第21話 書記、王国で賢者と相対する
ルオの森をあっさり抜け、道なりに進んでいると、姿を消していた魔法兵のサランが前方から向かって来た。
てっきり後ろからついて来ているとばかり思っていただけに、俺たちは困惑した。
「エンジさん、あの人どこから来たんでしょうか」
「いや、俺にもさっぱり……」
「いつ見ても不機嫌そうにしていますけど、エンジさん何かしましたっけ?」
「た、多分何かしたかな~はは、は……」
『おい貴様! ここから先にあるルナリア王国に向かえ! 貴様のことはすでに伝えてある。下手なことをすれば、冒険の旅が今後も上手く行かないことを知れ!』
何なんだ、この人は。
先回りして悪評を伝えるとか、どこまで憎悪を高めているんだ。
そこまでのことをしたつもりはないのに。
「何なのにぁ!! 人間! エンジさまをいじめて楽しいのか~!」
「ま、まぁまぁ、落ち着いてリウ」
「ふみぅぅ……」
『獣ごときに文句を言われる筋合いなど無い。王国を避けて通ったとしても、オレは貴様の先回りをする。貴様はオレが裁いてやる!』
力はそんなに強くは無かった相手だったのに、まさかここまで敵対心を増幅させていたなんて。
サランの言う通り、王国を避けて一先ず俺の”国”に戻ることも手ではあるが、守りのオークを立たせているだけでは、この人をどうにか出来るとは思えない。
「やはり口に触れたのがまずかったんじゃ……?」
「そ、そういうこと?」
「それはそうですよ~! 自尊心が高そうな人なのに、どうしてそこに触れてしまうんですか~!」
コピーする為に、直に触れたまでは良かった。
何故口に手を触れてしまったのか。
「そんなことより、ルナリア王国に早く行く。フェンダーは、敵に怯えすぎる。すでに一国をコピーしたも同然なのに、何故?」
「俺は冒険者じゃなくて、書記なんだ。敵なんて出来て欲しくないよ」
「……とにかく行く。その前に、シェラとわたしを戻す。森に引き返して」
「えっ? キミとレシスを?」
「あなたが行く王国は人間に厳しい。ネコといるべき」
「よく分からないけど、キミがそういうなら」
白狼のルオのことや、コピーオークのことも気になるのか、ザーリンは別行動を取りたいらしい。
レシスは王国に行く気満々だったが、ザーリンが上手く説明をして納得してくれた。
ルオの森にいったん引き返し、エンラーセを唱えて二人を移動させることに成功する。
魔法兵のサランは森に近付いて来なかったので、移動魔法が見られることは無かった。
「にぁ! エンジさまとふったりきり~! にぁうん」
「そう言われれば、出会って以来になるかな。よろしく頼むね、リウ」
「あい! エンジさまをお守りしますにぅ」
ザーリンは俺のコピー能力を知り、リウとの共有スキルも知るフェアリーだ。
ここから先に訪れる国や洞窟では、サーチが出来る俺かリウの方が進みやすいと考えたかもしれない。
リウの力はまだ不確かで知らないこともあるし、彼女をお供にする方が安全性は高そうだ。
「にぁ?」
「頼りにしているからね」
「ふんふんふん~! お任せなのにぁ」
鼻歌で機嫌よく歩くリウとしばらく歩くと、眼前に見えていた王国の監視塔から、王国兵が一斉に出て来た。
『止まれ! お前たちが例の国賊だな?』
タルブックの魔法兵の言葉がどんなものなのかは分からないまま、国賊扱いを受けてしまった。
国を危機にさせてしまったのは事実なので、王国兵に睨まれながらも何とか入国することが出来た。
「にぁにぁにぁ!? エンジさま、エンジさま! 狼族がたくさんいるにぅ!」
「本当だ……まるでルオみたいだ。兵は人間だったのに、国民は獣人が多いのかな」
「ルオ?」
「あぁ、リウは会っていないけど、帰った時には会えるよ」
「いつの間に仲間が~? でもでも、さすがエンジさま!!」
嬉しそうなリウと王城に向けて歩こうとすると、狼族ではなくヒラヒラな法衣を来た男が、俺たちの正面で待ち構えていた。
いくつかの装飾を身に付けている所を見れば、魔力の高そうな人間と予想出来る。
「ピカピカ~! 赤、藍、翠~。宝石屋さんかにぁ?」
「ち、違うと思うよ」
見た感じでは、強靭な素材をふんだんに使った防具のようだ。
胸元から膝下にかけて、色違いの宝石が法衣に埋め込まれていて、どこから見ても派手な格好である。
そんな派手な人間の両脇を、地味色の紋様チュニックを着た狼族が、数人で固めている。
「ログナの書記が何用で来た?」
「――ログナからと何故分かるんです?」
「無論、この世界に在る数多の国々に、書記を置く国は多くないからだ」
「……なるほど。俺は世界を知るために旅をしているだけです」
「旅? では、ログナの弱者……いや、ラフナンに追われているのは何故か?」
「ラフナン……? 勇者の?」
賢者に弱者呼ばわりされている勇者という時点で、実力も素性も大したことはないみたいだ。
「ピカピカにぁ~」
「リウ、待った!!」
すっかり宝石の輝きに夢中になっているリウは、不用意に賢者に近づいてしまった。
「……ふ、獣ならば仕方ない。ましてネコ族、光りものに飛びついてしまうだろう」
「ふにぁぁ……」
さすがに獣人を引き連れているだけあって、悪い扱いはしないようだ。
それよりも身に付けている法衣に触れてみたい。
まだ知らない魔法も使いそうだし、コピースキルの段階も上がりそうな気がする。
「――だが、追放の書記を見逃すわけには行かないな」
「追放のことも知っていると?」
「落ちこぼれの書記など、お前……名は?」
「エンジ・フェンダーだ」
「書記で落ちこぼれる者など、エンジ……お前以外にいない。直に見ずとも、外聞の無い人間は勝手に知られていくものだ」
「それで見るからに賢者なあんたが、俺に何を?」
勇者よりも話が分かりそうではあるけど、隙をまるで見せない感じは油断出来ない。
リウも含め、獣を惹きつける賢者と相対することになるとは、これもフェアリーの導きなのか。
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