第040話 美しい最期の光景
袈裟斬りにされた鬼。これは高耶の本気の一撃だった。その威力は、結界に閉じ込められていた辺り一帯、鬼が放った黒い炎を全て浄化してしまうほどだ。
浄化されたのが、目に見える範囲だけではないと鬼も感じたらしい。
《こ……んな……っ》
ゆっくりと体の中央から、線が引かれるように白い炎が上がる。
「っ……」
後ろへと傾いでいく鬼。その目には信じられないものを映すように驚愕の色が見えた。しかし、次第に細められる瞳には、何かを懐かしむような、安堵の色が広がっていく。
《……こ……こに……かえっ……》
「……」
炎に巻かれ、消える瞬間にあったのは穏やかな表情。そして、途切れ途切れにしか聞こえなかった声は、高耶には思念となってしっかりと聞こえていた。
『やっとここに帰ってこられた……』
その時、鬼が見ていた光景も高耶の頭に焼きついていた。
「っ……なんて……っ」
グラリと頭が揺れる。それほどの衝撃を感じる光景だった。
見えたのは夜空。けれど、高耶には見たことのない色合い。群青よりも明るい青。輝く星は白や明るく鮮やかな緑。無数の色の星が煌めいていた。
クリスタルのように透き通る輝きが周りにあることに気づくと、それは木だった。星の光を反射しており、美しく煌めく。
涼やかな風を感じた。浄化された清々しいものだ。それは、森の外から吹き抜けてくる。
目をこらすと、さわさわと揺れる瑞々しい草が広がる平原があった。そして、そこで空を見上げるのは、可愛らしい少年。
目が合った。柔らかい微笑みを浮かべて満足そうに目を細める。唇が動いた。そこで、光が溢れる。
景色が遠のいた。
《高耶っ、高耶!》
「っ……じぃさん……っ」
気を失っていたらしい。押し付けられていた岩にもたれかかるようにして座り込んでいたのだ。
呼びかけていたのは充雪だ。まるで、夢から覚めたような様子の高耶にホッとした様子だった。
《はぁ……生きてるのは分かるが、ヒヤヒヤしたぞ》
「あ、ああ……痛っ……」
《ゆっくり動けよ。背中が酷い火傷になってるようだからな》
岩は鬼の黒い炎が巻かれていたのだ。今はもう消えたとはいえ、熱いというより、痛さで冷やりとしたのを覚えている。
「っ、マジか……くっ……岩から離すのが怖いんだが……」
《おう。ズル剥けになるぞ》
「……清晶」
《呼ぶのが遅い》
「いや、呼ばなくてもこの場合は来てくれ……」
《悪いけど、空気を読まないから》
「努力しような……」
《……たまにはいいけど》
ユニコーンには、気位が高いイメージもあるが、清晶はどちらかといえば、無関心なところが多い。
主人である高耶が言えば素直に聞くし、動いてくれるので問題はないのだが、こういう時はもう少し気を利かせて欲しいと思う。
高耶の背中に水を流し、岩との接着を解く。少々どころではなく酷くしみるが、我慢できないほどではない。
とはいえ、普通の大人でも呻き声を遠慮なく発するくらいには痛みがある。我慢ができるのは、高耶だからだ。
今までも危ない目に幾度となく合っており、怪我も相当負っている。そのため、慣れたと言えるだろう。
《この傷は、僕でも完全に癒すことは無理だよ》
「そうなのか? 腕が切り落とされても治すお前が治せないとは……そんなに酷いのか?」
自分では背中は見えない。痛みの感じからはそれほど酷いものとは思えないのだが、どういうことだろうかと首を捻る。
《うん。酷い火傷。瘴気がその傷に焼きついてる。治すには、浄化しながら三日ぐらいかかると思って》
「なんだ。治らないわけではないのか」
《当たり前だよ。ただ、主様なら大事にならないとは思うけど、治るまで熱を感じるよ。数日、痛みに耐えないといけない》
高耶でなければ、高熱を出して、数日意識不明になるくらいの酷いものらしい。
「それくらいはいい。明日は休講があって休めるし、一日眠ればそれなりに回復できる」
《……僕も全力で当たる》
「ああ。頼むよ」
《……力不足でごめんなさい……》
清晶は主人である高耶をすぐに癒せないことを気にしているようだ。けれど、実際はこの状態を回復できるだけでも相当の力がいる。高耶としては満足だ。
「充分、助かってるよ。清晶」
《……ん……》
いつだって、高耶のために式神達は必死になってくれるのだ。文句なんてないし、頼もしいと思う。けれど、式神達はもっと高耶の役に立ちたいと思ってくれている。
《主様っ。ご無事ですかっ》
人型ではなく、
「天柳……神楽部隊はどうした?」
彼女は、山神と話し合った結果、神楽部隊を山まで連れてきて、山神の領域で神楽を奉納させた。そのおかげで山神の力が増し、結界が維持できたのだ。
《彼らは先に山を降りましたわ。ついでに、清晶が連れてきた女を拘束させております》
「そうか。ありがとう。山神にも礼をしなくてはならないが……まだ瘴気が体に残っているようだからな……後日伺いますと伝えてきてくれないか」
《承知いたしました》
傷に入り込んだ瘴気も全て消すまでは神の前に出る訳にはいかない。天柳に伝言を頼み、高耶はゆっくりと立ち上がる。
「さて……帰るか」
《おう。あまり遅くなると、優希達が心配するぞ》
「だな……清晶、乗せてくれ」
《ゆっくり行く》
「気にしなくてもいい。それほど痛みはないよ」
背中に跨りながら言うが、清晶は心配性だ。
《それは慣れだよ。主様の感覚は麻痺してる》
《そうだぞ。お前は生身なんだからな。それと、お前はちょっと、痛みに慣れすぎだと思うぞ……Mっ気ありか?》
「ねぇよ! ふざけんなっ」
おかしな言いがかりはやめてもらいたい。充雪の口から『Mっ気』なんていう言葉が出るとは思わなかった。
《いやいや、自覚がないだけと見た》
「吊るすぞ!」
《……それだけ口が利けるなら、大丈夫みたいだね……》
「ほら見ろ。Mっ気がある奴が、他の奴を安心させられるかよ!」
《っ、確かにっ……》
勢いで否定してやる。問題発言は取り消してもらおう。
駆け出した清晶にしっかりと掴まって、山を下り始める。地面ではなく、空を駆けるので、振動は遥かに少ない。
お陰で傷に響くこともなく、高耶は落ち着いていた。
「まったく、俺は痛みに慣れてるわけじゃない。痛いと感じる限界ってのが、人よりちょっと早いと思うしな。痛いというか、ゾクゾクと寒気がするんだよな……」
《……それがMだろ……》
《……その感覚は危険だと思う……》
「なんだ? 何か言ったか?」
風を切る音で、その言葉は高耶には聞こえない。その感覚が不快なのかどうかと聞くのは怖いと、揃って口を閉ざす二人は賢明といえた。
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