第63話 空に舞う桜

〜鈴代視点


 71ナナヒトの修理を待つ間、長谷川大尉が私に次の作戦を伝えるべく格納庫へとやってきた。


『すざく』艦内では永尾艦長、飯島副長、長谷川大尉、その他に機関長や砲術長、航海長といった『すざく』の中枢らが最終局面に向けての会議を行っていたそうだ。


 既に決定している事項は「『すざく』を船ごと突入させて敵要塞内の人質を救出する」という事だった。問題はその『手段』についてだ。


 簡単に言えば拙速と巧遅、どちらの戦術を取るべきか? で意見が割れていたのだ。


 現在敵要塞〜Sソウル&Bブレイブス本社衛星には、新たに増援として現れた分を合計して164機の輝甲兵と4機のコロッサス、更に『鎌付き』が外に展開して戦闘している。

 これらの防備を突破して、更に衛星そのものが張っているデブリ避けの高出力バリアの先に居る人質2000名を助け出すのが目的だ。


 それに当たって考案された作戦が、

『米軍の残存艦隊と歩調を合わせ、着実に突入する』

『幽炉開放を用い、すざく単艦で突入する』

 の2種類だった。


 前者は確実ではあるが、こちらが突入する前に高橋大尉を含む人質を殺されてしまう可能性が高い。

 後者はスピード重視だが、『すざく』へのダメージが計り知れない。特に前回米軍を飛び越えた時の幽炉開放で、幽炉を同調させる装置が破損し全体の出力が30%近く低下しているらしい。


「だから試験もしていない機能をぶっつけ本番で使うのは反対だったのです。もし今度幽炉開放して、そのまま虚空ヴォイド現象でふねごと消滅したら目も当てられませんよ?」

 と飯島副長は忌々しげに言い放ったそうだ。


 意見交換は行われたが、言うまでもなく『すざく』の中身は軍隊だ。最終的に永尾艦長の判断で単艦特攻、いや突入作戦が採用された。


 さて、私はその中で『すざく』を守る最後の盾としての任務が与えられた。『鎌付き』等はテレーザさんや渡辺さん、米軍のコロッサス部隊が対処するらしい。

『鎌付き』や『まどか』を他人の手に委ねざるを得ないのいささか不本意ではあるが、命令であれば仕方ない。私は私の任務を果たそう。


 71ナナヒトの修理は田宮さん、『すざく』の竹本さん、グラコワ隊のアントノフさんという敏腕技術士3人を集中投入して突貫で行われた。


 そのおかげで作業は短時間でほぼ終了し、桜色の3071サンマルナナヒトに零式の水色の手足が付いて、『春らしい色合い』とでも言えそうな、とても見栄えが良くなっている。田宮さんによると同時に大幅な性能向上も見込めるそうだ。


 そしてなぜか無傷だったはずの副腕の改修まで行われていた。装甲を剥ぎ取って軽量化した24フタヨン式の腕から、大破した田中中尉の3008サンマルマルハチの腕を移植したようだ。


