第42話 キリア大聖堂での戦闘(3) 豊穣の女神

 今日は豊穣の女神、デメティスに感謝の祈りを捧げる日だった。

 ゆえにキリア大聖堂では、早朝から祭礼が行われていた。

 年に数回ある大規模な祭礼の一つだ。普段よりずっと多くの信徒たちが集まっていた。


 円の神殿の中央舞台で、女神デメティスが原初の人々に最初の種を与える神話が、演者たちによって再現された。ただの演劇ではなく、日の出とともに始まる壮麗な神儀だ。

 荘厳に響く男女の歌声と、優雅な舞を組み合わせた見事な神儀、なのだが……。

 

 この神話劇の最中、死霊傀儡が出現した。

 しかも舞台上に。


 多くの聴衆が、舞台の床に緑に光る円が現れたのを目撃している。

 その円の中から、死霊傀儡がよじ登ってきたという。穴のなから這い上がるように。

 

 人々は逃げ惑った。

 死霊傀儡に向かって行こうとした、神殿駐在騎士隊の若者は、隊長に制止された。


「だめだこいつは俺たちの手に負えない、絶対に手を出すなと指示を受けている!急いで城に救援を要請するんだ、遠隔筆記術のできる大司祭に一報を頼もう!」



 こうして大聖堂から報告を受け、ヒルデとミンシー、二人の宮廷魔術師が現場に急行したのだ。


 駐在騎士隊の報告によると、この死霊傀儡は一切動いていない、とのことだった。


 光る穴の中からよじ登るようにして舞台上に出現したと思ったら、その大きな尻をどしんと落とし、床に座ったのだという。

 座ると、目の二つの赤い光が明滅しながら消えてしまった。

 そしてそれきり、微動だにせず座っている。


 神像の端から死霊傀儡を見やりながら、ミンシーがヒルデに聞いた。


「一体、どういうことなんでしょう、この熊さんみたいな死霊傀儡は。今までの死霊傀儡はもっと元気でイキがいい感じだったんですよね!?」


「おそらく新作の使い魔なんだろう」


「新作!?ですか?」


「新作には失敗がつきものだ」


「じゃ、じゃあただの木偶の坊、木彫りの熊さんかもしれない感じですか!?このまんま動かない、とか」


「最善のパターンならな。でも単に稼働に時間がかかっているだけ、とも考えられ……」


 死霊傀儡の目が、赤く明滅し始めた。

 ピクッ、ピクッ、とその体が震える。

 赤い目はしばらく明滅を繰り返したのち、ピカーンと強い光を放った。

 死霊傀儡は首を左右前後に動かした。

 輝く赤い目で、周囲をキョロキョロ観察している。


 ヒルデは舌打ちする。


「起きたか……」


 ミンシーが両手で口を押さえた。


「ひえええええ。稼働に時間がかかってただけパターン……!」


 赤い目線がヒルデとミンシーのいるあたりでピタリと止まった。


「気づかれた。……というか考えてみれば、あいつから隠れる必要はなかったな」


 そう言うや、ヒルデは柱の陰から進み出ると、その姿を死霊傀儡の前に堂々と晒した。そのままつかつかと円形舞台に近づく。


「ちょちょちょ、ヒルデ様何やってっ」


 死霊傀儡が立ち上がって、ヒルデを見つめた。足元までやってきたヒルデに、その身をかがめる。大きな頭をかしげて、しげしげと確認すると、


「エスペる……ラいら……違ウ……」


 死霊傀儡はヒルデへの興味を喪失し、頭をあげた。

 たくさんの柱と神像を見回した。


「ドコ……隠レテる……?コレ……邪魔!!」


 そして数歩で列柱に歩み寄ると、いきなり腕を振るった。

 立ち並ぶ石柱や神像の数本が、一瞬で粉々に砕け散った。


「きゃああああっ!」


 ミンシーの隠れていた神像も粉砕された。

 目の前の神像が弾け、大量の石飛礫が拡散し、ミンシーは頭を抱えた。

 ミンシーは粉砕された柱や像のかけらを至近距離で浴びて血まみれに……。


「あれ?私生きてる……」


 ……なってなかった。


 そっと顔を上げる。ミンシーは、物質を弾く透明な球の中にいた。

 いつの間にか周りに、球状の防御魔法が施されていたのだ。


「あ、ありがとうございますヒルデ様!」


 ヒルデが咄嗟に放ち、ミンシーの周囲に展開した、防御球だった。

 同時にヒルデ自身も、防御球の中に入っていた。


 死霊傀儡は暴れまわった。


「ドこだアー!ドコ隠レテる、らいラあー!エスペルううう!出テこオオオオい」


 円の神殿の柱、神像、舞台がどんどん破壊され、その欠片かけらが豪雨のように降り注いでいた。


 防御球がなかったら、間違いなく欠片に直撃して死んでいただろう。

 

 ヒルデは顔を歪めた。


「罰当たりなことを……!なんという破壊力と頭の悪さなんだこの新作は!まずいな、悠長にエスペルを待っていられない。こいつに殺意はなくともこの大きさと力では、『事故』で大量犠牲者が出る!」

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