第62話 傀儡工房村、襲撃(11) パートナー

 エスペルの視界が真っ白になった。

 眩しさに顔をしかめ、ふと気がつけば、刈り込まれた綺麗な芝生の上にいた。

 カア坊に股がった状態で。

 見回すと、整備された花壇と、噴水と、ベンチと、人々の笑い声。駆け回る子供達。


「ここ……キリア都立公園!?戻ってきたのか!ああ、アレ、やってくれたのかライラ……!」


 ライラの方を見ると、芝生の上に仰向けに大の字になって倒れていた。


「ライラっ!?」


 エスペルは慌てて巨大カラスから降りて駆け寄った。


「どうした大丈夫かっ」


 ライラは仰向けのままハアハアと息をつきながら、髪をかきあげ苦笑いした。


「あ、だ、大丈夫、休んでるだけ……。光速移動フォトン・スライド、すごく疲れるから本当はやりたくないの。一日に一回しか出来ないし……」


「悪い、無理させちまったな」


「いいの、これがあるから私は襲撃を提案したんだもの。いざとなったらこれで逃げてくればいいかなって……」


 エスペルは、ヒルデに勝算はあるのかと問われた時の自信満々なライラを思い出した。


「なるほど、これがライラの勝算だったわけか。しかしあの赤髪、ミカエルってやつ、そんな強いのか?」


「ええ、とても。ミカエル様は三大セラフィムの一人。事実上、セラフィムの総司令官のような人よ。もっと地位の高いセラフィム、至高セラフィムと呼ばれるお方が二人いるけれど、今は三大セラフィムに統治が委任されているから」


「総司令官!?むちゃくちゃ偉い奴じゃないか!あんな若くてやんちゃそうな奴がか!?そっか強いのか、そう言われると戦ってみたくもなるが」


 ライラは首を振る。


「やめたほうがいいわ。ミカエル様は強いだけじゃなくて性格もちょっと……。とにかく関わらない方がいいの」


「そ、そうか分かった。体のほう、どうだ、辛いか?」


 言いながらエスペルもライラの隣の芝生に腰掛けた。


「もう平気。それになんだか、……楽しかった」


 予想外の感想に、エスペルは声を立てて笑った。


「ははっ、そうだな!俺もすげえ、すかっとしたよ」


 ライラが空を見上げ胸に手を当てて、いたずらに成功した子供のように笑った。


「こんなドキドキしたの初めてよ!」


「俺たちっていいコンビかもな」


 ライラが上半身をあげた。エスペルの言葉に首をかしげる。


「コンビ、ってどういう意味?」


 何気なく言ったエスペルは、困ったように頭をかいた。


「えっと、なんて説明すればいいかな。コンビっていうのはその、パートナー同士、かな。一緒に仕事したり、戦ったり、同じ目的に向かって協力したり……暮らしたり……。そういうの、パートナーって言うんだ。俺たちは今、一緒に共闘してるだろ?」


「ぱーとなー。じゃあ私はあなたの、ぱーとなー、なの?」


「う、うん。そう、ライラは俺のパートナー……だ」


 なんとなく照れながらエスペルは肯定する。


「そっか。私はエスペルの、ぱーとなー……。ぱーとなー」


 ライラは嬉しそうに、その言葉の響きを確かめるように繰り返した。

 その髪をそよ風が揺らし、優しく細めた目の長いまつ毛を、暖かい日差しが照らす。


「なんかずっと、こうしてたいな……」


「え?」


「い、いやあ、あったかくていい天気だなあってさ!今日も平和だっ」


 噴水で水遊びをする、子供達のきゃっきゃという笑い声が聞こえてきた。

 その子供達をじっと見つめると、ライラはなぜか、悲しそうにうつむいた。


「そうね、とても平和ね。穏やかで、人間がみんな幸せそう」


「ああ、そうだな。俺はこの人たちの幸せを守りたい。もう人間が虫けらみたいに殺されるのは見たくないんだ」


「それがあなたの一番の望み?」


 エスペルは空を仰ぐと、


「そうだ。この望みを叶えるためなら、なんだってしよう。命だって惜しくない。騎士だからな!」


 半分おどけたように、でも完全に本気で、宣言する。


「そう……」


「ライラの望みは?」


 エスペルの問いに、ライラは声音を落とした。


「私の望み……。なにかしら……」


 ライラは吐息をつく。そのまま公園に集う幸せそうな人間たちを、ただ悲しげに見つめていた。

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