元の色へ戻していく。まるで時を戻すように急激に。それと同時に土の黒が軽い塵のように浮き上がり、キラキラと光ると消滅する。
「地面が……っ」
源龍が次に見たのは、ボコボコと波打つ地面。そこからニョキニョキと木が生えたのだ。
「えっ!?」
《っ、なんと……》
神さえも驚くその光景。数秒後にはそこは至って自然に、森ができていた。
《ふぅ……わぁいっ。みんな元気になったぁっ!》
「本当だな。よくやった」
《んっ》
抱きついてくる果泉を抱き上げる高耶。そんな様子を、山神と源龍は呆れたように見つめた。
《我らよりも力を持つ配下を持っておるのだ。我の加護などそれほど大したことではなさそうだ》
「……?」
《ふっ、分かっておらんな? まあ良い。知らぬ方が良いことはあるものだ》
なにやら呆れられたが、高耶にはわからなかった。
《感謝しよう。山を元に戻してくれた。礼に……情報をやろう。お主が後日向かう場所があろう。その側にある山……そこに霊穴が空いているようだ》
「っ……霊穴が?」
《うむ。気をつけよ。あの山は神が消滅して久しい……守りの力はまだ残っておるが、霊穴が空いてはそれほど保たん。周辺の土地にも影響が出よう》
「っ……ありがとうございます。ご忠告、感謝いたします」
源龍と目を合わせ、頷き合う。
《また来ると良い。歓迎しよう》
「はいっ。失礼いたします」
こうして、山神と別れると、週末に向かうことになる場所について考え、気を引きしめるのだった。
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