第58話 傀儡工房村、襲撃(7) 多勢

 カサドが叫ぶと同時に、ゴゴゴ、という振動が起きた。

 奥にあるドアの一つが、中から緑色の光を放った。

 と思うや、そのドアを蹴破って、中から大量の死霊傀儡がぞろぞろと出てきた。


 闇色の体、赤い瞳、牙とかぎ爪。

 その不気味な存在が部屋を埋め尽くすほど大量に出てくる。


 カサドの号令が下される。


「目標!矮小羽のライラ、人間エスペル!」


 死霊傀儡達の赤い瞳がギラリと輝く。


「らいら……えすペル……コロス……」


「コロス……」

 

 流石のライラもその数におののき、じりりと後ずさりした。

 エスペルは剣を抜き、腰を屈めた。


 カサドが勝ち誇ったように哄笑した。


「かあーはっはっは!どうだ凶悪で醜くて最高に可愛いだろお?オレたちの息子たちはよお!やっちまいな!!」


 死霊傀儡が一斉に飛びかかってきた。

 黒い洪水のように。

 

 二人が一瞬でその洪水に飲み込まれる……かに見えた、その刹那。


「——風斬剣ザン・ウェントス


 エスペルが技名と共に半回転し、一閃。

 見えない空気の刃、風刃が、最初に飛びかかってきた死霊傀儡たちの一群を粉々に吹き飛ばした。さらに、


「——風斬剣ザン・ウェントス、連撃!」


 エスペルは死霊傀儡の群の中に踊り込んだ。

 とてつもない速さで、剣が振るわれる。

 その度に風刃が生じ、大量の死霊傀儡たちを粉砕していった。

 死霊傀儡の首が、腕が、胴が、凄まじい勢いで飛び散っていく。


 剣技と魔法の組みわせ、「魔剣技まけんぎ」だ。


 死霊傀儡の切り刻まれた肉片が、枯葉のように工房内で散乱する。竜巻の中心でエスペルが見事な剣舞を舞っている。


 職人セラフィムたちは圧倒された様子でそれを見ていた。


「おい、なんだこれ……なんだこいつ……」


「あんなたくさんの死霊傀儡が、あっという間にバラバラに……!」


 カサドは頬をひくつかせながらも、口元を歪めて笑った。


「はん、器をバラしたからなんだってんだ?どうせすぐに復活するんだ。こんな大量の傀儡魂ギミック・セフィラをどうやって破壊する!?無理さ!死霊傀儡は百はいるぞ!」


 その時ライラは、アレをやってみよう、と思っていた。

 通常のセフィロト攻撃をちまちま打っても駄目だ。

 この一週間、訓練してかなりイメージは出来上がっていた。

 

 両腕をつきだし、精神を統一し、見る。

 傀儡魂ギミック・セフィラ、その姿をじっくりはっきりと目に焼き付けた。

 

「――大破魂メガ・クリファ・セフィラ!」


 舞い散る肉片が、あちこちで爆ぜた。爆ぜたそばから黒い煙となって消えていく。

 死霊傀儡数体分の傀儡魂ギミック・セフィラを、ライラは消滅させた。


「わ、私にも出来たっ!で、でも……」


 職人セラフィムがうっと声をあげた。


「なんだあの技は!?ライラのやつ、たった一回の攻撃であんなに沢山消しちまった!」


 だがカサドはふふん、と笑う。


「まあ、確かにすげえ。でも、足りねえだろ。全然だ、焼け石に水だ!」


 ライラはくっと唇を噛む。


「まだまだよ!何度でも打ってやるわ!」


 エスペルはまだ人型を保っていた、最後の一体に斬りつけた。脳天を突き破り縦に真っ二つ。割れた体に、さらに横なぎに振るって四つに分断した。

 これで全てを肉片にした。

 無論、ピクピクうごめいてはいるのだが。

 エスペルは大破魂メガ・クリファ・セフィラを連打するライラをちらりと見て微笑んだ。


「すげえなライラ。もう習得したのか。俺も負けてらんねえな」


 エスペルは剣を収めると、深呼吸をした。

 深く、深く。心を安定させる。

 集中。

 波紋一つない透明な湖のように、エスペルの心が研ぎ澄まされる。


 エスペルの瞳には、セフィロトの樹の図形がはっきりと浮かんでいた。

 その目に、捉える。

 脳裏には完璧な座標が描かれていた。


 今この部屋にある、およそ百体の死霊傀儡の、およそ千の傀儡魂ギミック・セフィラの、位置を、形状を、座標目盛りミリ単位の正確さで、「見た」。


 そして、片手をまっすぐ上に掲げる。


「――極大破魂テラ・クリファ・セフィラ!」


 その瞬間。

 大量爆発が起きた。

 大爆発ではなく、大量の小規模爆発だ。

 部屋中に散乱した黒い肉片が、それぞれボンっと黒い消し炭となって弾けとんだ。

 それはまるで、小さな千の花火、黒い千の花火が、床で一斉に爆発したような有様だった。


 工房の作業部屋中に黒い灰が豪雪のように舞い降りる。


 見回せば死霊傀儡は一体も、残ってなかった。


 あとはただ、凪のような静寂。


 職人セラフィムたちが呆然としている。 


「な、何だ!今何が起きたんだ!?」


「嘘だろ?全部、消えただと……?」


 ライラも信じられない面持ちで、死霊傀儡の消え去った部屋を見渡していた。


 エスペルは、がくりと体を曲げ、両手を膝につくと、ハアハアと息をついた。心臓は高鳴り、ガンガン割れるような頭痛がした。

 極大魔法はただでさえ体に大きな負担がかかる。ましてセフィロト攻撃は、大変な集中力、精神力を必要とした。


 だが呼吸を整え、なんとか身を起こすと、笑顔でライラを振り向いた。


「すっげーな、ライラ!驚いたよ、お前の大破魂メガ・クリファ・セフィラ!やるじゃないか!」


 ライラは吹き出すと、あきれたように首を振った。


「このタイミングでそれ!?もう、嫌味にしか聞こえないわよ。信じられない。あなたってほんと、とんでもないわ!」


「えー、嫌味か?全然そんなつもりないんだけどな」


 エスペルが頭をかきながら霊体化防御をしているカサドたちに近づいた。


 すっ、と片手を突き出す。

 職人セラフィムが恐怖に身を捩った。


「くっ、やろうってのか!」


「大丈夫、殺しはしない。魂構成子セフィラがラスト一つになれば、行動不能になるな?眠っててくれ。すげー痛いと思うが、我慢しろよ?ライラも手伝ってくれ」


「ええ!」


 カサドが悔しげに歯を食いしばった。


「なっ、命を助けるだとう?ふざけるな、情けなんぞいらんわ!こんな老いぼれ、殺したきゃ殺っ……。う、く……うがああああ……っ!」


 言い終わらないうちに、カサドは苦悶に顔を恐ろしく歪めた後、気絶した。他の職人セラフィムたちも。エスペルとライラが調整しながら連打した、セフィロト攻撃によって。

 エスペルはふうと息をつく。


「これで邪魔はいなくなったな」

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