第61話 意地と任務と野望と狂気

 〜鈴代視点


 私達はとても大きな物を失った。田中中尉… 些か短慮で猪武者な部分はあったけれど、彼の強大なる戦闘力はまさに『軍神』の名に相応しい物だった。


 まだ石垣中尉の事すら頭の整理が追いついていないのに、田中中尉の戦死に私達輝甲兵部隊だけでなく『すざく』全体が暗い雰囲気に包まれる。


 …だかしかし、足を止める訳にはいかない。ここで私達が足を止めてしまったら、香奈さんや田中中尉といった今までの犠牲が全て無駄になってしまう。


 まずは71ナナヒトの修理だ。両手両足を切断されている今の3071サンマルナナヒトでは戦力にならない。

 と言うより、こんな姿になるまでよく71かれは頑張ってくれた。輝甲兵の受ける損傷は生身の痛みと変わらないと71ナナヒトは言っていた。それなのに四肢を失う痛みを引き受けてくれた。


 …どうしてそんなに頑張れるんだろう? 彼は異世界の人で、この戦争には関わりの無いはずなのに。


 私達の事情とは無関係に戦局は最終局面で、次の最後のひと押しで決着するだろう。しかしそれが為に敵側も必死の抵抗を試みてくるのは必定だ。もし私達が最終局面で敗れるような事があれば、そのまま一気に形勢逆転にもなりかねない。


 傷だらけの71ナナヒトには申し訳無いが、早急に修理をして戦線に復帰しなければならない。そのはずなのだが……。


「鈴代中尉、3071サンマルナナヒトの事で少しいいかな?」


 声の主は技術士の田宮さんだった。


「何でしょう? 交換部品が足りないとかですか?」


「…いやそうじゃない。部品に関しては… また後で話そう。それより相談なのだが、3071サンマルナナヒトを縞原重工の研究室に預けては貰えないか? と思ってね」


 田宮さんの意外な提案に一瞬思考が止まる。以前高橋大尉も似た様な事を言っていた。田宮さんの言葉の意味、その根底には71ナナヒトを貴重な研究対象として、つまりは実験動物モルモットとして実験データが欲しい部分があるのは間違い無い。

 昨日までの私ならば、その言葉にあからさまな嫌悪感を表していただろう。


 でも、今の満身創痍の71ナナヒトを見て心が痛んでいるのも確かだ。『彼はこれまで十二分に戦って傷付いてきた。もうこんな地獄から解放してあげても良いのではないか?』とも考える。


 もちろん今ここで私の一存でOKを出せる話では無い。だが後々長谷川大尉や永尾艦長といった上が判断を下すにも、私の意向は必ず聞いてくるはずだ。


 私の、意向…?


 …そうだ、大事な事を忘れていた。こんな重要な話を71ほんにんに聞かずして結論が出せる訳が無いではないか。


「あの、田宮さん。71ナナヒトと相談してきて良いですか? 彼の考えが第一だと思うので…」


 私の言葉に田宮さんは優しく微笑む。こうして見ていると優しそうなお爺さんだ。いつもムッとして不機嫌そうな顔は『仕事の顔』なのだとはっきり分かる。


「構わんよ。私らが居ると彼も本音を言えないだろうから後ろに下がっておくよ。決して悪い様にはしない、帰れる残量になったらすぐに送還すると約束する。後は鈴代中尉にお願いするよ」



 71ナナヒトの前に来る。彼の体は駐機ハンガーに固定されていていた。

 損傷を受けた部位を、その手前の関節から切り離しており、今は右腕が上腕部のみ、左腕は肩から存在していない。両脚は綺麗に膝関節まで。


 体の細かい損傷は既に自己修復されており、一見『損傷を受けた機体』と言うよりも『組み立て途中の機体』に見える。


 ふと目についた右肩の手作り戦傷章に苦笑する。彼の負った傷は私の未熟さの証だと言うのに、さもそれが彼の頑張りであるかの様に誤魔化してきた。

 私自身の所業も褒められた物ではない。お為ごかしも良いところだ。


 そしてまた彼は深い傷を負った。どれだけ傷付けば彼は許されるのだろう? 


71ナナヒト…」


《オッス。そう言えば鈴代ちゃんは怪我してないのか?》


 71ナナヒトの声が響く。そう言えば機体の外でこうやって直接言葉を交わすのって初めてでは無かろうか?


