第66話 ありがとう

 原子炉の爆発まであと長く見ても7分といった所か。俺の幽炉の残量も現時点で9%。遂に10%を割り込んだ。

 まぁ『鎌付き』との戦闘でゴソっと減っていったし、何より『すざく』を出てからずっと開放しっぱなしだからな。

 時間も幽炉もダブルでリミット近くて大ピンチな訳だよ。


《高橋、聞こえるか? 原子炉の暴走は『鎌付き』の仕業だ。なんとか止めたいんだが時間が無い。原子炉とまどかの場所を教えてくれ!》


「うん… 今送ったよ。それで、まどかちゃんをどうするの? もしかして、殺すの…?」


《…そんなつもりはねーよ》

 …つもりは無いけど、まどかが武力で抵抗してくるなら戦わざるを得ないかも知れない。


「そっか… あの子をよろしく頼むよ…」

 弱々しい声。高橋もニッコリ笑って再会出来る相手同士じゃないのを分かっているはずだ……。


 幽炉残量8%


《しっかし幽炉の技術があるのに、この衛星にはまだ原子炉なんて物が残ってるんだなぁ》

 何気なく呟いた言葉に鈴代ちゃんが反応した。


「…幽炉のエネルギー効率は凄まじいけど、まだ輝甲兵を動かすので精一杯よ。コロニーや鉱山衛星、軍艦等の大型の動力はまだまだ原子力が主力だわ」


《へぇー、そういうものなのねぇ。で、鈴代ちゃんの怪我は大丈夫なのか…?》


「…目も腕も2つずつあるんだから1つくらい失くしたって死にはしないわ。今は原子炉を止める事だけ考えて」


 ムチャクチャ言ってるよ。まぁ鈴代ちゃんだけ途中で降ろす訳にもいかねぇしなぁ。


幽炉残量7%


 通路を抜けた先には広めのフロアになっていて、その先に暴走したらしい原子炉が爆発の前準備の如くガッシャガッシャとせわしなく動いていた。


 広めのフロアの中心に円盤頭、まどかの丙型が膝を抱えた体育座りの格好で、上下逆さまのまま悠然と宙に浮いていた。


 やがてこちらに気づいたまどかはふらりと立ち上がり(?)俺達を直視する。


《久しぶりだね、みゃーもと…》


《まどか…》


《うっぴーを殺してくれたみたいだね。ありがとう…》


《え? うっぴーって何だ?》


《シマ… シマ、何とか博士だっけ? あーしには『うっぴー』って名乗ってたからさ(作者注:名乗ってません)》


《あいつそんなファンキーなキャラだったのかよ…? と、そんな事はどうでも良いんだ。まどか頼む、原子炉の暴走を止めてくれ》


《え、無理。今からじゃもう何も受け付けないし》


「…動力ブロックを衛星から切り離すとかは…?」

 鈴代ちゃんが話に割り込む。段々呼吸が荒くなってきている。命には別条無さそうだけど、傷をこのまま放置したら後々障害が残る可能性が高いんじゃないかな?


《切り離した所でこの質量をどうやって動かすの? 切り離しただけじゃ、爆発した周囲の破片で基地ごと破砕されるし、遠くのコロニーなんかに降り注ぐかも》


《お前の操っているゾンビ輝甲兵を使って皆で押せば…》


《フフッ、もう幾らも残ってないよ。あの米軍のコロッサスって強いねぇ。あーしの兵隊みーんなあいつにやられちゃったよ》

 まどかは自嘲気味に呟いた。


《…何か他に手は無いのか? このままじゃお前も爆発に巻き込まれて…》


 幽炉残量6%


 まどかがゆっくりと近付いてくる。やがて手が届く距離まで来てまどかは言った。


《ねぇ、みゃーもと。あーしのお願い聞いてくれる?》


《え? あぁ何でも聞いてやる。だから…》


『この非常時に何だ?!』と怒鳴りつけてやろうかとも思ったが、ここでまどかにヘソを曲げられても困る。


《じゃあさ…… あーしと一緒に死んで…》


 何か意味分かんない上にトンデモナイ事を言い出した。


《え? あ、いや、それはちょっと…》


 口淀む俺。だってしょうがないじゃん。


《お願い聞いてくれるって言ったのに、嘘ついたの?》


 まどかは俺を下から覗き込む様に見上げるポーズを取る。


《き、『聞く』とは言ったが『叶える』とは言ってないからな!》

 しどろもどろで答える。我ながらこれは苦しい。


《なにそれサイテー…》

「最低…」


 女子2人が意見を合わせてくる。なぜこの場面でシンクロさせる?


