第49話 天使vs巨神
〜田中視点
『コロッサス』の偏向フィルターの無効化が不可能だと言ってきたのだ。
何でも『コロッサス』には、内蔵する幽炉と同様に偏向フィルターが2つ装備されているのだが、どうやらそれが相互補完しているらしく、1つをハッキングしている最中にもう1つが横から修復してくるそうだ。
まぁ、しょうがないよな。出来ないものはしょうがない。だから
「
「
ピンキーから奴の部下への通信が入る。俺に護衛とか不要なのだが、あの手の女は下手に何か一つ言うと五つくらい言い返して来るから、面倒臭い事この上ない。だから何も言わずに振り切ってやろうと速度を上げた。
…のだが、
ダーリェン基地の生き残りで
俺は『コロッサス』に向けて一直線に機体を
ただ、顔のメインカメラを塗り潰しても、輝甲兵には肩や腰に予備のカメラが設置されており、その行動そのものを完全に封じるのはかなり困難だ。
ただ、メインカメラから予備カメラに切り替わる数秒間のラグの間に、ピンキーがそいつらの偏向フィルターとやらを無力化して、『俺達が虫じゃない』事を分からせる事が出来れば、当面の任務は完了となる。
…今まではそれで対応出来ていた。
しかし、今回はペイントで顔を潰された奴のその後の反応が妙に素早い。
『アーカム』の部隊の連中の時は奴らの動きを完全に封じられていた。仮に『アーカム』から米軍の本部に俺達のペイント弾戦術が伝えられていたとしても、視界がほぼゼロの状態から正確に照準出来る程の超エース級の練度まで引き上げる程の時間的余裕は無かったはずだ。
「…なるほど、丙型か…」
恐らくは米軍の後方に
無線のやり取りをしている雰囲気は無いから、機体の空間地図を共有して
俺を取り囲む様に展開される米軍に進路を封じられて、なかなか『コロッサス』に辿り着けない。
向こうでも俺の位置しか情報が無い為か、俺を狙って目の見えない者同士の外した流れ弾によって、米軍内でわずかながらも同士討ちが発生している。
そうこうしている間に『コロッサス』の第2射が行われ、駆逐艦『ハリス』がアーカム隊の数機の輝甲兵を巻き込む形で一撃で轟沈した。
『コロッサス』は俺達の相手を随行の輝甲兵部隊に任せて、自分は対艦戦オンリーの釣瓶落としを楽しむ腹のようだ。
これ以上『
「…おいピンキー、米軍の奥に丙型がいる。こっちは囲まれて突破できねぇ。どうにかでき…」
言葉の途中で米軍の丙型へと、幽炉を開放して突っ込んで行く輝甲兵が2機見えた。
恐らくはピンキーの部下だ。奴も米軍の丙型に気が付いて部下を差し向けたのだろう。
しかし、これは無茶だ。丙型は米軍の編隊の奥にいる、ピンキーに満たない技量の操者では、丙型に辿り着く前に壁を作っている輝甲兵の一斉射撃で蜂の巣にされるだけだ。
それが分からないピンキーでもあるまい。なぜそんなむざむざ死にに行かせるような命令を下した…?
だが状況は俺の予想と違って、米軍の輝甲兵部隊はモーゼが海を割る様に2手に分かれる。まるでピンキーの部下の為に道を開けるかのように……。
突入して行く奴らの後方にはピンキーがいて、何かを念じる様な雰囲気の態勢で左手を上げていた。なるほど、部下の進路確保の為のハッキングを優先させた訳か。
そのおかげで俺と護衛のもう1機は、ひっきりなしに米軍の波状攻撃に晒され続ける訳だが、まぁその位は必要経費と思わないとだな。
まさか壁になっている輝甲兵を素通りして、敵が突撃してくるとは予想していなかったのか、米軍の丙型は先頭の
おい、あの戦い方は見覚えがあるぞ。地上での模擬戦でピンキー小隊が俺を倒そうとした戦術パターンじゃねーか。
なるほど、「あの時のように」って指示すれば、打ち合わせなんてしなくてもあれだけのコンビネーションは出来るわけだ。
目的を果たしたピンキーの部下の2機は、逃げる様にもと来た道を戻ってピンキーの元に帰還する。道中のハッキングされた米軍機は状況が全く掴めずに右往左往している。頼みの綱の丙型も、
目も耳も封じられた米軍の輝甲兵部隊は大混乱状態に陥っている。
そして俺達の周りの輝甲兵らも徐々に動きを止める奴が出てきた。ピンキーがきちんと自分の仕事をしている証拠だろう。
では俺は俺の、俺にしか出来ない仕事をしよう。「『コロッサス』を止める」ってのは盛り上がる任務だ。
地球連合政府から定期的に発表される『撃墜王ランキング』で、累計撃墜数では俺は常にトップで今でもそれは変わっていない。俺の下に『コロッサス』がいて、3位に
2位と3位の撃墜数を合計した位の数字が俺の撃墜数だから、俺の成績はダントツで連合1番だと言う事になる。
まぁ正直、下の立場の奴らがどうしようが俺が気にする事では無いのだが、目の前に居て俺の邪魔をするって事なら話は違ってくる。全力で叩き潰すだけだ。
なにより『コロッサス』の操者である、なんとか兄妹の片方は『ガブリエル』というらしい。これは聖書にある天使の名前だ。米連では一般的な名前で、からかわれたりイジメられたりとかする事は無いのだろう、
