第51話 第5勢力

〜長谷川視点


 戦況は依然不利なままだ。そもそも総合戦力10倍の奴らに挟み撃ちされてまともに戦える方がおかしい。


 米連戦線は鈴代(いや、71ナナヒトか?)の頑張りで、輝甲兵に対しては特機を除きほぼ100%ハッキングに成功したそうだ。こちらの予想通り、米軍の輝甲兵は軍隊として機能不全に陥っている。中には俺達を虫じゃないと認識しつつも攻撃してくる頭の固い奴もいるらしいが、数が少ない為に鈴代隊の牽制射撃で撃退が可能な様だ。


 もちろん良い話ばかりでは無い。田中を庇って石垣が戦死したとの連絡も来た。第2中隊の副長として信任の厚かった石垣、ダーリェンで虚空ヴォイド現象に呑まれた第2中隊長の松浦は、石垣の成長をとても楽しみにしていたものだ……。

 しかし、死んだ殺したは戦場の常だ。辛い事だが今は作戦中、沈む心を後方に置いて目の前の戦いに臨まなければならない。


 こんな時に最前線で戦えない自分がもどかしい。田中に乗機を横取りされたせいだが、それはまぁ良い。俺よりもあいつの方がいい仕事するだろうからな。

 それに東亜の軍人の俺達がソ大連の基地で「輝甲兵をくれ」とねだる訳にもいかない。そんな事情で俺と武藤は『乗機の無い操者』として『すざく』で無為な日々を送ってきた。


 とは言え今まで遊んでいた訳ではない。俺は『すざく』の航空隊の隊長として鈴代達に指示を出しているし、平時は飯島副長の補佐をしている。武藤もまぁ俺と似たようなものだ。

 今の俺の戦場は『すざく』の艦橋の一角、航空オペレーターコーナーにある。俺の後ろでは永尾艦長や飯島副長が様々な指示を出している最中だ。


 田中によると米軍は8機の『コロッサス』を出してきたそうだ。今、田中はその8機を撹乱して『すざく』への攻撃を阻止するべく単騎で米軍の奥深く侵攻している。はっきり言って無茶だ。帰投命令を出したがあいつは「無線の調子が悪い」とか言い出して回線を切りやがった。


 翻ってソ大連方面はグラコワ大尉の部隊が迎撃に出ていたが、既に米連の領内に入っているからか、それとも別の理由があるのか、ソ大連艦隊の攻勢はとても消極的だった。

 艦砲の射程ギリギリを挑発するように行ったり来たりしている。傍から見て感じたのは「面倒事は米連にまかせて、『すざく』の退路を塞いでおけばそれで良し」という雰囲気だ。


 もしそうであればとても助かる。米ソの主力に同時攻撃されていたら、さすがの『すざく』も対処出来なかった。


 石垣の件でショックを受けているであろう鈴代達に行動させるのは気が引けるが、俺達は軍人だ。今は頭をからにして動いてもらわねばならない。


 鈴代達を田中の援護に向かわせるか、グラコワ隊の援護に向かわせるかで考えていたところに、突如何の前触れも無く全周波数帯を使って大規模な通信ジャックが行われた。


何だと思う間もなく『すざく』艦橋の正面スクリーンに青いジャケットを着た、分厚い眼鏡の若い女性が映し出される。ニュース特番の様な印象だ。


 そして何より驚いたのは、その映し出された女性に見覚えがあったからだ。


「高橋大尉…」


 そう、あの縞原重工のトラブルメーカー、高橋たかはし逸美いつみ技術大尉だ。ダーリェン基地で虚空ヴォイド現象に巻き込まれて亡くなったものと思い込んでいたが、何をどうやったのか知らないが元気そうだ。


 俺の中での彼女評は『トラブルメーカー』な訳だが、整えられた原稿用紙を前に、口を開いた彼女から出た言葉は更に想像を絶するものだった。


「えー、全世界の皆様に通告いたします。現時点をおきまして全米連合内に有りますソウル&ブレイブス社の本社衛星は、その名を『幽炉同盟』と改め、ニコライ・シマノビッチ博士を総統として、地球連合からの独立を宣言、並びに全米連合、欧州帝国、ソビエト大連邦、大東亜連邦の主要4カ国に対して宣戦を布告致します。我が軍の戦力は極めて強大であり、各国は懸命な判断のもと早期の降伏を勧告するものであります」


………は?!


