第031話 誤解もありましたが
高耶は、家族に力が知れているということもあり、それならばと堂々と玄関から扉を繋げて移動する。
繋げた先は、昨日まで旅行で来ていた町の公民館の裏口。ドアを閉めると表に向かう。
「遅くなりました」
「来られましたか」
中にいたのは、連盟の『神楽部隊』だ。その名の通り、神楽を専門に行う特別な部隊で、一般的な神楽は全て熟知している。
「一通り合わせますので、確認をお願いします」
「はい」
部屋には防音の結界を張り、音が漏れないようにされている。こんなところは、やはり楽師であっても陰陽師だ。
集中して音を聴き終えると、記憶と差異がなかったかを確認する。それから、楽譜を全て目の前に広げると気になったところを指摘していく。
「すみません。ここの部分をもう一度お願いします」
「分かりました」
目を閉じて微かな違いも逃さないようにする。少し違うと思った部分を楽師の者と意見を交わし合う。高耶は正しい楽譜を見たわけではない。
その時々で演奏する音に調律の関係で、微妙な差異が出るのは当たり前だ。だから、音楽的な響きや理論も組み合わせ、更に楽師達の経験からも、正確なものを模索し、導いていく。
「ここは私も気になっていました。この後、お山の方の音を確認して参ります」
「少し危険ですね……神社の方との繋がりは確認出来ていますので、そちらから確認できませんか」
「そうですね……分かりました。確認するだけでもしてみましょう」
「お願いします」
この神楽部隊の楽師には、神と繋がる強い力がある。そこから、直接正しい音を感じ取り、演奏することができるのだ。
「では、次に神楽舞です」
現在、行われていたのは、三人の巫女の舞のみ。けれど、昔の記憶を見ると四人の巫女と一人の巫女による二つの舞があった。
厳かで力ある舞。これだけで、この辺りは浄化される。
「間違いないと思います」
「ありがとうございます。あちらへの話し合いもありますが、奉納はいつの予定になりますでしょうか」
「そうですね……早い内に対処しようと思っていますが、今週末が祭りだそうです。そこで交渉ができれば祭りで。無理なようならば、解決した後に山の社でお願いします」
この後、彼らには正しい神楽を神社の方に伝えてもらう。しかし、大抵は自分達が行なっている神楽が間違いだなどと認めたりはしない。
もちろん、間違っているわけではないのだ。それが、山神の為だけの御神楽ではないというだけで、神に奉納する舞ではある。
それでも、正しい御神楽ならば、今のように例え何の力も持たない者が舞ったとしても辺りを浄化し、清く保つ力がある。神の力に直結するのだから当然だ。そして、音は地脈を調律し、土地を活性化させる。
それだけの力が発揮されるのに、目に見えないものというのは、現在は信じられにくい。だからこそ、自分達が信じていたものというのは否定しにくいのだ。
「承知しました。皆、交渉役以外はこの後、自由行動です。楽しんでください」
「「「はい!」」」
いそいそと着替えたり片付けに入るメンバー達。別に遊ぼうというわけではない。この地を知るという意味で、これも必要なことだ。
彼らは一流の楽師たちだ。大気を感じ取り、この地の音を感じ取る。これにより、彼らの音は美しく大地に染み渡り、最高の演奏となるのだ。
「それでは御当主、私どもは神社の方へ向かいます。ご報告は後ほど」
「ええ。お願いします……」
高耶がもう少し威厳も感じられる大人ならば、色々と交渉もしやすいのだが、そんなものとは無縁だ。楽師達だけで交渉させることに申し訳ない気持ちになる。
それが分かったのだろう。楽師の束ね役が笑う。
「ほほっ、そのようなお顔をなさいますな。御当主との仕事は、他と比べてかなり楽をさせていただいておりますよ。なんせ、楽譜まで起こしてくださる。記憶も正確だ。本来、我々だけではこの一つの御神楽を再現するのに年単位の時間が必要になるのですよ?」
「……え……」
さすがにそれはないだろうと高耶は目を見開く。
「やはりご存知ではなかったのですね……秘伝家の過去を見る術は他の方々には難しい。首領の中にも、扱える者は二人ほどです。それでも、望む時間を狙える者などおりますまい」
彼らはそれこそ数年その場に住み、大地と会話し、時に記録から消えた神木を探し、音を模索する。神と語り合い、相応しい音を見つけていくのだ。
多くの経験をし、日本中を回って得た知識で舞を組み立てる。そうしてそれぞれの神に正しい奉納ができるように小さな社に宿る神に対しても礼を尽くし、太古の力を取り戻してもらう。それが彼らの仕事なのだ。
「最初は……我々も矜持がありますから、御当主へは失礼な態度を取りましたね。その節はご迷惑をおかけしました」
「い、いえ。色々と勉強になりましたし、専門の知識は私にはないので、頼るしかなく……」
そう。つい数年前まで、彼らに高耶は見向きもされなかった。
若輩者であることと、自分達の領分に入ってきて口を出す高耶が気に入らなかったのだ。
けれど高耶はめげることなく、可能な限り自分の力でやろうと必死になった。雅楽器の楽譜の勉強をし、神楽も自分で舞ってみせる。
それは、高耶の天才的な記憶力と聴力、そして、努力が可能としていた。
最初は相手にしなかった彼らも、その真っ直ぐに神と向き合おうとする姿に感銘を受けた。自身の力に驕らず、一般には分からないからといって力を抜いたりもしない。
そうして、一度一緒に仕事をしてみると、明らかに結果が違った。
本当に正しい神楽というものが、こんなにも大地に馴染み、気持ちのいいものだとは思わなかったのだ。
「我々としては、御当主には専門にご協力願いたいくらいです。それに、こうして正しいものが分かることで、知識としてとても役に立っております。前よりも神の音がよく分かるのですよ」
その凄まじい神楽の力を知ったことで、肌や感覚で理解できた。それが真に神と繋がることだということを。
「御当主との仕事は、数十年分の価値のあるものです。あなたに出来ない事は我々がやります。安心して、お任せください」
「……はい。よろしくお願いします」
こうして、理解してくれる人もいるのだ。やれるだけ精一杯やろうと思えた。
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