《と、とにかく『鎌付き』は死んだんだ。もうこんな事はやめて『すざく』に帰ろうぜ》

 早急に話題を変えたい。


《…帰ってどうなるの? あーしはどうせ死刑でしょ? ならここで死んでも一緒だよ》


《そんな事にはさせない! 頼むまどか、無関係な人を巻き込むな》


《『させない』なんて、みゃーもとにそんな権限無いでしょ…?》


 まどかが両拳をぐっと握る。ロボなのに、今にもこぼれ落ちそうな涙を堪えている様に見える。


《あーしが… あーしがどんなに惨めな思いで生きてきたか分かる? 大好きな香奈姉かなねーをこの手で殺して、それでもうっぴーに支配されて逆らえなくて、アメリカやドイツの人を何万人も殺して…》


 せきを切ったように語りだすまどか。今まで余程のものを溜め込んでいたのだろう。


 幽炉残量5%


《ようやくうっぴーが死んで自由になったのに、あーしはここから出られない。『史上最大の虐殺者』として、大勢の人から責められて歴史に残るくらいならここでいっそ…》


《バカヤロー!!》


 俺は思わずまどかを零式パンチで上から殴りつけていた。円盤頭が微妙に歪む。


《いったーい! DVはんたーい、何すんのよ?! どうせ… どうせみゃーもともあーしの事を恨んでるんでしょ?》

 まどかは殴られた頭を押さえようとするが、円盤頭が邪魔で頭の上まで手が届かない。ちょっと可愛い。


《…恨んでない》


 直前のシーンで吹き出しそうになったが、必死で堪えて真面目に答えた。


《…嘘だよ》


 まどかは涙声だ。ボケツッコミとか気にしている場合では無い。シリアスシリアス。


《嘘じゃない。間違い無くお前は被害者だ、俺には分かる。俺だけはお前の味方になってやる!》


《嘘だぁっ!!》


《嘘じゃねーっ!! …でもな、『やってしまった事』は無かった事には出来ないんだ。だから… だから俺はお前にいっぱい説教して、一発ぶん殴って、それから… それから『ぎゅーっ』て抱きしめてやる!》


《みゃーもと…》


 まどかの動きが止まる。小さく震えている様にも見える。


《…バカじゃないの? 何で… 何でそんなに優しいの…?》


《お? 俺は『選ばれし勇者』だからな。決める所は決めるんだよ!》


《バカ… ホントバカ…》


《おい、あんまりバカバカ言うなよ。特にお前から言われると結構傷付くんだぞ?》


《…ね、みゃーもと、『ぎゅーっ』てして》


《え? なに急に?》


《さっき「一発ぶん殴って、それから『ぎゅーっ』て抱きしめてやる」って言ってたじゃん。あーし殴られたんですけど?》


《え? あ、ゴメン、つい…》


《…お願い》


《こんな時に… もう、ちょっとだけだぞ?!》


 幽炉残量4%


 まどかをぎゅーっと抱きしめてやる。ロボ同士なので絵面はあまりよろしく無い。俺の30サンマル式よりまどかの24フタヨン式の方が体が太いから尚更だ。

 しかも円盤頭が邪魔で俺が一段下がって抱いている為に、俺がまどかに追い縋っている様に見えるのが難点だが、まぁ仕方が無い。


 すると、3071おれのコクピットの中に、見覚えの無い若い女の立体映像が現れた。

 いや、これは多分すっぴんのまどかだ。おお、俺の予想通りまどかもかなりいい線いってる美少女だったな。


 美少女は無言のまま、俺に向かって握手を求める様に手を差し出す。俺も反射的に手を出して、互いの指先が触れる。


 俺とまどかの触れた指先に、空間が捻れる様に穴を開けた。以前まどかの覚醒実験の時に見たやつだ。前回の様に性的な感触は無い。むしろとても温かい癒やしの力を感じる。


 その穴から何か光る玉が飛び出して俺にぶつかって来た。


「きゃん! あいたたた… あれ? ここどこですか?」


 誰かと思えばアンジェラだ。高橋の作ったメンタル弱いくせに他人のメンタルケアやってるAIの女の子。

 今回は以前の半分程のサイズになっていて、パイロットの耳元で「いっちゃえー!」とか叫ぶ妖精みたいに見える。羽根は生えてないけど。

 しかしなぜこんな所に…?