 何言ってんだ、あの娘は? 前々からちょっと変な子だな、とは思っていたが、まさかここまでイカれた頭の持ち主だったとは……。


 加えて演説を撮影しているスタジオ(?)の照明が強すぎるのか、彼女の眼鏡に反射された光が、嫌がらせを疑う頻度でちょくちょくカメラに映り込んできて非常に眩しい。ちょっとイラッと来る。


 などと思ったのもつかの間、次にスクリーンに映ったのは『鎌付き』の部隊に米軍の大艦隊がものの数分で蹂躙じゅうりんされる姿だった。

 いきなりこの画像を見せられても、軍関係者を含む大半の連合国民には、何が起こっているのか理解できなかっただろう。


 だが、虚空ヴォイド現象を爆弾として使用する『鎌付き』の戦法を知っている俺達には戦慄する出来事だった。

 ダーリェン基地で見せた輝甲兵ジャックからの自爆技のコンボを更に洗練させた戦い方、あれを軍事知識ゼロだった『まどか』がやっているのだろうか?


 更に言うなら高橋大尉も軍事的な知識はまるで素人のはずだ。誰の知恵も借りずにあの2人で思いつける戦術では無い。どこかに黒幕と思しき人物がいるはずだ。


 怪しいのは急に名前の出てきたニコライ・シマノビッチという人物だ。名前からしてロシア人だが、その名前には聞き覚えが無い。

『はまゆり』が航路上の基地を襲撃していった際に拉致された人物… にしては後から首魁に収まるのは極めて不自然だ。


 最初からいた? どこに?


 …まさか『鎌付き』とか…?


『鎌付き』の幽炉が71ナナヒトらと同様に意識を持つ個体であった可能性は否めない。田中によってその腹に大穴を開けられた後でも『鎌付き』が飛行を続けられたのはそれが理由だった、と考えれば理屈は通る。


 可能性としては決して大きくはない。しかし新たな『覚醒した幽炉』の存在が、最も説得力の高い仮説であるのは事実だ……。


 しかしいよいよ状況が悪くなってきた。輝甲兵の生産拠点に陣取った、虚空ヴォイド現象を武器にして戦う奴らを相手に、まともな戦争をして勝てるはずが無い。


「頭が追いつかねぇな、こりゃどうしたもんか…」


 思わず口からボヤキがこぼれる。米ソと争っている場合では無い。しかし向こうはこちらの話しかけを一切無視して攻撃を続けている。

 田中もそろそろ限界だし、グラコワ隊も輝甲兵同士の小競り合いが始まったようだ。鈴代からは次の命令の催促が来ている。


 とりあえず米軍側の田中と鈴代を引っ込めて、ソ大連の対応に向かわせるべく艦長に意見具申をしようと振り向いた俺と永尾艦長の目が合った。


『こんな所で時間と戦力を浪費する訳にはいかない』


 視線だけでお互いの気持ちが通じ合っているのが分かる。何より永尾艦長も判断に迷っているのか、眉間のシワがいつもの3倍は深い。


 その直後に出た艦長の言葉は

「副長、『マサチューセッツ』の艦長は誰だ…?」

 だった。俺は意見具申のタイミングを逃して言い淀む。


「『マサチューセッツ』艦長は… 確かジム・ダグラス大佐ですが…?」


 飯島副長も『なぜこのタイミングで?』という疑問を顔に出し答える。


「…………」

 永尾艦長はきっかり3秒間目を閉じ、何かを結論づけたのか再び副長に目を向ける。


「…ダグラスならひょっとしたら話が通じるかも知れん。副長、『アレ』をやるぞ」


「『アレ』ですか? 無茶です! まだ試験もしていないのですよ?」

 艦長の意味深な言葉に慌てた様子で副長が答える。で、『アレ』って何?


「我々には援軍の宛ても無い。どのみちこのままでは『アーカム』と同様に沈められて終わりだ。覚悟を決めろ」


 艦長の言葉に副長は「仕方ありませんな」とため息をつき肩をすくめる。前々から思ってたけど、永尾艦長って軍人としてはかなり破天荒な人なんだよな。


 すくっと前を向き命令発動モードになった飯島副長が口を開く。


「これより『すざく』は幽炉を開放し高速モードで米軍旗艦『マサチューセッツ』に接舷する! 総員、対衝撃並びに白兵戦準備! 操舵手、自慢の腕を見せてみろ!」


 …マジか?! 

 このふねそんな事が出来るのか? …確かに幽炉で動く戦艦だから、言われてみればその様な機構があっても何ら不思議では無い。

 …でも試験もしてないとか言ってたよね? ぶっつけ本番でやっちゃって大丈夫な物なの? いきなり虚空ヴォイドで消滅したりしない…?


 俺の密かな心配を他所に、副長の言葉に『すざく』航海長で舵輪を預かる林田少佐が超ゴキゲンな顔と声で「アイアイサー!」と答え、舵を握る手に力を込める。

 艦橋内の照明が一斉に消え、代わりに非常灯の赤い光が周りを満たす。


「『すざく』、幽炉開放!」


 艦橋の命令を副長が復唱、更に機関課の面々によるやまびこの様な「ゆーろかいほー!」という復唱を経て、ふねの内側より湧き上がる『ヴーン』という振動音と共に『すざく』の前面に大きな斥力場が発生した。

 次の瞬間、『すざく』は大型艦船にあるまじき加速で米軍のど真ん中に突入する。


 うぉぉぉ、マジで開放しやがったぞ!

