第88話 ライラの裁判
カブリア王国の中央部。
南東に王都を見下ろす小高い緑の丘の上に、カブリアの民が古の時代から聖地としてきたアントゥム神殿がある。帝国含む広範囲の同一宗教圏にて最高神と崇められる、天空神アントゥムを祀る神殿である。
その神殿の真上に、天空宮殿は浮かんでいた。
ミカエルは神殿の前で、じっとその宮殿を見上げていた。
ピアスをつけたその口から呟きが漏れる。
「感じる。胎動が激しくなってる。……そろそろだな」
そこにセラフィムの警備兵が走ってきた。
「ミカエル様!ライラが神域内に参りました!」
「なに!?人間も一緒か!?」
「いえ、ライラ一人です!」
「一人で、だと?ふん、なに考えてやがる?面白くなってきたじゃねえか」
※※※
三大セラフィムの玉座の間に、後ろ手に鉄の手枷をはめられたライラが、鎖に繋がれ連行されて来た。
玉座にはラファエルとガブリエルが座し、その前に多くの兵士セラフィムが整列し、反逆者の挙動を注視していた。
「ライラを捕らえました!ほら行け!」
乱暴に突き飛ばされたライラは、玉座の前に膝をつき、こうべを垂れる。
「……」
無言、無表情で
「戻りましたかライラさん。あなたにも良心が残っていたんですのね」
「久しぶりい、ライラ!派手にやらかしたねえ♪まさか一人だけ戻って来るなんてねえ。ミカちゃんの記録鏡見て来る気になったの!?」
ラファエルの言葉に、ガブリエルが呆れたような目をする。
「そんなわけがありませんでしょう……」
「うん知ってる、言ってみただけ!あんなの見たらむしろ全力で逃げるよね!ガブリエルの『心理戦』の勝ちだねえ。……ってことは、え?ミカちゃんの負け!?」
「誰が負けだって?」
つかつかとミカエルが玉座の間に入って来た。
「おっと、やば」
ラファエルはぺろりと舌を出す。
ミカエルは両手を腰にやり、ライラの前に仁王立ちした。
「ライラてめえ!仲間の人間はどうした?」
「彼はもう仲間ではありません」
無表情で淡々と答えるライラ。
「騙されると思ってんのか!?何たくらんでやがる!」
「なにも……。私はただ……」
ラファエルは興味津々といった感じで聞いてくる。
「ねえライラ、あなたがここに戻ってきた目的は何?あたしたちの許しを請うこと?」
「……セラフィムの許しはいりません」
目をそむけ、吐き捨てるように呟くライラ。ミカエルが目を剥いた。
「て、てめえっ!」
「ただ、神様には、裁かれなければならないから……」
神、という単語にガブリエルが満足げにほくそ笑む。
「ふふ、そうですわね。あなたはあの人間に、どこまで情報を与えたのかしら?」
「……」
「答えられませんの?」
ライラは床の一点を見つめ、囁くように言う。
「だから私は、裁かれなければいけないんです」
ラファエルは感心したように吐息をつく。
「へー。なんか覚悟決めちゃってんじゃん♪」
ミカエルはふん、と鼻を鳴らして腕を組んだ。
「よーし分かった。裁判官ミカエル様が裁いてやろう。判決!反逆者リリスを羽切りの刑に処す!」
「……!」
ライラが一瞬、びくりと震える。だがすぐ無表情に戻った。既に腹は決まっている、とでも言うように。
「さ、最高刑出たあー!ミカちゃんすんごいの出してきたあ!羽を切られたセラフィムは、醜いブヨブヨお化けになって、寿命が尽きるまでずっと、激痛にのたうちまわる……!」
羽切りは死刑を超えるセラフィムの最高刑だった。
羽を切られたセラフィムは、身体中に激痛を伴う腫瘍が発生する。人相すら分からなくなるほどの醜悪な腫瘍で全身膨れ上がり、しかし命に別状はない。ただ死ぬまで痛みに苛まれるのである。
殺してくれと叫び続ける醜い化け物。
生き地獄そのものの、最悪の刑罰であった。
「ライラ、よろしいですわね」
「はい。どんな裁きも受け入れます」
「ねえライラ、一つ聞きたいんだけど。どうして反逆なんて?あなたにつらく当たって来たセラフィムへの復讐?」
「違います、そういうつもりじゃありません!ただ、セラフィムは神以上に誰かを想ってはならない、なのに私は……」
ラファエルの目が、なぜか輝く。
「あっ!そぉゆぅこと!ライラ、恋しちゃったのかあ♪」
「恋……」
ライラは痛みに似た表情を浮かべた。
「おやめになってラファエルさん。矮小羽と人間の恋なんて、想像するだけで気持ち悪いですわ」
ミカエルが嬉々として指示を出す。
「じゃあ早速、刑執行だ!反逆者ライラを刑場に連行しろ!久しぶりの羽切り、楽しみだぜ。いい絶叫、聞かせろよ……」
「もおー。ミカちゃんドSうー。って、待って待って!今すぐは早いって、エスペルって人間を呼び寄せる
「ち、違いますけど」
「駄目駄目、騙されないわよお?」
「囮だあ?ちっ、めんどくせえなあ。分かったよエスペル捕らえるまでは執行猶予してやる!とりあえず牢にぶち込んで……」
その時、耳を
ラファエルがはっと顔を上げた。
「宮殿の鐘の音!」
ミカエルが笑う。
「ははっ、ついに来たか!」
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