第016話 眠るものは

旅行二日目の朝。


昨晩、高耶が眠ったのは十二時を回った頃だった。お陰でいつもよりは睡眠時間が取れた。


優希が隣にいたこともあり、少々布団は狭かったが、目覚めはすこぶる良いい。


充雪の話に興奮していた優希も、高耶が眠る頃には眠っていた。今はまだ目を覚ましてはいない。


時刻は朝の七時。両親もまだ目覚めていないらしい。高耶は一人身支度を整え、今日の予定を考える。


《お、起きたのか? それ、材料を集めておいたぞ》

「早いな。なら、優希達が起きる前に完成させるか」


そうして、一時間ほどで呪具じゅぐが完成した。


八時。優希が目を覚ました。それと同時に、襖の向こうで人の動く気配がする。


「おはよう、おにいちゃん……」

「ああ、おはよう。母さん達も起きたみたいだから、着替えておいで」

「うん。あ……セツじぃは?」


襖を開けようとして、優希が振り返る。高耶は苦笑し、指を空中に向ける。


「ここにいる。また夜にな」

「うんっ。セツじぃ、またおはなし、きかせてね」

《おうっ》


充雪の声は優希には聞こえないが、頷いてやると、笑顔で襖を開けて出て行った。


「で? この余ったやつで優希が見えるようにする呪具を作れってことか?」

《察しがいいな。さすがはオレの見込んだ男だ》

「おい……」


こういう時だけ調子がいい。充雪が集めてきた材料の中に、明らかに必要となる材料とは違うものが紛れ込んでいた。


それらを集めると、まさに妖が視えるようになる呪具を作るためのものが出来る。


「作っても、使うのは俺といる時だけになるぞ。今はただでさえ危ないかもしれないんだ。視えるってだけで攻撃してくるのもいるからな」


妖は、視えないからこそ悪さができる。自分たちの仕業だと分からないから、面白いのだ。けれど、そこに視えるものが現れれば、水を差すことになる。


弱い妖ならば、視られたという衝撃で消滅することさえあるのだが、視えるというだけで敵視され、危害を加えられることもあるのだ。


妖相手に戦う手段を持たない者が視えるのは良いことではない。


《むむ……確かに……》

「同時に結界を周りに張れるようなものならいいんだがな……」

《っ、できそうじゃないかっ!?》

「呪具は専門外だろうが……まぁ、時間をかければなんとか……」


無理ではないかもしれない。高耶は、何かを作ったりするのが嫌いではない。新しい呪具もそれなりに作ってきた。今回作った呪具もアレンジされているもので、かなり効果が高くなっている。


《やるぞっ。いいだろう?》

「……ここにいる間にできればだぞ……」

《徹夜しろっ。大丈夫だ。なんとかなるっ》

「俺は生身だ。爺さんと一緒にするなよ?」


どうにも最近、よく無茶を押し付けられる。生身の人間なのだと忘れられていやしないかと心配になるほどだ。


「おにいちゃ~ん。あさごはんいこ」

「ああ……これ、仕掛けてきておいてくれ。こっちの作業は後だ」

《おうっ、任せろっ》


充雪に神のための呪具を頼み、高耶は腰を上げた。笑顔で待っている優希の頭を撫で、朝食に出かけたのだ。


◆ ◆ ◆


どす黒い感情が渦巻き、集まっていく。それは、つい最近から得られるようになった彼の餌だ。お陰で忌々いまいましい人のほどこした術も、その上からおさえつけてくる神の力も跳ねけられそうだ。


しかし、後一歩という所で、なぜかふっと神の力が強まった。


《なぜ……なぜ、まだここまでの力があの神にあるっ……》


長い間地道に、集めた負の感情から細く細く糸をつむぎ、愚かな人々の心から、その神の記憶を消していった。信仰しんこうが神の力だ。それが無くなれば弱まっていく。そうしてここまで弱めたというのに、何が起きたというのか。


《どうしてっ……》


深淵しんえんの中、それは考える。すると、どこからともなく声が聞こえてきた。


『悔しいか』

《っ……》

『力を貸してやろうか』

《……誰だ……》


おかしな気配だった。妖とも人とも思えない。けれど、神ではないことは確かだ。どこか自分に近いようにも感じる。


『鬼よ。人が、神が憎くはないか。この地上が欲しくはないか』

《……憎いっ、封じた『人』が! 欲しいっ、自由が!》

『ならば打ち破ってみせろ。餌はあちらにもあるぞ』

《っ……いいぞ、そうか、あの感情よりもっ……いいぞ、いいぞ!》


手繰たぐり寄せていた感情よりも上質な負の感情。近くにあったというのに、なぜ気付かなかったのか。


『ふふっ、封印が解けるのも、時間の問題だな……』


そうして、それは静かに去っていったのだ。


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