第032話 戦場での用意なんて

公民館から出た高耶は、鬼の気配を感じ取る。


《もがいているな》

「餌場は絶ったからな。焦っているんだろう」

《ということは、鬼渡は現れずか》


高耶は油断なく、今度は町全体に意識を広げる。これに充雪も気付き、地に立つように高耶の後ろに控えた。


しばらくして、高耶は小さく呟く。


「これは……清雅の……」

《道場か。そういや、気になる女というのは、孫娘とは知り合いだったんだろ? 家に呼ばれていてもおかしくないんじゃないか?》

「そう……っ、いや、気配がおかしい!」

《っ、いきなりかよ!》


唐突に、感じ取っていた力が膨れ上がった。高耶は反射的に走り出す。充雪も弾かれたように再び空中へ飛び上がっていた。


「まずいな。黄昏時か」


夕焼け色に大地も染まる頃。闇へと切り替わろうとするこの時間帯は全ての境界が曖昧になる。


《先に行くぞ》

「ああ。【天柳】じいさんと先に行ってくれ!」

《承知しました、主様》


この時間帯が妖たちに有利なように、式神達も動きやすい。正しくものが見えなくなるのが『逢魔が時』なのだから。


天柳てんゆうは橙色の光に紛れて自身をほのおに変え、宙を駆けていった。


「間に合えよっ……」


高耶も加速する。多くの秘伝を会得えとくしてきたことで、身体能力は常人の域をとうに超えているのだ。人のいない小道へ入り、塀や屋根を飛び越えていく。


直線距離が近いのは当然だ。この時、自身に不可視ふかしの術をかけるのは忘れない。つくづく、陰陽術を使えて良かったと思う。おそらく、秘伝の者が陰陽術を使えるようになったのは必然なのだろう。


時に木を、風が抜けるようにしならせて足場にし、半ば空中を駆けてきた高耶が清雅せいがの道場へ着いた時、階段を上がったそこには、泉一郎と、先日お茶を出してくれた麻衣子の母らしき人が倒れ臥していた。


「泉一郎さんっ」


慌てて駆け寄る。先に行かせた充雪と天柳が居ないということは、これの犯人を追っているのだろう。まずは泉一郎達の状態を確認しようと手を伸ばしたところで、視線を感じた。


「誰だ!」

「っ……!?」


門の脇に、こちらを呆然と見つめて座り込む青年がいたのだ。


「あなたは?」


顔をしかめて尋ねると同時に、泉一郎がうめいた。慌ててそちらに目を戻し、上体を起こそうとする泉一郎に手を貸した。


「泉一郎さん、怪我は?」

「うっ……頭が揺れるが、大丈夫だ。花代はなよは……っ」

「立たないでくださいね。確認してきます」


花代と呼ばれた女性の体を確認する。酷く息が細い。顔色も明らかに白過ぎる。


「これは……血を抜かれた……?」


体温もかなり落ちている。このままでは危険だ。


「っ……」


どうするかと考えを巡らせる。事は一刻を争う。病院に運んだところですぐに輸血が出来るかわからない。


「高耶くん……花代はっ……」

「血が足りないようです。このままでは危ない……っ、この方の血液型は分かりますか?」

「あ、ああ……B型だが……」

「っ……同じ血液型の人が近くにいればすぐに対処できるのですが」


高耶は残念ながらA型だ。泉一郎がB型であった場合も対応できない。彼は今、精神が傷付いている。そこに身体的な負荷はかけられない。


しかし、ここでその人物の存在を忘れていた。


「俺がっ! 母さんと同じB型です!」


門の傍で青くなっていた青年だ。彼は何もされていないようだが、恐怖したのだろう。青くなった顔を見ると心配だが、それよりも女性の方が問題だ。


「ならこっちへ。最低限のラインまで血を送る」

「はっ、はい」


何がなんだか分かっていない青年だが、この状態では説明している時間も惜しい。


「横になってくれ。ゆっくりやるが、気分が悪くなるかもしれない。気をしっかり持てよ」

「っ、はい……」

「高耶くん……」


高耶は青年の腹の辺りと、女性の心臓辺りに手をそれぞれ翳した。心配そうに見守る泉一郎の前で、その手が紅く淡い光を宿す。


「これは、戦場に出た時に使われる秘術です。重傷者に血を分け与える。準備ができていれば、血液型など関係なく対処できるのですが……」


十分な用意があれば、血を作り換えながら相手に与えることもできるのだが、あいにくと、今回は予想できなかったので、準備がない。


次第に女性の顔色に生気が感じられるようになってくる。時間にしてみれば三分ほど。ようやく高耶は息をついた。


「なんとか……危機は脱したようです。後は病院で対処してもらってください」

「そうか。良かったっ……」

「救急車を呼びます。協力ありがとうございました。もう少しあなたは横になっていてください」

「ええ……起き上がれそうにありません……」


青年は片腕で目を隠すようにしてぐったりしていた。軽い貧血状態なのは明らかなので、そのままにさせてもらう。


高耶は上着をまだ意識の戻らない女性にかぶせ、救急車を呼ぶため、スマホを手に取った。


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