第74話 宮廷の夜(3) お夜食作る

 ジールが密偵虫バグをその右手に握りしめていた頃、エスペルとキュディアスは、第四騎士団の部屋の大テーブルに、カブリア王国の地図を広げて話し込んでいた。


「私を全権大使として派遣する話、まとまるでしょうか?」


「難しそうだが、ジールがなんとかするだろう。そういうの無理矢理まとめるの得意だからな宰相は。さてどうやって攻略する?セラフィムに奪われたカブリア王国」


「ライラ曰く、ミカエルたち……つまり三大セラフィムと呼ばれる現時点事実上の執政者連中は、カブリア城を拠点としているそうです」


「もし神とかいう女王に権威あれども実権なしって状態なら、相手はそいつらになるな」


「いや、どうもミカエルって奴は話が通じる相手じゃないらしです。私としては、できればミカエルと接触する前に、ライラが人格者だと言っている『神』と話をつけたいです」


「卵なんだろ?」


「ちょ、ちょっとそこがよく分からないんですが……。とにかく神の居場所を突き止めたい。そこにまっすぐ向かいたいですね」


「まあ一番怪しいのは、この地図に載ってないあそこだな」


「セラフィムの天空宮殿……。やはりであそこしょうかね、神の居場所。なんとかして天空宮殿に入らないと」


「っつーか、エスペルよお。お前まさか本当にセラフィムと『交渉』なんてできるとは思ってないよな?」


 エスペルは苦い顔をする。


「分かってます、私に期待されてるのはセラフィムの要人の暗殺による計画の阻止ですよね。私もその覚悟で行きます。でも『神』とだけは一回、話をしたいんです。殺すのはその後で」


 交渉決裂という理由が出来なければ、神には手を出さない。

 ライラに対して、せめてもの筋を通したいという気持ち。


「……あんまりあれこれ背追い込むなよ?シンプルに行け。じゃなきゃ足元掬われて、命落とすぞ」


「肝に命じます」


 キュディアスはふうと鼻から息をはくと、急にその大きな手で、クシャクシャとエスペルの髪をかき回した。


「だ、団長!?」


 エスペルはびっくりして、恥ずかしそうに首を竦める。キュディアスはふざけてる訳でもないようで、むしろ真剣な眼差しで、


「お前、親御さんは?」


「両親は……私が十歳の時にカブリアで大火があって、その時に死別して。そこから孤児院で暮らしてました」


「そうか……。天国の親御さんも鼻が高いだろうな、お前みたいな立派な息子を持って」


「そう、だといいんですが……」


「大事にしろよ、命」


「はい」


 つん、と目の奥が熱くなった。記憶の中、生前の両親の姿が急に呼び覚まされた。線の細い母と、体の大きな父。兄弟はいなかった。一人息子のエスペルを両親は慈しんで育ててくれた。貧しかったが、愛に包まれた幸福な家庭だった。


「しかし情報がまだまだ少ないなあ。もうちょっとライラから、引き出せないか?」


「そうですね、頑張ってみます」


「そう言えばライラはどこにいるんだ?」


「さっきシールラに連れてかれました」


「ま、まさか大浴場!?」


「だったら止めますよ!一緒に夜食作るとか言ってました」


「あー、あそこか……」


※※※


 いつもお手製ジュースを振舞うシールラだが、どこで作っているかというと、皇宮の厨房である。


「まーた入り込んでるのか、シールラ。もうメイドやめて厨房に転職したらどうだ?」


 広いキッチンの一角、白いコックコートの男たちに混じって包丁を振るう水色のメイドドレス姿に、料理人の一人が声を掛けた。


「イヤですよお。シールラ、メイド好きですもん。だってドレスが可愛いんですう」


「あれ?今日は魔術師までいんのか」


 と別の料理人が作業をしながら言う。

 シールラの隣にはフード付きローブを着たライラがいて、火にかけたフライパンに油ひいて馴染ませていた。


「シールラのお友達のライラさんですう!大丈夫このローブは洗い立てのやつに着替えてもらいましたから不衛生じゃないですよお。ライラさん同棲中で彼氏のために毎日お料理してて内縁の妻状態なんですよ、エロいですよねえ。じゃなかった、エライですよねえ!」


「……ナイエンノツマって何?っていうかなんで私がリョーリしてるって知ってるのよ」


 言いながらライラは、フライパンにシールラの切った野菜やベーコンを入れて、炒める。


「メイド情報網をなめたらあかんのです!毎日市場で二人でラブラブ食材ショッピンしてるそうじゃないですか、むっちゃ目撃されまくってますよお?」


「し、知らなかった……」


「でちょっと聞きたいことが……。あーでも、これ聞いてもいいんですかねえ、聞け聞けってメイド友達がみんなうるさいんですよお~。結構、エスペル様に熱視線の女子が多くって〜。カッペ……いやええと、地方出身者さんなのにメイドに人気ってすごいことなんですよ、さすがです爽やかは正義ですぅ」


 シールラはライラがへらで混ぜているフライパンに、生米を継ぎ足した。


「は?何よ。何が聞きたいの?」


 シールラはこしょこしょとライラに耳打ちした。


「エスペル様ってぶっちゃけどんな感じなんですかあ?よ・る!」


「夜?普通に寝てるわよ。エスペルはソファで、私はベッドで」


「えっ……。一緒に寝てないんですか?」


「寝てないわね」


「まさか……。まさか、まさかまさかまさかまさかとはっ、思いますがっ、キ、キスもしてないとか、言いませんよね!?」


「キ……!?し、してないわよっ!」


 シールラは口をまんまるに開けた。

 そのままの顔でしばらく固まったあと、小声で


「怖っ!怖すぎですドン引きぃぃぃぃぃ!カブリア男子さんマジでドン引きですぅぅぅぅぅぅぅ!」


「なっ……!エスペルは怖くないわ、とても優しいわ!」


 むっとするライラに、シールラは呆れ顔で首を振る。


「もう、そんなんじゃ駄目ですよぉ!カブリア男子さんは攻略難易度高過ぎですねえ。ここは仕方ないです、ライラさんが攻めていかないと!シールラ、むっちゃエロいスケスケネグリジェとか、いっぱい持ってます!着てないやつ、ライラさんに差し上げますう!」


「す、スケスケネグリジェがどんなものかまったく想像つかないけど、嫌な予感しかしないから、いらない……」


「えー?絶対ライラさん似合いますよお?」


 言いながらシールラはライラの炒めている米やベーコンに、スープを注ぎいれる。


「どうせ変な服なんでしょ」


「変じゃないですよ、透けてて、おっぱいやおへそがもろ見えセクシーなだけですよぉ」


「そんなの寒いじゃない。それに裸が見えたら駄目なのよ、法律で決まってるんでしょ。テイコクケンポウなんとかで」


「……エスペル様がライラさんに変なこと教えてますう……。もうシールラ引きすぎて後方の隙間ゼロですこれ以上後ろ下がれませんですー……」

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