俺の脳内彼女がウザチョロ可愛い件について

 未来から帰って来ると同時に意図せずアンジェラルートに進んでしまった俺だが、頭の中にちゃっかりとアンジェラが住み着いてしまった。

 俺はまだアウェー感アリアリの渋谷の真ん中で、どうしたものかと1人立ちすくんでいたのだった。


 アンジェラはメンタルヘルスケアAIとして生を受けた(?)時からずっと研究室と格納庫の往復ばかりで、いわゆる町並みとか人の営みとかを目にする機会が全く無かったらしく、渋谷の街に大興奮だった。


 もちろん知識として未来社会の成り立ちくらいは理解しているものの、俺の世界の事など何一つ知らない彼女は事あるごとに《71ナナヒトさん、あれは一体何ですか?》と俺に聞いてきていた。彼女が特に驚いたのは「車の多さと人の多さ」の様だった。


《私達の世界では人口も制限されて、『自家用車』なんて概念も無かったですから、こんなに豊かな世界があるなんて、それ自体が驚きですよ!》


 との事だ。俺達が普段何気無く享受している平和も豊かさも、誰かが懸命に築いて守ってきたものだと再認識させられる。


 ちなみにアンジェラの五感は俺と共有しており、俺が見聞きした物をアンジェラも同様に知覚できるらしい。どういう仕組みなのかはアンジェラ本人にも分からないとの事なので、俺も考えない事にする。


 何故か意識の部分はハッキリと分断されていて、考えただけで相手に思考が伝わる事は無い。ロボだった時と同様に『口に出そうと』念じるくらいの強さで考えて初めて相手に思考が伝わる仕組みだ。


 下手にエロい事を考えて、それを丸ごとアンジェラに見られるとか羞恥プレイとか言うレベルでは無い。それだけは回避できて良かった。

 美少女に頭の中の煩悩を覗かれるなんて、可憐な男心が耐えられない。軽く死ねる。


 美少女と言えば、現在アンジェラの存在として俺に認識出来るのは彼女の『声』だけだ。姿形は存在せず、頭の中に声だけが響く。

 なお、傍から見ると俺も『何か変な電波を受け取っているお兄さん』にしか見えないので、アンジェラとの交信はTPOを選んで行わないと、社会的にも軽く死ねる羽目になる。


 なんか俺、追い込まれてね?


71ナナヒトさん、あれは何のお店ですか?》


 そんな俺のドキドキな事情にはお構い無く、アンジェラはお登りさんよろしく目に付いたもの全てを俺に問うてくる。


「あぁ、あれはハンバーガーのファーストフード店だよ」


《ハンバー、ガー…? ファーストフード、ですか…?》


 そう言えば未来の動物性タンパク質は遺伝子改良された豚と鶏、あとは虫やネズミだと鈴代ちゃんは言っていた。ロボだった俺は食う機会が無かったが、この件に関しては本当にロボで良かったと思うわ。


「よし、腹も減ったし記念に何か食っていくか」


 店に入りポテトとドリンク付きの安いセットを注文し店の2階席で食べる。店が四つ角に面してあるせいか、通行人の多さが特に目を引く。アンジェラも《本当に人がたくさん居るんですねぇ》と感心していた。俺もよく知らんけど、まぁ渋谷だしな。


《…っ!! 71ナナヒトさん、何ですかこれ?! とっても美味しいです!》


「何って、ただのハンバーガーだよ。しかも一番安いやつ」


《わたし、こんなに美味しい物を食べたの初めてですっ! まぁ食事なんて行為をした事自体初めてなんですが、それはともかく!》

 初めてのハンバーガーに大興奮のアンジェラ。こんな事で喜んでくれると何だか逆に申し訳なくなってくる。


 ひとしきり食べて飲む。そうすると出したくなるのが人間だ。トイレに入り小便器に……。


《きゃっ!》

 アンジェラの小さな悲鳴が頭に響く。


「どうした? 何かトラブルか?」

 とりあえず俺の周りには異常は見受けられないが…?


《あの、71ナナヒトさんの… アレ、見ちゃいましたぁ…》


 は? アレじゃ分からん。


「ん? 何を見たって?」


《え? あ、あの… 71ナナヒトさんの、その、泌尿器を…》


 …あぁ、掘り出す時に下を向いてたからアンジェラの視界にも入ったのか。

 しかし、言うに事欠いて泌尿器かよ。確かに女性相手にはまだ未使用だが、そこはせめて生殖器って言って欲しかった。なんか悔しいからもう少しイジメてやろう。


「それじゃ分からんな… んで、何を見たって?」


《え? あの… お、おち、ん…》


「おちん…?」


《…私には言えませんっ! もう、セクハラですよ?!》


 アンジェラに怒られた。AIにもセクハラとかあるのかな? あまり追い詰めて本気でヘソを曲げられても困るからこの辺で許してやるか。


 しかし、頭の中で他人にガイガイ言われるのって本当に煩わしいんだな。

 アンジェラはまだ素直で優しい性格だし声も可愛いから、文字通り脳内彼女としてもさほど負担でも無い。


 一方、何ヶ月も俺みたいなロクデナシの相手をしていた鈴代ちゃんには本当に頭が下がる。今更だけどゴメンな。


 結局渋谷には飯を食いに来ただけだったが、まどかやアンジェラの事を思い出せたのは幸運だった。あのまま何も思い出す事も無く、数年後に前兆もなくポックリ逝っちまったら親にも申し訳が立たない。