《これで心残りも無くなったよ。そいつかなりウザかったからみゃーもとに上げる》


 そう言ってまどかは、予兆もなしに俺に思いっきり回し蹴りをかました。反動で部屋の反対側に叩きつけられる俺。

 オイコラ、何してくれてんだよ?


 幽炉残量3%


 文句を言おうと顔を上げた先に見えたのは、幽炉を過剰反応させ始めたまどかだった。まどかの全身が徐々に赤い光で包まれる。


《な…? おいまどか、何をするつもりだ? 俺はそんな事をさせるつもりじゃ…》

 …本当は分かっている。まどかが何をするつもりなのか。そして分かっている。今から立ち上がってまどかの元へ飛んでも、もう間に合わない、と……。


《…みゃーもと、最後に優しくしてくれてありがとう。大好きだよ… 渋谷デートしたかったね…》


 まどかはそれだけ言うと、俺に背を向けて今にも爆発しそうな原子炉へと飛び込んで行った。


《あーしはたくさん悪い事をした。だから死んでも天国の香奈姉かなねーには会えない。だからここで一言だけ言わせて。「かなねー、ごめんね…」》


 その言葉だけを残してまどかは音も無く原子炉とともに消滅した。

 まどかは自ら虚空ヴォイド現象を起こして原子炉を消滅させる事で、衛星の爆発を止めたのだ。


 まどか……。


 守ってやれなかった… 最初からそんな力なんて無かった… まどかを無理やり引き戻しても原子炉の暴走は止められなかった。


 俺は… 俺はどうすれば良かったんだ? どこで選択を間違えたんだ? どこかにセーブデータをロード出来るスイッチは無いのか…?


「…仕方なかったのよ。そう思うしかないわ…」


 鈴代ちゃんがポツリと呟く。そう簡単に割り切れる物でも無い。でも、やり直せない過去を悔やんでもそれこそ仕方ない。無理にでも割り切るしかない。


「…今だから言うけど、あの子が無力だったり邪魔するようだったら、私が3071サンマルナナヒトを自爆させるつもりだったわ。あの子は香奈さんの仇だけど、最後の言葉は信じてあげても良いと思ったかな…」


 鈴代ちゃんの怖い告白。まぁそうだよなぁ、多分俺もその選択をすると思う。それをせずに済んだのはまどかのおかげだ。俺達全員まどかに救われた。これだけは間違い無い。


《任務完了、で良いのかな…?》


「…そうね、帰りましょう、『すざく』へ」

 鈴代ちゃんも安堵の表情を浮かべている。早いとこ戻って怪我の治療をしないとな。


「あの… 私はどうしたら…?」


 そう言えばアンジェラが居たのを忘れていた。今まで何があったか知らないが、元気そうで何よりだ。


「おぉ、我が分身アンジェラちゃん! まどかちゃんの件は残念だけど、キミだけでも無事で良かったよ。新しい端末を手に入れたらすぐに戻してあげるから、ちょっとの間71ナナヒトくんの所で我慢しててね」


 高橋からも通信が入る。我慢って何だよ、失礼な奴だな。

 懐かしい明るさに包まれながら俺は機体を立ち上がらせる… 事が出来なかった。


 幽炉残量2%


 あぁ、そうか… 電池って無くなる前はパワーが落ちるよね。遂に立ち上がる事も出来なくなるほど俺のパワーは減っていたのか……。


 もう動けない。


 いつか来るとは分かっていたけど、このタイミングかぁ。


71ナナヒトっ、私にコントロールをっ!」

 鈴代ちゃんの叫び。いや、でも電池切れなんだから誰がやっても無理だろ。


71ナナヒトさん、しっかりして下さい。|治癒ヒール! 治癒ヒール! お願い、少しでも回復してっ!」

 アンジェラの叫び。いや、でもその治癒魔法って錯覚なんでしょ?