『マサチューセッツ』は米艦隊の後方にいるし、直線上には大小の艦艇や多数の輝甲兵が存在する。真っ直ぐ突っ切ると大参事を引き起こすため、そいつらの上を飛び越すイメージで『すざく』が舞い上がる。

 8機の『コロッサス』のうち何機かが突入してくる『すざく』目掛けてビーム砲を撃ち込んできたが、『すざく』の展開する力場バリアはその全てを眼前で防いで見せた。先程はあっという間に『アーカム』を沈めた砲撃だ、生きた心地がしない。


 放物線を描く様な軌道で米艦隊に突撃する『すざく』。『マサチューセッツ』はようやく俺達の意図を察したのか回避運動に入るが、『すざく』よりも巨大な艦体がそう簡単に動けるはずもなく、そのふところに『すざく』は潜り込んだ。


 正面から衝突していたら双方とも無事では済まなかっただろうが、林田少佐の腕前なのだろう、部屋ごとひっくり返した様な衝撃ではあったものの、『すざく』は無事(?)に『マサチューセッツ』の左側面に貼り付いていた。『マサチューセッツ』の左舷の装甲が幾分、いや結構剥げ落ちたが、その程度の損傷で済んだのは俺の中の常識で言うなら『奇跡』と言って差し支え無いだろう。


 衝突の際の衝撃で多数の乗組員が態勢を崩して、すでに少なからぬ負傷者を出している『すざく』だったが、永尾艦長は怯むことなく艦長席の肘掛けに備え付けられているマイクを手に取り流暢な英語でまくし立てた。


「ダグラス! 聞こえるか? こちら東亜の戦艦『すざく』、艦長の永尾だ! そちらにも『幽炉同盟』を名乗る連中の通信は聞こえていただろう? 今起きている事の真相を教えてやるから返事をしろ!」


 米艦隊は全艦規模で通信を封鎖しているが、永尾艦長の声は戦艦同士の接触通信で『マサチューセッツ』の艦内全てに響いた事だろう。


 沈黙のまま約5秒、相手の動きは見られない。『コロッサス』を含む周りの輝甲兵達も『マサチューセッツ』への誤射を恐れてか、攻撃の手を止めていた。


 永尾艦長の言う『真相』とやらもどこまで真実に迫っているかは微妙かも知れない。一応艦長と俺はソ大連の基地で田宮さんら東ソの技術士に『偏向フィルター』の存在とその意義を聞いている。これは副長の飯島さんですらも知らない事だ。


 俺達が今まで何十年と戦ってきたのは、未知の虫などでは無く他国の人間だった、という話は『知れば命が危ない』程の最重要機密だった。

 俺なんかは「みんなで知れば怖くない」精神でかなり広範囲にバラして回っていたが、その結果が核ミサイルによる殲滅だった事を重く受け止めるべきなのだろう。


 問いかけに対して無視してきた相手に業を煮やしたのか、永尾艦長が再び大きく息を吸う。

「ダグラス、お前が話に乗らないなら俺が外交武官時代に見た『あの件』をお前の奥方に話す事になるが構わないか?」


 うっわ、なんだか知らないけどえげつない交渉を始めたぞ。今の発言、相手の艦内全てに聞こえているんだよな?


「…いつから東亜は虫を飼うようになったのだ? 今すぐにでもコロッサス部隊の斉射で貴艦を沈めたいのだが。貴様本当にナガオなのか…?」


 おお、返事があった。しかも声の奥で「通信を切れ!」とのくぐもった感じの別の声が聞こえた。


 これは恐らく『マサチューセッツ』に乗り込んできた米艦隊のお偉いさんの声と思われる。そいつはきっとこの世界の闇の部分を全て知っていて、それを隠そうとする奴らの一部なのだろう。

 そして、俺達を理由らしい理由も述べずに反逆者として処断しようとした東亜の近衛隊も、それに準ずる組織だったのだろうと今更ながらに思い知る。


「本物の俺だよジム。奥方よりも先に『マサチューセッツ』の乗員に『あの件』を公開すれば信じる気になるか?」


 畳み掛ける永尾艦長、うわぁこの人怖いわぁ。


「それに我々が虫では無く輝甲兵部隊である事は、リアルタイムで報告は上がってきているだろう? なんなら隣にいるボーエン艦隊司令にでも聞いてみるといい。とにかく早急に話がしたい、今対処するべきは第5の勢力である『幽炉同盟』であって、我々お互いでは無いのだよ」


 …もう完全にこちらのペースだな。恐らく米連方面はもう大丈夫だろう。俺は田中に帰還、鈴代にソ大連方面の援護に向かうよう指示をして、状況を見守ることにした。

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