第41話 キリア大聖堂での戦闘(2) 円の神殿

 帝都の南地区にあるキリア大聖堂の一部。


 巨大な神像と高い石柱が交互に丸く並んだ円形の敷地の中心部に、丸い舞台がある。

 そのまんま「円の神殿」と呼ばれる施設である。


 この円の神殿の舞台上に、一匹の死霊傀儡がいた。

 背中を丸め、足を床に投げ出し、座っていた。


 だいぶ、デブだった。というか相当、デカかった。

 物質化した影のごとき形態は、かつて現れた四体の死霊傀儡と同じだが、大きさが全然違った。

 今までのは人間サイズだったのに、こいつは二階建て住居ほどもある巨大な死霊傀儡だった。


 ただこの大きな死霊傀儡は、微動だにしなかった。赤い目も光っていなかった。

 そのずんぐりした闇色の体は、今、真っ黒い山のように沈黙していた。


 さてこの「円の神殿」の内部には、現在、人間は誰もいない……ように、見える。

 だが実は二人、敷地を丸く取り囲む神像と石柱のあたりに隠れていた。

 一人は背中を神像に預け、一人はその隣の石柱に背中を預けている。


 二人とも、帝国の三ツ星紋章入りのローブ姿。

 つまり宮廷魔術師だ。


「ヒルデ様、こここれからどどどうしましょうっ」


 神像に背をつけた宮廷魔術師は、若い女性だった。女性は眉を下げながら情けない声を出した。

 女性の名前はミンシー。フードの中では栗色の髪が一個のお団子ヘアーでまとめられている。顔の両脇のウェーブする後れ毛がチャームポイント。

 相当な美人でそれゆえに実年齢よりも大人びて見える。

 だが内面から醸し出すなんとも言えないお茶目さが、見事なまでの残念具合で「美人さ」を覆い隠していた。


 問われたヒルデは石柱の端から中央舞台上の死霊傀儡を伺いながら、


「エスペルたちの到着を待つ」


「そそ、それしかできない感じですかね!?」


「できない感じだ」


 ヒルデの二つの瞳の上に、セフィロトの樹の図形が浮かんでいた。

 ヒルデの霊眼は、巨大な死霊傀儡の傀儡魂ギミック・セフィラを見ていた。傀儡魂ギミック・セフィラは生命体の魂構成子セフィラに似ているが、色が違う。その十の光の玉は、生命体のように白色ではなく、赤かった。


 ヒルデは過去に遭遇した死霊傀儡は全て霊眼にて観察していたが、それらと比べたこの巨大死霊傀儡の傀儡魂ギミック・セフィラの異常さに、顔をしかめていた。

 

 このデカブツの傀儡魂ギミック・セフィラは、赤い光の玉に、微小な黒い粒が大量に付着しているのが見て取れた。


 他の死霊傀儡にはなかったものだ。

 あの粒子は、なんだ。

 

 魂の一部ではないようだった。あの黒い粒子はむしろ肉体に近い。

 肉体の中に霊体があり、霊体の中にセフィロトがあるのだが、魂に、特殊な肉体の衣を装備させているような状態か。

 見た目の大きさよりこの特殊な傀儡魂ギミック・セフィラが問題だ。これはエスペルも難儀しそうだ……。


 と、ヒルデは思う。

 まして自分など。


 ヒルデは神聖魔法を使って死霊傀儡の肉体を傷つけることはできる。

 だが傀儡魂ギミック・セフィラには、かすり傷すら与えることはできないだろう。

 つまり、時間稼ぎはできても始末することはできない。

 己の無力さに歯噛みしながら、まだ来ぬエスペルに向かってヒルデはつぶやく。


「早くしろ馬鹿者……!」

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