 美女2人に看取られて死ぬのも悪くないかも知れないなぁ……。


71ナナヒトさん、貴方は死んだら駄目です! 『慈愛と幸運の女神様、この身を捧げて祈念します。どうかこの者に再び命の芽吹きを。蘇生リザレクション!』」


 アンジェラが新魔法(?)を唱えると、幽炉残量が4%にまで回復した。

 嘘だろ? まさか今の魔法(?)で回復したのか? スゲーじゃん! まさか本当に幽炉を回復させる手段を手に入れ……。


 微笑むアンジェラ。その輪郭が次第に薄れ始めた。目に涙を浮かべたアンジェラが恥ずかしそうに口を開く。


「…まどかさんに先を越されちゃいましたけど、私もずっと71ナナヒトさんの事、大好きでしたよ!」


 恐らくは精一杯の笑顔を浮かべて、やがて掻き消えるようにアンジェラは消滅した。


 アンジェラはどこに行った? 『この身を捧げて』とか言ってたけど、まさかだよな? まさかアンジェラも死んじまったのか?

 何だよ… なんでみんな死に際に告白していくんだよ? 返事する事も出来ないじゃねぇかよ……。


接続コネクト!」

 鈴代ちゃんが接続し直し、俺を立ち上げる… 事はせずにおもむろに腹の乗降ハッチを開けた。

 何をするつもりだ?


接続解除ディスコネクト

 接続を切り、シートベルトを外した鈴代ちゃんの次の行動は正気を疑う物だった。


 操縦席頭部分の後ろにある幽炉おれを取り出そうと機体を破壊し始めたのだ。


《え? ちょっと、鈴代さん? 何してるんですか?!》


「うるさいっ! 帰るのよ、早く出てきなさいよ!」


《さっき『すざく』に帰るって…》


「予定変更! 今から貴方を元の世界に帰します。ここにはその為の設備があるんでしょ? このまま輝甲兵の中に居たら明日を待たずに貴方は消えちゃうわ」


 右手だけを使って乱暴に幽炉を引っこ抜いた。変に力を入れたせいか、止まりかけてた左目の出血が再開する。


 機体から引き剥がされた幽炉おれだが、まだ意識はある。目も見えるし耳も聞こえる。

 鈴代ちゃんの小脇に抱えた幽炉その物に俺の知覚も備わっているのだろう。残念ながらもう喋る事は出来そうに無いが……。


「鈴代ちゃん、座標を送るからそこに来て。71ナナヒトくんを送還しよう」


 高橋からの通信が鈴代ちゃんの個人端末に入る。座標を確認し、そちらへ足を向ける鈴代ちゃん。


 数分歩いて迎えに来た高橋と合流する。鈴代ちゃんから幽炉おれを受け取って大仰な機械に設置する高橋、鈴代ちゃんは力尽きたようにその場にへたり込み、衛星内の医者と思しき人物に介抱されている。


「TT、オッケーだよ、準備して!」


 俺を設置した台座がブーンという音を立てる。高橋とアメリカ人の爺さんと、何人かの技術士が大声でやり取りしているのが分かる。英語っぽくて意味までは分からなかったが。


 やがて高橋が俺の前にやって来た。


71ナナヒトくん、聞こえているかも分からないけど、お別れを言いに来たよ。慌ただしくて、ろくに挨拶も出来ないままでごめんね。本当にキミには感謝しかないよ」


 おれに向かってたどたどしく口上を述べる高橋。『聞こえているよ』とくらいは返信してやりたいのだが、もうそれも叶いそうにない。


「アンジェラちゃんの事も色々ありがとう。最後の蘇生リザレクションの事はボクは何も知らないんだ。アンジェラちゃんが本当に自己進化して編み出した魔法なんだろうね。バックアップが取れなかったのは心底残念だよ…」


 アンジェラの事は残念だし、高橋もせっかくライフワークの答えが出たのに気の毒だな、とは思う。


「あ、でも71ナナヒトくんの中にはアンジェラちゃんのコピーが無かったから、力を使い切って形を固定できずに霧散しちゃっただけだと思うんだよね。キミの中で成分として揺蕩たゆたっているだけで、消滅してはいないと思うから、キミの抜け殻からサルベージ出来ないかな…?」


 そうか、サルベージ出来る可能性があるなら良かったよ。俺はそれを見届ける事は出来ないけどな。


 ズズッと鼻を啜る音、高橋もいつの間にか泣いていた。


「…最後にこの世界を代表して言わせてもらうよ。『この世界を救ってくれて本当にありがとう。キミは間違いなく英雄だったよ!』」


 なにやら渦巻く光に巻き込まれる形で俺の意識は幽炉から吸い出され、そのまま何処いずこともなく流されて行くうちに、俺は意識を失った……。

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