「ええ、私は大丈夫。ねぇ、田宮さんから相談があったんだけど…」


《だけど…?》


 私は言葉を選んでいた。下手な言葉を口にすると『戦力外通告』にもなりかねない。それはここまで頑張ってきた71かれの心をとても傷付ける結果になるだろう。


「あのね、ここまでたくさん頑張ってきた貴方の働きに敬意を評して、もうここで退役という扱いにして、今後は縞原重工の研究室で安全に暮らさないか? っていう話が出ているの」


《へぇ… で?》

 興味無さそうに答える71ナナヒト


「え? 《で?》 ってどういう事?」

 彼の発言の意図が読めずに質問に質問で返してしまう。


《鈴代ちゃんはどう思ってるのさ? 俺がここで降りたら、もうこの戦いで鈴代ちゃんに乗る機体は無いぜ? 鈴代美由希ってのは鎌付きやまどかの後始末を他人に任せて平気な子だったっけか?》


 …うっ。そう言われると返す言葉も無い。確かに敵に対しての心残りはある。それでも……。


「でも貴方は十分以上に働いたし傷付いたわ。貴方は後方で安全に暮らして、元の時代に帰れるようになったら帰ると良いわ…」


《…………》

 私の言葉に71ナナヒトは長い沈黙で答える。気まずい空気が流れる中、やがて彼は重そうに口を開いた(口は無いからそんな感じで声を出した)。


《ふむふむ… なぁ鈴代ちゃん、俺は縞原重工の研究室に行けば以降は安全に暮らせるのか?》


「え? ええ、そうね」


《銃弾に怯える事も無く、面白おかしく暮らせて幽炉残量が10%になったら元の世界に帰して貰えるのか?》


「え、ええ、多分…」


 71ナナヒトは何を言いたいのだろう…?


《そっか… だが断る》


「…え? 何故?」

 てっきり帰るつもりになったのかと思ったけど…?


《今ここで手を引いたら、俺達2人とも後悔するぞ? 今日まで2人で頑張ってきたんじゃないか。最後まで見届けようぜ!》


 その言葉は意外に… いや、全然意外じゃない。71ナナヒトは… 宮本陽一という男はそういう男だ。私は知っていたはずなのに、彼の覚悟を小さく見積もりすぎていた。


 そうだ。いま私はこの答えに満足している。私は71ナナヒトと最後までやり遂げたい。見届けたい。


 でも……。


「なぜ? 貴方は何故そこまで戦えるの? 思えば貴方は初めからそうだった。まるで死を恐れていない。熟練の兵士でもそこまで達観している人はほとんど居ないわ。何が貴方をそこまでさせるの…?」


 思わず以前から思っていた疑問が口からこぼれる。

 出来ればこの問いはずっとしないつもりでいた。下手に彼に己の内心を探らせると、今まで隠れていた彼の怯懦や私達への不信を表面に呼び起こす可能性があったからだ。


 でも今なら大丈夫な気がしていた。『幽炉同盟を倒す』事で私達の気持ちは一つになった。この問いの答えを得る事で私はさらに深く71ナナヒトを信じられる気がするのだ。


《うーん… 改まって言われると困るなぁ。まず『死を恐れていない』ってのは違うな。俺は『死を恐れていない』んじゃなくて『死を知らなかった』んだよ。元の世界では人の死に触れる事がほとんど無かった。ゲームで死んだり殺したりはしょっちゅうだったけど、それだって幾らでも再生リスポーン出来た。死に対する認識が甘かったんだ。今は以前よりよっぽど死ぬのが怖いさ…》


「それなら何故…?」


《…嬉しかったんだよ》


「『嬉しい』? 何が…?」


《『勇者』に選ばれた事が、さ。俺は元の世界では24時間365日、ずっと自堕落に遊び続けていた。人生の目標も何も無く、ただ毎日ダラダラと過ごしていた。そんな俺に真柄まがらさん… 縞原重工は言ってくれたんだ。「人類の為に巨大ロボットに乗って虫と戦ってくれませんか?」ってな》


「でもそれは…」


《あぁ、確かに蓋を開けたらインチキばかりだった。チートなパイロットかと思ったら人間どころか幽炉でんちだし、体の自由は利かないし、鈴代ちゃんは可愛げ無いし、女の子たくさん居ても全然モテないし、『鎌付き』やまどかにはヒドイ目に遭わせられるし、ホント散々だったわ…》


