第101話 森の中(2) 計画

 体を休め魂構成子セフィラを残り六まで回復させたエスペルは、森の草地の上に王国の地図を広げた。

 既に日が傾き始めていた。


「モタモタしてると夜になっちまうな。次の行動を決めないと。俺たちが今いるのは、王国北部の中央付近の森の中だ。ミカエルとかは王城を拠点にしてるんだよな。他のセラフィム達はどこにいる?」


「他のセラフィム達も、城よ。ほとんどのセラフィムが王城の中か、王城の近くに住んでるわ。傀儡村は例外なの」


 エスペルは顔をしかめる。


「つまり俺たちの王国の城を、うじゃうじゃセラフィムどもが占拠してると……。ほんとたまんねえなあ。まあそれはともかく、じゃあ王都以外の街や村は無人状態なわけだな。王都は南東部だからここからはかなり離れてる。そして天空宮殿は、王国のど真ん中上空、つまりここと王都の間にある、と」


 言いながらエスペルはポケットからペンを取り出そうとして、何かに気づいた。


「そうだこれ」


 エスペルはポケットから、霊能感知器ペンダントを取り出してライラに差し出した。


「あっ……」


 とライラは小さく呟く。


「必要だろ?」


 いたずらっぽく振ってみせると、ライラはどこか、ばつが悪そうな顔をしながら、こくんとうなずき、受け取った。


「ありがとう……」


 そして首に下げる。


「これでまたお揃いだ」


「これをつけると、人間側に戻ったって感じがするわ」


「お帰り」


「う、うん……」


 ライラは、はにかみながら笑った。


「さて俺は宮殿に行きたいわけだが……。そうだ、神様は再生したんだよな、もう卵じゃないんだよな?」


「ええ、もうお生まれになったわ」


 エスペルはこめかみを抑える。どうもよく分からない。


「再生ってのは、具体的にはどういうことなんだ?」


「先の天界が滅んだ時に、神様は卵の姿におなりになった。卵の姿で地球まで来て、地球での長い分裂期間を経て、その卵が、ようやく孵化したのよ」


 エスペルは鶏で喩えて考えてみた。鶏が、卵に戻り、また卵から孵ってひよこになった、と言うことか。


「珍奇な生態だなセラフィムってのは……」


「今はまだ再生なさったばかりだから、少女のような見た目だけれど、これから成体におなりになるわ」


「成体に……。それが天界開闢の第三段階か。第一段階、神域の形成。第二段階、神の再生。第三段階、神の成熟。第四段階が秘義で、第五段階、神の産卵。第六段階、新生セラフィムの誕生」


「……よく覚えてるわね」


「まあ、な。あの天空宮殿に入る為にはどうしたらいいんだ?」


「直接入るのは無理よ。空を飛べるセラフィムでもね。神域の形成以降は、宮殿の周囲に結界が張られているの。宮殿に入る唯一の方法は、地上にあるたった一つの転送門を使うこと。サタン様とルシフェル様だけが入れる門よ」


「転送門……。どこにあるんだ?」


「宮殿の真下よ。神域の中央部、小高い丘の上にある、人間たちの作った石造りの建物の中に」


「アントゥム神殿か……」


「でももちろん閉じられてるわ。こじ開けるのは不可能よ」


「なにで閉じられてる?鍵?それとも魔法?」


「どちらでもないわ、もっと強力なエネルギーを使って閉められてる」


「エネルギー?」


「プラーナをエネルギーに変換してるの」


神気シンキをエネルギーに!?そんなことが出来るのか。そういえば根本的なことだが、なぜ神域内はこれ程、神気シンキに満ちてるんだ」


「神様が空間を浄化してくれるの。たとえ卵の姿であっても、神様はそこにいるだけで空間が浄化される、そういう存在よ。神様からは常にプラナーが放出されている。つまり神域の中央に浮かぶ宮殿から、神様の出すプラーナが見えない滝のように地上に降り注がれているのよ。でも神様からもたらされるプラーナで満たせる体積には限度がある。その限度がこの霧で覆われたエリアくらいということ」


「なるほど」


 人間にも稀に、神気シンキを纏う存在はいる。高僧や聖人、あるいはトラエスト皇帝のような聖なる一族。そこに存在するだけで人々を癒すオーラを持つ人々はいる。それの超絶強化版といったところだろう。


 セラフィムたちの神はただ生殖能力があるだけではなかった。

 彼らの生存に不可欠な神気プラーナを生成する力まであるのだ。「神」と崇められるだけはある存在である。


「でも、エネルギー変換されるプラーナは、神様から放出されるプラーナではないわ」


「違うのかよ!」


「セラフィムの生存に必要なプラーナを利用して減らすわけにはいかないわ。エネルギー用には、この地球にあるプラーナ窟から漏れ出るプラーナを使うの。地球のプラーナを装置で増幅してエネルギー変換しているわ」


「プラーナ窟!?ってなんだ?」


「あなた以前『神気シンキに溢れる神気シンキスポット』があるって言ってたじゃない。神殿や聖堂はそういう所に建てられるって。それのことよ」


「ああ、プラーナ窟って神気シンキスポットのことか」


「今、神域内のそういうスポット五つに装置が仕掛けられているの。装置といっても、希石コアっていう石が設置されてるだけのシンプルなものよ。希石コアはプラーナを吸い上げて増幅させてエネルギーに変換する力がある。希石コアによって作られたエネルギーが転送ゲートや王城、それから宮殿に送られて、様々な機械の動力源となってるわ」


「ふうむ……」


 エスペルはつまり、と言葉を繋いだ。


「つまり、その五つのプラーナ窟の装置をぶっ壊せば、エネルギーを断ち切って転送門をこじ開けることが出来る……」


「そういうこと」


 エスペルは思わず、ライラの頭をわしゃわしゃと撫でた。


「なっ、なにするのよっ」


 髪をぐしゃぐしゃにされたライラが狼狽うろたえる。


「お前は本っ当に有能なパートナーだ!」


「そ、それはどういたしまして……」


「その五ヶ所の場所、分かるか?地図に丸をつけてくれ」


「ええ」


 ライラは王国地図に丸をつけていった。その場所を見てエスペルは頷く。


「なるほど、どこも古代から聖地として崇められている場所ばかりだ。範囲は広いが、やるしかねえな」

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