 少なくともこの後の数年への『覚悟』ができた事は、大きな収穫だと思いたい。



《あの、71ナナヒトさんは何故、道行く女性の胸ばかり見ているのですか?》


「…え?」


《やっぱり男の人はバストの大きい女性の方が好きなんですか…?》


 いやいやいやいや、違うからね? 狩りをしていた男の習性として、チラチラ動く物に目をやってしまう本能だからね?

 決して女性のおっぱいが大好きで、ついつい目を向けてしまう訳では… あるけど無いからね?

 決してよこしまな思いで女の人を見ている訳では… あるけど無いからね!


「ち、違うぞアンジェラ。道行く女性が石につまずいたり、足をもつれさせたりすると危険だろ? 体の中心である胸の動きを追っていれば事前に察知できて、危機回避や人命救助に役に立つんだよ、うん」


 大嘘だ。でも何とかこの勢いで言いくるめよう。


《…そうだったんですか。さすが71ナナヒトさん、優しいんですね!》


 …よし、アンジェラがバカで良かった。



 この後、アンジェラの電車初体験イベントを経て、なんとかアパートに帰ってきた。


 俺は帰宅と同時に反射的にパソコンを立ち上げ、いつものオンラインゲームを起動させる。


《へぇ、これが71ナナヒトさんの言ってたオンラインゲームですか…》


 …そっか、今日はせっかくアンジェラがいるんだから、ゲームなんてしてないでアンジェラの話し相手でもしてやろうかな?


 俺は起動させたゲームをスタート画面のまま放置して、アンジェラに今までの事を教えてもらった。


 高橋のやらかしと逮捕、まどかへの避難、まどかとの確執、シマノビッチの人柄、幽炉同盟内での生活、高橋の孤独と反逆、その他もろもろだ。


 こちらも近衛隊の襲撃、核爆撃、『すざく』との合流、ソ大連への亡命、『鎌付き』を追っての長征、俺の華麗なハッキングで何度も『すざく』を守った事、俺の華麗な活躍で『鎌付き』を倒した事などを語って聞かせた。


 その日は2人で夜通し語らった。夜食に食ったカップラーメンを、アンジェラはまたしても美味いうまいと歓喜しながら味わっていた。



 翌朝、昨日から漠然と抱いていた違和感の正体をふと理解し、アンジェラに声を掛ける。


「なぁ、アンジェラ…」


《はい、何ですか71ナナヒトさん?》


「あのさぁ、俺ってもうロボじゃないんだよね。だからいい加減その『71ナナヒトさん』てのは止めてくれないかなぁ?」


《あ! そうですよね、ごめんなさい。え、えっと… み、宮本さん… で良いですか…?》


「…アンジェラはそれで良いのか?」


《え? あ… あんまり良くないかもです…》


「俺の下の名前知ってるよな?」


《も、もちろんです! 陽一さん、ですよね…?》


「じゃあそう呼んでくれ」


《じ、じゃあ『陽一さん』、えと、不束者ふつつかものですが、す、末永くよろしくお願いします…》


 声しか分からないが、今きっとアンジェラの顔は真っ赤に染まっているはずだ。俺も何だか赤面してしまう。


 今日から新しく俺と美少女とのバディ生活、シーズン2の始まりだ! これからもよろしく頼むぜ『相棒』!!




 エピローグ


 ○月△日


《そんないやらしい動画見るなんて陽一さんって最低です!》


「しょーがねーだろ、俺だって若い男子なんだから出すもの出さないと溜まるんだよ!」


《知りません! エッチな人は嫌いです!》



 □月○日


《今日は小説書かないんですか?》


「んー、イマイチ乗らなくてねぇ。アンジェラは俺の自伝小説どう思う?」


《うーん、主人公に華が無いので今ひとつワクワク感に欠けますね》


「バッサリかよ。俺の心を殺しにかかってない?」



 △月△日


「あーもー、ゴチャゴチャウザい! 少し黙っててくれ!」


《なんですか? どうせ私なんていない方が良いんでしょ? ふんだ! 陽一さんなんて、陽一さんなんて… 大ッキライなんだからねっ!》

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