「ちょっと、誰が何ですって?」


《それでも大空を自由自在に飛び回って、虫相手に無双して倒していく様はスッゲー気持ちよかった。『あぁ、世界を、人を救う仕事をしている』って実感出来たんだ。半分引き篭もってゲーム人生だった俺がだぜ? 笑っちゃうよな》


 正直71ナナヒトの言葉はよく分からない部分も多い。確かに彼は戦争をゲーム感覚で捉えていた。それは不謹慎な事でもあるけれど、突然異世界に呼び出された彼の心の防波堤になっていた可能性もある。

 ああやって常日ごろからおちゃらけていたのも、真実と向き合う事で心に傷を負うのを、無意識に防いでいたのかも知れない。


《そ、それに以前『守りたい物が出来た』って話をしただろ? 鈍感系主人公のお前は分かってないだろうけど、あ、あれは鈴代ちゃんの事なんだぞ?》


 71ナナヒトの突然の告白(なのかな?)に驚いて目を見開く。


《あ、えっと、もちろん香奈さんや長谷川さんら基地のみんなも気の良い奴ばかりで『守ってやりたい』って思えた。ゲームのギルドを仕切ってた時みたいに『仲間って良いな』って思ってたんだ。それを『鎌付き』の野郎はぶっ壊した。奴だけは許せない》


 71ナナヒトの怒りと悲しみが私の中にみ入ってくる。

 そうか、彼はもうとっくに心身ともに『異世界人』では無くて『私達の仲間』だったという事だ。変に気を回して壁を作っていたのは私の方だった。


「…じゃあ結論として、修理して再出撃って事でいいのね? この先はもう取り消しは出来ないわよ?」


《おうよ! 『鎌付き』とまどかに目に物見せてやろうぜ!》


「…と言う事です。ごめんなさい田宮さん」


 私は振り向いて、後ろで待機していた田宮さんに頭を下げた。田宮さんは目を細めて微笑んでいた。


「了解だ。では3071サンマルナナヒトの修理に取り掛かろうか。折角だから強化改造もしてやろうか?」


 田宮さんの言葉に食い付いたのは71ナナヒトだった。

《マジか?! ラスト直前でのパワーアップ回とか燃えるぜ! 田宮さん、アンタ分かってるな!》


 田宮さんもニヤリとして71ナナヒトに対し親指を立てる。私は全然分かって無いんですけど?


「ちぃと時間は掛かるが、お前さん達が回収した零式の手足を3071サンマルナナヒトに移植してやるよ。素材が良いからエネルギー効率が上がってパワーと機動性が試算だと18%上がる。更に零式専用装備のビームライフルとバリアマチェットが使える様になる」


《おお、凄いじゃないスか! あのライフル欲しかったんだよなぁ!》


 男2人で盛り上がってて、何だか急に私の居場所が無くなった気がするんですけど?


「だが、零式専用装備は幽炉に直結して使用する武器だ。開放程ではないが使うと幽炉を消費するからな。使い過ぎると死ぬぞ?」


《んだよ、ガラクタじゃねーか》


 とりあえずオチがついた所でこの場は解散、外の様子はどうなっているのだろう?



 艦橋の長谷川大尉に連絡を取る。外は外でまた新展開があったようだ。


 まず防御を固めていた様に見えた幽炉同盟だが、これは私達をおびき寄せる罠、あるいは時間稼ぎだった。


 米軍艦隊が攻勢に移ろうと前進を始めたのに呼応するかの様にSソウル&Bブレイブス本社衛星から5機の『コロッサス』が発進した。

 幽炉同盟の本拠地は元々米軍御用達の輝甲兵の工廠なのだから、これは考えてみれば不思議でも何でも無い。


 そして攻め寄せる米軍に対して、幽炉同盟のコロッサスは大口径ビーム砲で迎撃、予期せぬ反撃に浮足立った米軍に対し後方に控えていた輝甲兵の虚空ヴォイド自爆攻撃が再開され、これまた多数の被害を出した。


 そこで今まで隠れていた『鎌付き』が米軍の前に登場し、Sソウル&Bブレイブス本社衛星に残っている人員およそ2000名を人質にして、米軍へ降伏を迫ったのだ。


 更に『鎌付き』を見て逆上したテレーザさんが単騎で突っ込んで行き、グラコワ隊がその後を追った。というのが現在の状況らしい。


 あまりノンビリ構えていられる状況では無さそうだ。田宮さん、3071サンマルナナヒトの修理、急いで下さいね!

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