 ハイブリッドと言えば聞こえは良いが、要は3機の輝甲兵のごった煮である。そしてその分たくさんの人達の思いも込められているのだろうと思う。


 71ナナヒトの前に立ち姿勢を正す。

71ナナヒト、作戦が決まったわ。『すざく』は幽炉を開放、力場を展開しつつ敵要塞に突入、人質を救出して離脱します。私達はその間の『すざく』の警護よ」


《了解! …ん? そしたらまどかと『鎌付き』はどうするんだ?》

 まぁ当然そう聞いてくるでしょうね。


「テレーザさんと渡辺さんに任せるそうよ。貴方の言いたい事は分かるけど、これは『命令』、反論は許しません」

 71ナナヒトが何か不平を言い出す前に釘を差しておく。


《マジかよ…? でもまぁあいつらが『すざく』を攻撃してきたら迎え撃って良いんだよな?》


「うん、まぁそうね… 今テレーザさんが『鎌付き』と戦っているわ。貴方の準備が終わり次第『すざく』は突入作戦を行います」


 その台詞を待っていたかの様に田宮さんが会話に入ってきた。

「ちょうど今終わりましたよ鈴代中尉。いきなり出力全開で使うと肘や膝から吹っ飛ぶ可能性があるから、出来れば少し慣らしを入れて欲しいです」


「了解です。靖国で香奈さんや田中中尉に笑われる死に方だけはゴメンですしね」

 そう答えて私は3071サンマルナナヒトに乗り込んで出撃の合図を待つ。


 ふと幽炉の残量計が目に入る。現在の71ナナヒトの幽炉残量は29%。遂に30%を割り込んだ。

 今回の戦いだけで30%を使い切るとは思えないが、何があるか分からないのが戦場だ。今後残量計は細かくチェックしておくべきだろう。



「『すざく』幽炉開放20秒前、19、18、1 7…」

 艦橋オペレーターのカウントダウンが格納庫に響く。次に『すざく』のハッチが開いたらそこは地獄の1丁目のはずだ。再び目を閉じ集中する。


《なぁ、鈴代ちゃん…》


 …この男はいつも人が集中しようとすると話しかけてくる。ちょっとイラッとしつつ「なに…?」と答える。


《次に発艦する時に俺が「行きまーす」って言っていい?》


 …は? また藪から棒に妙な事を言い出した。確かに前回出る時にそんな事を言ってたけど。


「え…? 別に良いけど、それって何か意味があるの?」


《いや、まぁちょっとな、多分これが最後だし記念だよ記念》


 …よく分からないけど71ナナヒトのいつもの病気と思う事にしよう。


「3、2、1、ゼロ!」

 ゼロの声と同時に『すざく』が高速化し突撃する。やがて激しい衝突音と衝撃、この時点で消えずに済んだので虚空ヴォイド現象でふねごと消える事は回避できた様だ。


 外ではテレーザさんが予想以上に絶体絶命の状態だった。『鎌付き』はテレーザさん達に任せる予定だったが、このままでは……。


「鈴代、いきなりだが作戦変更だ、グラコワ大尉を援護しろ。出来たらここで『鎌付き』を倒せ」


 長谷川大尉より新たな命令が届く、言われるまでも無い。


「了解です。テレーザさんを助けるわよ、71ナナヒト!」


《よっしゃ、「3071サンマルナナヒト、行っきまーす!!」》


 71ナナヒトの嬉しそうな声で『すざく』から飛び出す。すぐに『鎌付き』に追跡されているテレーザさんを確認した。


「テレーザさん、お待たせしました!」

《待ぁたせたなぁ!》


 試射を兼ねて『鎌付き』にビームライフルを撃ち込む。71ナナヒトと初めて一緒になった時に使っていた熱線長銃と同じ理屈のエネルギー銃で、あちらよりも小型で取り回しもしやすくなっている上に、威力は5割ほど向上している。確かにこれは良い武器だ。


 ただ調子に乗って連射や照射をしすぎると幽炉の残量を直撃するそうなので、使い所は見極める必要がある。

 一応腰に予備武器としていつもの20式短機関銃サブマシンガンを忍ばせてあるが、『鎌付き』と戦う事を考えたら少し不安がある。


 もう1つの主武器はこれまた零式専用装備のバリアマチェット。一見私達の使っている普通の鉈と変わらない外見をしているが、幽炉開放時に展開される斥力場バリアの一部を刀身に纏わせる事ができるらしい。

 その切れ味は、前回の戦いで3071サンマルナナヒトの手足をまるで小枝か何かの様に容易に切り飛ばした事で実証済みだ。


 さて、ろくに狙いもつけずに撃ったビームが当たるはずもなく『鎌付き』は足を止めただけで回避運動もしなかった。しかしテレーザさんと『鎌付き』を離す事には成功した。


「ミユキありがとう。もう弐号機は戦えないわ。初号機を、エリカとヤコフの仇を討って…」


「テレーザさんもお疲れ様でした。後は私達に任せて退がってください」


 なんとかテレーザさんを救う事は成功した。幽炉同盟側の輝甲兵は、コロッサスを含め米軍や渡辺さんらが相手をしてくれている。

 結果的に、いま目の前にいる『鎌付き』と私達3071サンマルナナヒトが1対1で睨み合う。受けた攻撃で半壊している『鎌付き』の顔が、まるで楽しげにニヤついている様に歪んで見える。


 かつて『どう逆立ちしても勝てない』と結論づけた敵が目の前に居る。その威圧感は以前のまま未だ絶大だ。


 だが今の私に恐れは無い。『鎌付き』を想定した対策は立ててあるし、機体は強化されている。71ナナヒトも私も以前の戦いよりも成長しているはずだ。


 その場でボクサーがやるような軽い跳躍を繰り返す。換装された手足の軽さを確認し実感する。零式の素材と造りがどれだけ高品質だったかがよく分かる。


『鎌付き』は何かを警戒する様にゆっくりと後退していた。こちらも距離をキープしつつ前進する。


「その背中に腕を付けた輝甲兵は71ナナヒトくんと鈴代ちゃんだよね?! ボクを助けに来てくれたんだね!!」

 敵要塞内から通信が入る、この声は高橋大尉だ。


「高橋大尉、ご無事で何よりです。『光のSOS』受け取りましたよ。大尉、他の皆さんを『すざく』まで避難誘導してもらえますか?」


「へぇ、そのふね『すざく』っていうんだ? キラキラ光って綺麗だよねぇ、もしかして幽炉で動かしてるの? 一体どんな…」


「あの、大尉…?」


「…あ、ゴメンね、つい… えーとね、避難したいのは山々なんだけど、戦艦の突入したブロックへの通路がまどかちゃんによって全部閉鎖されちゃってるんだよ。まどかちゃんをどうにかしないと無理かも…」


 …そう、角倉かどくら まどかは最後まで私達の邪魔をするのね。この場で『鎌付き』を裏切って協力的な態度を取っていればまだ情状酌量の余地もあったというのに……。


「とりあえずボクが今日まで貯めてた『鎌付き』に関するデータをそっちに送るから使って!」


 早速送られてきたデータを確認、『鎌付き』の行動パターン分析情報が増えた。これで確度の高い機動予知が出来るだろう。


 後退する『鎌付き』が動きを止めた。これは好機だ、ビームライフルの照準を『鎌付き』に合わせる。

 しかし、私の引き金に掛けた指を止めさせたのは、その双剣による神速の斬撃では無く、『鎌付き』本人から発せられた意外な言葉だった。


《…なるほど。君が『ミャーモト』君だね? まどかから聞いているよ。我々は似た境遇同士、協力し合えるはずだよ。つまらぬ誤解や主観の違いで敵対するべきでは無いと考えるのだが… どうだろう? 私と少し話をしないか?》

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