第116話 王立博物館(1) 地球生命の進化
次の目標は、王都の中だった。
既に王都の城壁の中に侵入したエスペルとライラは、路地に身を潜めていた。
オレンジの瓦屋根の建物がひしめく、石畳の街中。
薄暗い路地から、目標であるカブリア大聖堂を覗き、エスペルはすぐに頭を引っ込めた。軽く歯をくいしばると、歯の隙間から息を吐く。
天を貫く円錐状の巨大な塔二本が、大聖堂の特徴だ。空へ空へと高く伸びるような荘厳な大聖堂。だがその塔の一本は崩れ、一年半前に墜落した帝国の武装飛空船の残骸が突き刺さったままだった。
エスペルの脳裏に、忌まわしい惨劇の記憶が蘇る。地獄の六日間の。
だが、今はそれよりも。
聖堂前の広場は、多くのセラフィム兵達に陣取られていた。セラフィム達は油断無く周囲に目を光らせていた。屋根の上にも多くのセラフィム達がいた。
「いっぱいいるな。次の
「ええ、地下に最もプラーナが濃い部屋があって、そこに設置されてるわ」
「地下聖堂だな。……よし、裏口使おう」
「裏口?」
「ああ」
エスペルは踵を返し、路地を大聖堂と反対方向に向かった。
セラフィムはカブリア大聖堂に集中しているようで、ちょっと離れるとすぐに、霊能感知器ペンダントは青く光らなくなった。
それでも警戒し、路地から路地に素早く移動する。
やがてある一角で、
「あれに入る。カブリア王国自慢の、王立博物館だ」
「ハクブツカン……?」
エスペルが指差す先には、大聖堂に勝るとも劣らない立派な石造りの建築物があった。大聖堂が縦長で荘厳だとすれば、こちらは横長で優美。
緑に彩色された屋根を頂く、左右に広がる二階建ての大きな博物館だった。
「博物館にも地下がある。各主要施設の地下同士は、実は地下通路で繋がってるんだ。敵襲やら災害やら、そういうのに備えてな。これ、カブリア王国の重要機密だから内緒な」
言って、その建物へと駆け出す。
エスペルとライラは末広がりの階段を駆け上った。そして大きな木の扉をぐっと押し開ける。施錠はされていなかった。
入り込み扉を閉じると、しっかり中から
閂の具合を確かめて、くるりと中を振り向く。
「わあ‥‥!」
内部の光景に驚き、ライラが手で口を覆った。
数々の生き物の、絵や模型や標本が、ずらりと並べられていた。
卓上のガラスケース中に渦巻く貝、壁にかけられた歯の生えた鳥、囲いの中は今にも動き出しそうな、牙を持つ毛むくじゃらの象。
「ここは、なあに?」
「ここは地球生命の進化について解説してる。飾ってあるのは、むかーし地球にいた生き物の模型や化石だな」
「ええと、つまり?」
エスペルは部屋の中央にある巨大な絵画をライラに示した。
「この絵が進化の樹木図だ。昔地球には、細菌みたいな、目に見えないほど小さい生き物しかいなかったんだ。でもそれが、子孫をいっぱい増やして、子孫は地球の環境に合わせてどんどん変化した。魚になったりカエルになったりトカゲになったり。ネズミになったり象になったり。竜になったり鳥になったり。キノコになったり花になったり蝶になったりタコになったり。人間になったり。……したわけだ」
言いながらエスペルは奥へと歩く。その後ろを行きながらライラは考え込む顔をしている。
「ねえ、もしかして……。川で話してたこと、本当なの?人間もセラフィムも、大昔は魚だったって」
「本当さ。天界の学校では進化のこと、どう習った?」
「進化、ああ、えっと。宇宙には知能を持たない下等生物と、羽のない知的生命体、人間っていう低次生命体がいっぱいいて……」
「ふんふん、それで?」
「セラフィムは人間から進化した高次生命体」
「ふむ……」
「……おしまい」
「そんだけかよ!?」
