第090話 承りました……

俊哉がソファの背もたれに身を預けながらしみじみと告げる。


「昔やったな~」


高耶の予想通り、俊哉はやはり体験済みだったらしい。


「懐かしがるな。まったく……」

「だってよお。やっぱやりたくなる時ってあるじゃん」


仲間内でやってみようとなれば、面白がってやってみてしまうという時期があるものだ。しかし、それでも高耶のような生業なりわいの者からすれば、軽々しくやって良いものではない。


しかし、人は集まるとなぜかその場のノリでやってみたいと思うものだ。もし本当だったら凄いよねという軽い気持ちで手を出す。実際に勝手に手が動いたりすれば、ただ事では済まないだろうに。


「あんなの、本当にやれるわけねえんだろ? 誰かが操作してたり、手の震えが関係してるとか聞くじゃん」


色々と可能性を検証されたりと、確実にコックリさんを信じない者が増えている。それでもやる者は後を絶たない。


その実情を知っている高耶はため息を吐く。


「形式も書式もデタラメなのが多いし、本来の事象が起きることはまずないんだが、学校っていう場所とやらかす年代が問題なんだよ」

「学生ってことか?」

「ああ……妖ってのは、子ども好きというか、信じる奴が好きでな……あるだろ。お化けを信じてる時期」

「あ~」


妖は、怖がってくれたり、少しでも影響を信じてくれる者が好きだ。それによってあふれ出す感情がエサとなるのだから当たり前だろう。


「学校ってのは、大抵が土地神の強い影響下にある場所に建てられる。子どもを守って欲しいっていう願いが神を動かすからな。けど、そういう場所は、信仰しんこううすれたりするとゆがみができやすい」


力ある神が守ってきた場所。その力が弱まれば、妖達にとっては良い住処すみかとなる。あちらの世界に近い揺らぎが生まれるためだ。ただ、神域しんいきに近い場所であるため、弱い妖は近付けない。よって、厄介なことにそれなりの力を持った妖達が集まってきてしまうのだ。


「それ言ったら、どこの学校も危ねぇじゃん」

「ああ。まぁ、そこまでなるのには条件があってな……」


どこの学校もそうではない。これらは、特定の条件下に置かれた時に起きる事態だ。


「一つは神の力が弱まった所であること。二つ目がコックリさんのようなことを頻繁ひんぱんおこなった場所であること。三つ目が妖の好む強い不満の感情があること。四つ目が妖やコックリさんのことを極端きょくたんに信じていない者がいることだ」


これは、長年陰陽師達の経験に基づいて知り得たこと。これだけの条件が揃わなければ、ほとんど問題になるようなことにはならない。


「三つ目と四つ目は、子ども達に限ったことじゃないのかしら?」

「ええ。この地にいる者が対象ですから。職員も含みます。特に四つ目の信じない者というのは職員であることが多いですね」


信じないと決めた者の想いはとても強いことが多い。いないものを本当にいないと証明するのは難しい。だからこそ、信じないという何よりも確かな強い意思が必要なのだ。


「そう……あら? ならもしかして、その人が考え方を変えれば問題はなくなるってことかしら?」

「問題が既に起きている場合はなくなるということはありませんが、影響は薄くなりますね。こちらも対処しやすくなるといいますか……」


意味ありげに微笑まれ、高耶は少しだけ目をそらす。


「神さまの力を元に戻すなんてこと、ご当主ならばできますわよね?」

「……精一杯、尽力させていただきます……」

「うふふ。良かったわ」


昔も今も、この人はしたたかだ。


「それで、今日中にというのは無理かしら?」

「見回ってみないと状況がどこまで進んでいるのかが分かりません。土地神には先ほど許可を得ましたので、式に探らせます」


秘伝の仕事とは違い、即日そくじつ即効そっこう解決というのは無理だ。


「歪みや小さな穴が既にいくつか出てきてしまっているようですが、無理やり元に戻すことはできません。更に歪みを作り出してしまいますし、下手をすれば、更に穴を空けてしまいかねませんから」

「そうなの? そういえば、昔実家でそういう注意を受けていたのを聞いたことがあるわ……陰陽師って、どうしてもお札で一発解決って感じだから勘違いしてしまうわね」


お祓いをして終わりというのは、本来ならばほとんどない。力づくで封じたり滅したりすることはあるが、その後に必ず土地の状態を確認する作業がある。


その地の神に伺いを立てたり、力の調整を行なったりしなくてはならないのだ。しかし、そういう手順を省く陰陽師も多い。


そもそも、神と対話することのできるほど力が強くない者は、そうなりがちだ。一般的なイメージの中の陰陽師になってしまうのである。


「蔦枝……は陰陽師なのか……?」


それまで口を挟まず、聞くに徹していた時島が尋ねてきた。


「はあ、まあ一応そうですね……」


こうして、知り合いに知られる時はとても緊張する。陰陽師なんていう職種は一般的ではない。だからこそ、受け入れられる者と受け入れられない者の差が大きいのだ。


不安を抱きながら時島を見つめていると、校長が自慢げに笑った。


「彼は陰陽師でもトップクラスですよ? あの安倍のご当主の信頼も篤いんですもの。その上に秘伝家のご当主だもの。お若いのにすごいわっ」

「……当主……」


時島に校長が説明を始める。秘伝家とはどういう家かと。しかし、そこで彼女が気付いたようだ。


「あら? そろそろ一年生の下校の時間だわ。お迎えなのよね?」

「ええ……」


微妙に忘れかけていた。


「ご当主の今日のこの後のご予定は?」

「……特にありませんが、今日できることは少ないですよ?」

「それでもできることはあるのね。何をされます?」


全てをやりきるのに数日かかるというのは納得しているようで、完全に彼女は高耶に任せるつもりらしい。ならばと予定を立てて今日できることを考える。


「式達に見回りをさせて……この後、音楽室って使えますか?」

「ええ。音楽室なら今日はもう使わないはずよ」

「なら、ピアノを少し弾かせてください。それで歪みを少し抑えられます。土地神にも力を分けられますので」

「すごいわっ。そんなことできるのねっ」


これは高耶だからできる方法だ。陰陽師らしくはないかもしれない。


未だ少し懐疑的かいぎてきな目をしている時島に気付きつつも、高耶はまずはと式を呼んだ。


「【綺翔】【常盤】」

「っ……!?」


高耶の座るソファの後ろに、人化した綺翔と常盤が現れる。突然現れた二人に、時島は目を見開いて息を一瞬止めていた。


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