第99話 ルヴァーナ監獄(7) ルシフェル

 ラファエルが顔を両手で挟んで口を縦長に丸めて、絶叫した。


「ミカちゃんのバカああああああ!何言ってんの何言っちゃってんのクレイジーなの!?すみませんルシフェル様、こいつ頭おかしいんですご存知だと思いますけどっ!!」


「どけよ、クソアマ。邪魔すんな。てめえごとやってやってもいいんだぜ?」


「聞いてるミカちゃん!?」


 ミカエルの暴言にも動じず、ルシフェルは気品を保ったまま、毅然とした態度で言う。


「この者たちに興味があります。私に預けてくれるかしら」


 ガブリエルが眉根を寄せた。


「ルシフェル様……?」


「あなた達はもう戻っていいわ。あとは私にお任せなさい」


 ミカエルが目を剥いた。


「は!?何言ってやがる、俺の獲物だ!」


「下がりなさい、と言っているのです。これは至高セラフィムの命令です」


 ルシフェルの口調が厳しさを増す。比例するようにミカエルもヒートアップした。


「納得できねえ!天界開闢の成就まで、一切のまつりごとは俺たち大セラフィムに一任されてる!てめえら至高セラフィムは宮殿で神のお世話してりゃいいんだよ!」


「ミカちゃんちょっとーー!」


「セラフィムの原則を忘れましたか?いついかなる時も、至高セラフィムの命令は絶対です」


「じゃあせめて理由言えや!なんで止めるんだよ!」


「誰が質問を許可しましたか?何度も言わせないで下さい。私はただ下がりなさいと言っているのです」


 有無を言わせぬ威厳でもって、圧するように言い放つルシフェル。


「このアマ……!」


 輝く黄金髪のルシフェルと、獅子の如き赤髪のミカエルは、火花を散らす勢いで睨み合った。

 ラファエルが鎮火にかかる。


「かしこまりましたルシフェル様!今すぐ退散いたします!」


 言ってラファエルはミカエルのそばに駆け寄って、その腕に自分の腕を絡めた。ミカエルの腕にぎゅうと豊満な胸を押し付けながら、可愛い声音で、


「ほうら、行こうよミカちゃん♪」


 ミカエルはなおもルシフェルを睨みつけていたが、やがて、


「くそったれ!」


 吐き捨てると、エスペルとライラに一瞥をくれ、ラファエルの腕を振り払った。そしてブンと羽を広げ、飛び立っていく。


 振り払われたラファエルが、


「ちょっとお、大サービスしてやったのにい!」


 と上空に叫んだが、その後でふうとため息をついて冷や汗を拭った。ガブリエルに目配せをする。ガブリエルも頷く。


 二人はルシフェルに深々と頭を下げた。


「私たちも失礼致します、ミカエルには後でよくよく言って聞かせますので!」


「感謝します、大セラフィムのラファエルとガブリエル」


 ラファエルとガブリエルも、羽を広げ飛び立っていった。


 後に残されたのは、すっかり置いてけぼりを食らっていた、エスペルとライラである。


 ルシフェルはエスペルに振り向くと、その顔をまじまじと見つめた。目にしかと焼き付けようとしているかの如き熱視線である。


「あなたが、エスペル……」


 エスペルはその妙な視線にやや気おされながらも、剣を構える。


「な、なんだあんたは!やんのか!?」


 ルシフェルは美しい瞳を細め、美しい唇の端を上げた。神々しさすら感じる微笑みだった。


「逃げなさい」


「は!?」


 まさかの言葉にエスペルの声が裏返る。


「ああ、せっかくですから」


 ルシフェルは手のひらをエスペルたちに向けた。

 びくりとするが、その手から二人に向かって発せられたのは、暖かい温熱の塊だった。


 気づけばびしょ濡れだったのが、すっかり乾いている。


「風邪などひかないでくださいね」


「ええっ……」


 なぜか乾かしてくれた。ポカポカして気持ちが良いくらいの状態になっている。


(な、なんなんだこの大サービス!)


「さあ、他のセラフィムが来る前に、早くお行きなさい!」


 エスペルとライラは困惑顔で目を見合わせる。

 まったく意味が分からない。

 だが。


「なんだか分からんが……そうさせてもらう!行こうライラ!」


「え、ええ!」


 エスペルはリュックの中で寝ているカア坊をつかんで揺する。


「ほら起きろって!飛ぶぞ!」


 カア坊は寝ぼけまなこを開いてライラを認めると、


「オー、らいら!見ツカッタノカ!」


「うっ……。お、お久しぶり、ね……」


 ライラは顔を引きつらせながらも挨拶する。


 エスペルは巨大化したカア坊の背中に乗った。そしてライラと共に飛び立ち、廃墟となったルヴァーナ監獄を、後にした。

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