「うん、まあ……」
「簡単そうだなあ、テスト!」
「信じられないわ、全ての生命体が、目に見えない小さな生き物から、どんどん変化していったっていうの?」
「勉強になったろ?人もシマウマも花も、たった一つの共通先祖から枝分かれしていったんだぜ。地球上に生きる命は、みんな兄弟なんだ。小さな小さな一つの命が、地球上の生物全てのご先祖様さ。俺の遺伝子一つに、地球の莫大な歴史が刻まれてるんだ」
「人も、花も、みんなこの地球でで生まれ育った……。一つの同じ命から生じた……。少し、うらやましいかも」
「ん?」
「セラフィムは知らないわ、自分たちがどの星で産まれたのかすら。私たちの原初の母星はどんな星だったのかしら。どんな命がいたのかしら……」
「そっか……。お、階段だ。地下展示室に行こう。地下展示室の端っこに、地下通路への隠し扉がある」
階段を下り、地下展示室の扉を開けると、ライラが悲鳴に近い声をあげた。
「きゃっ!な、何これ……!」
地下展示室には、巨大な古代竜の骨格標本が飾られていた。
長い首と大きな体。
珍獣園で見た象すら小さく感じられる。圧倒されるほどの巨大さだった。
「これは、ケモノの骨!?」
「獣ではないな、古代竜だ。
「どうして今は珍しいの?そんな沢山のコダイリュウ、どこに行ってしまったの?」
「それはこっちの絵で説明されてる」
そこには、巨大な隕石が地球に衝突する絵が描かれていた。
「こ、この絵、巨大隕石の衝突!」
ライラが震えながらその目を見上げた。
「そう、古代竜は隕石のせいで絶滅したんだ」
「私たちと同じ!」
「ああ、そうか。セラフィムが星を捨てた理由も隕石だったな」
記憶が鮮やかに蘇って来たのだろう、ライラは興奮気味に、急にその惨劇を語り出した。
「火の玉が落ちてきて、大地は炎で包まれ、津波が起きたわ。分厚い雲が空を覆って、太陽の光が届かなくなって真っ暗になった。地脈が乱れに乱れて、プラーナが激減して沢山のセラフィム達が死んで行って……そしてついに神様が、卵に戻ったのよ!」
「ふむ、神が惑星の環境激変を受けて卵に戻ったと」
「ええ。ずっと閉ざされていた宮殿の門が開いたわ。それはつまり、新たな天界を求めて旅立つ時が来たという合図よ。セラフィム達は宮殿の中に殺到したわ、私も」
「でも一万人くらいしか乗れないんだろう?」
「そうよ、ほとんどのセラフィムは乗れない。早い者勝ちだったわ。もう酷い有様だった。乗れなかったセラフィム達はみんな、乗れた私たちへの恨みに満ちた顔をしていたわ……。思い出すだけで背筋が凍る……。ともかくそれで、宮殿は星間移動モードに形状変化し、大気圏を抜けて、宇宙に飛び出したの!」
「よく記憶しておいでね、ライラさん」
突然割り込んで来た女の声に、二人ははっとして振り向いた。
「ガブリエル様!」
青黒いフリルだらけのドレスを着た、人形のような美少女が立っていた。その手に銀色の球を持っている。
エスペルは驚きに目を丸めた。
「ミカエルの舎弟二人目……!な、なぜここが分かった!?」
「水は至る所に存在している。つまり私は至る所を見る事が出来るという事ですわ。……やはりラファエルさん、あなたたちを逃しましたね。そう、至高セラフィムの命令は絶対ですものね」
そう言って、ガブリエルは足元に銀色の球……
「私もあなたたちを逃してあげてもよろしいのですが……。せっかくだから、多少は痛めつけても、よろしいかしら?」
「あ?」
エスペルは眉間にシワを寄せる。
ガブリエルはクッと笑った。
「だって
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