第48話 キリア大聖堂での戦闘(9) 女神の怒り

 巨大な死霊傀儡が、振り上げた両腕をミンシーにむかって振り下ろそうとしていた。


「やああああ!お母さんお父さんお兄ちゃんお姉ちゃん、うわああああ」


ライラが叫んだ。


「まずい、あの人やられちゃうわっ!」


「くっ、仕方ない魔法で援護を……」


「で、でも一瞬を逃しちゃ駄目って……」


 と、その時、ヒルデが術名を叫ぶ声が、その深遠から届けられたような威厳のある声が、円の神殿中に響き渡った。


 「――冬の臥榻ヒエムス・ガトウ!」


 その瞬間、円の神殿にいる全員の脳裏に、女神の姿が映し出された。

 黄金色の麦畑の中にたたずむ、豊穣の女神。

 その女神の顔は、怒りと悲しみに染まっている。

 女神はその手の内から何かを大地に放った。

 冬の冷気だった。

 麦畑は枯れ、森は雪に閉ざされ、川は氷つき、全ての生き物が死の季節を迎える……。


 そこでその幻覚は途切れた。

 白昼夢から覚めたように、ミンシーははっとして目の前を見た。

 ミンシーに襲い掛からんと両腕を万歳した状態で、死霊傀儡が固まってしまっていた。

 その巨体が身じろぎひとつせず、銅像のように停止している。


傀儡魂ギミック・セフィラ、破壊!」


大破魂メガ・クリファ・セフィラ!」


 ライラとエスペルの術名が響いた。


 銅像のように硬直していた巨大な死霊傀儡が、破裂した。

 ド派手な黒い花火のようなものが神殿の中央で炸裂した。


 そしてその全てが、黒い煙となって消えて行く。


「うっしゃあああーーーーー!」


 エスペルが雄たけびをあげながら拳を振り上げた。


 そして震えるような冷気の中、輝くダイヤモンドダストが瓦礫と化した円の神殿中に降り注いでいた。


「これは、氷結魔法……?」


 呆然とつぶやいたミンシーのすぐ隣で、ヒルデが否定した。


「違う」


「うわ、ヒルデ様いつの間に!心臓にわるっ」


「これは冬眠の術。氷の精霊ではなく、デメティス神の力を借りた。凍らせたのではなく、眠らせて活動停止させたのだ。デメティス神はあの死霊傀儡に大変怒っておられたから、強烈な威力を発動できた。おかげで一瞬だったが、共生微生物の活動停止にも成功した。今、この場でなければ、これ程の威力は出なかっただろう」


「なるほど、熊だから冬眠させたんですね!」


「熊だからではない。というか熊ではない」


「キョーセイビセイブツ、それは一体……?」


 エスペルが駆け寄りながら、歓喜の声を上げた。


「サンキュー、ヒルデ!つぶつぶが一瞬、ぽろぽろ落ちたよ!あのうっとおしいつぶつぶが、一瞬停止した!やっぱお前、すっげえなあー!!」


「は!?つぶつぶ!?」


 ヒルデがふんと鼻を鳴らした。


「全部、貴様の策だろう。まったく貴様というやつは、馬鹿威力だけじゃなくセンスまであると来ている」


 ミンシーがきょとんとしながらも、大きく息をついた


「よ、よく分からないですが、倒せて良かったです!」


ちらり、とヒルデはミンシーを見た。


「……よくやった。お前は見事に死霊傀儡を翻弄した。さすが俺の見込んだ新人だ。今日、お前を連れてきてよかった」


「えっ……」


 ミンシーが口をぽかんと開けて、耳まで顔を赤らめた。


「うわあっ、ありがとうございますっ。まさかヒルデ様にお褒めの言葉をいただけるなんて、なんかその、ギャ、ギャップ萌……」


 ヒルデは最後まで言わせずに遮った。


「気持ち悪い言葉を使うと、クビにする」


「えええええ!じょ、冗談です、どうかご勘弁をーー!!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る