第40話 キリア大聖堂での戦闘(1) 伝令ガラス

 珍獣園での戦闘から一週間目の朝。

 エスペルとライラはまだ登城前で、朝の食事を終え、身支度を整えていた。


 エスペルが言う。


「このところ、静か過ぎて怖いなあ。もう諦めたのか?イヴァルトサマ」


「どうかしら」


「死霊傀儡、あれはカブリア領から帝国まで歩いてくるのか?」


 早馬を走らせ三時間くらいの距離なので、歩けないことはないだろう。


「まさか、そんなまだるっこしいことしないわよ。転送魔法を使うの」


「転送魔法!人間がずっと昔から研究してるけどまだ完成できてない魔術だ。光速移動フォトン・スライドといい、セラフィムは移動系魔術が発達してんだな。って、なんで珍獣園に転送してきたんだ!?何か意味あるのか?」


「とりあえず人の多そうな場所に転送して、死霊傀儡自身に私達を捜させてるのよ」


「結構、雑じゃねえか、やり方!?なんかこう、索敵魔法とかないのか?」


「あるけどあまり精度は高くないわね、セラフィムの索敵魔法は。誤差10キロメートルくらい」


「誤差でけえ。そこは人間の方が優れてるな。ヒルデみたいな魔能持ちがやる透視なら結構な精度で人探し可能だし。まあつまり奴らは俺たちがだいたい帝都らへんにいる、みたいなことしか分からないわけだ」


「そうよ。たぶん次も、人の多いところに送ってくるわ」


「迷惑な話だなぁ」


 その時、窓の木枠をコツコツと叩くものがあった。

 ライラが音のする方を振り向いて、叫んだ。


「きゃあああああっ!バケモ……」


「カラスな」


 窓には黒いカラスがとまっていた。一見、ただのカラス。

 だが口を開くと、そこから発せられたのは、ただの鳴き声ではなかった。


「ヒルデ様ヨリ伝令!帝都南地区キリア大聖堂ニ、死霊傀儡出現!イマスグ出立セヨ!」


 カラスのダミ声にライラがびくりと身を引いた。


「しゃ、しゃべっ!?」


「来たか!噂をしたら、だな!」


 エスペルは舌打ちしながら、締めかけだった騎士服の腰ベルトをぎゅっと絞った。おののいているライラを見やり、説明する。

 

「ああ、こいつはトラエスト城の使い魔、伝令ガラスだ。ぱっと見は普通のカラスだけどな。キリア大聖堂か……。馬を走らてどのくらいで着けるか。ごちゃごちゃした街中だと速度上昇魔具をつけた馬でも、なかなか急行ができないんだよな」


 カラスは羽をバタつかせて再びダミ声を上げた。


「カラス、速イ!カラスニ、乗レ!」


「お前に乗る!?いや無理だろ、どうやって!」


「合言葉、言エ!かぶりあ王ノ、誕生日!」


「えっ。二月八日」


 突然のクイズに、うろたえながらも即答するエスペル。老カブリア王の誕生日は毎年、国を挙げて生誕祭をするので、カブリア王国民なら誰でも知っているのだ。


「正解!」


 ボン、という爆発音とともに白煙が上がった。

 エスペルとライラがケホケホと白煙を手で払うと、部屋の中に、巨大カラスが出現していた。


 ライラが叫ぶ。


「バケモノ!!」


「ど、同感です……」


 狭い居間がカラスの巨体に占拠されてしまった。天井に頭が当たって、カラスは変な感じに首をひねっている。

 巨大ガラスが不平を言う。


「ココ、狭イ!頭、イタイ!バカ!オンボロあぱーと!バカ!バカボロあぱーと!」


「バカバカ言うな!なんなんだこいつは!ヒルデが伝令ガラスを魔改造したんだな!?てか乗れったって、そんな図体でどうやってこの部屋から出るんだよ?窓もドアも通れないだろ!」


 巨大カラスは目を怒らせながら、ブルブル羽を震わせた。振動で地震のように部屋が揺れる。


「壁、ブッ壊ス!!!!!」


「一旦元に戻れーー!!普通サイズに戻って外に出て、外に出てからデカくなれーーーーー!!」


 巨大カラスのブルブルが、ピタリと止まった。


「ナルホド……」


「いやお前こそバカだろ!?」


 巨大カラスはちょっとムッとしたような声で、


「合言葉、言エ!」


「二月八日!!」


 またボンっと爆破音がして白煙が上がった。

 普通サイズに戻ったカラスを、エスペルはすかさず両手でぐっと掴んだ。


「ワー何スル!離セ小童こわっぱ!」


「誰がこわっぱだ!お前みたいな危険生物は捕獲だ!外出るぞ、行くぜライラ!」


「そ、外はいいけど、まさかそのバケモノに乗ってくの……?」


「いいから急ぐぜ!」


 カラスを鷲掴みにしたまま、玄関から外に飛び出していくエスペル。

 ライラはがくりと肩を落として呟いた。


「じ、自分で飛びたい……」

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