個人的に面白くないから『コロッサス』は嫌いだ。叩き潰す良い動機になってくれているのはありがたい。
『コロッサス』が射程に入る。奴は10式盾以上にデカイ大盾を左手に持ち、右手には通常の
そして左肩の大口径ビーム砲の存在感、あれの直撃だけは食らう訳にはいかない。
「田中中尉、真正面から行っても的になるだけです。ここは迂回して側面から…」
「…お前がやれ。俺が正面から仕掛ければ挟撃になる」
左手に盾を持っている『コロッサス』を倒すには右側面から攻めるのは定石だ。
だが俺は敢えて奴の左から攻めた。射程ギリギリの所で
『コロッサス』が盾に隠れたのを確認した俺は、幽炉を開放して奴に突っ込む。一気に加速して盾ごと蹴り上げてやれば、如何にヘビー級輝甲兵とてバランスを崩すはずだ。そこへ
『コロッサス』は盾に体を隠しながら右手のカービン銃を連射してくる。
うん? 撃っては来ているが、射撃にまるで覇気が感じられない。
こちらを仕留めようとしての射撃では無くて、足止めや撹乱を狙う様な牽制射撃。ルーキーがビビって弾をばら撒いている様に見えなくも無い。
要は連合ランク2位の射撃っぽくないな、と軽い違和感を感じたのだが、まぁそれならそれで俺がやりやすくなるだけだから、何の問題も無い。
幽炉による加速を受けて、俺の機体は『コロッサス』へと突入して行く。どっしりと盾を構えて待ち受ける『コロッサス』に、速度の乗ったキックを食らわせる。
ガギーンという衝突音と、その音に見合った衝撃が俺の機体に響く。俺の蹴りを受けた『コロッサス』はその体を大きく揺らされ… たりせずに寸尺も動く事なく衝撃の全てを受け止めた。
俺が『コロッサス』の盾の上で一本足で立っている。そんな光景が1秒半続き、奴は俺を振り払う様に手に持つ盾を大きく振り回した。
『コロッサス』のパワーに弾かれてバランスを崩す俺。盾という足場を揺らされて奴に無防備な背中を晒している状態だ。
『コロッサス』は今までの消極さを払拭するような態度で俺を狩りに動く。カービン銃を突き出し、その照準に俺を収める。あとは引き金を引けば蜂の巣になった『虫』の出来上がり、といった寸法だろう。
俺、絶体絶命のピンチ!
…っていう演出だけどな。
もう『コロッサス』の目には俺しか映っていないはずだ。神経の全てを『攻撃』に振って、奴に背中を向けている無様な俺を飲み込もうとしている。
だから奇襲に気づかない。
『コロッサス』の頭上から1弾倉ぶん30発の弾丸が襲い掛かる。その射撃は左肩のビーム砲と頭の後部にある測距用のレーダーを重点的に狙っていた。
ビーム砲さえ無力化してしまえば『コロッサス』なぞデカイだけのドン亀だ。後は速さで撹乱してしまえば苦労する相手では無い。
何の打ち合わせもしていなかったが、俺の作った隙に合わせて『コロッサス』のビーム砲を無力化するとは。あの
死角からの強襲に慌てて
もはや『コロッサス』は混乱状態で、どこにいるのかも分からない俺達を狙って無闇矢鱈とカービンを乱射している。
勝った。
もうこいつは放置して大丈夫だろう。実際に戦ってみれば何と言う事もない。有り余る機体のパワーにあかせた雑な戦法で生き残って来ただけの雑魚操者だった。これで連合2位とか笑わせる。全く、俺も安く見られた物だ……。
ここはもういい。ソ大連部隊とも既に戦闘になっていて、早いところテレーザ達の救援に向かわないとあいつらが危険だ。
今の混戦状況ではピンキーがどれだけ仕事を終えたのかどうかも分からないし、ピンキー小隊の現在地も同様に不明だ。
俺は『コロッサス』に背を向け、ソ大連部隊の方へと向かおうとした。
…そして今度はその一瞬の隙を俺が突かれてしまったのだ。
『コロッサス』はサブカメラの一角にでも俺を見つけたのだろう。そのぶっとい両腕で
…これはマズい。更にマズい事に先程
どちらにしても今の俺には『潰されて死ぬか』『
「田中中尉ーっ!!」
と言うよりも、『コロッサス』の操者は明らかに
何度目かの鉈の攻撃によって、俺を拘束する腕の力が少し弱まった。すかさず幽炉を開放して脱出しようとした刹那、それを待ち構えていたのだろう、伸ばされた『コロッサス』の左腕で今度は足を掴まれた。
「…しつこい奴っ…!」
『コロッサス』の左肩のプラズマ放電が機体の全身に広がっていく。あー、これは
俺は手に持つ
奴の腕を破壊して最大加速で離脱する。それで『コロッサス』の
いや… 多分間に合わない。これは勘だがほぼ確信できる勘だ。くそっ、零式ならこんな奴に苦戦なんかしなかったんだが、『コロッサス』じゃ
俺が銃を撃ち込んだ『コロッサス』の肘に、同じタイミングで鉈が打ち込まれた。
…
俺と
その瞬間、『コロッサス』は
しかし、角度を少しずらして捉えた画像には
馬鹿野郎……。俺は1人でもどうにか出来たのに、余計な事をして死に急ぎやがって……。
…いや、正直さっきはもう駄目だと思っていた。自力であの窮地から抜け出すのは確率にして数%だったろう。
…とんでもない借りを作っちまったな……。
感傷に浸る間もなく、敵の後方から3条の極太ビームが飛んでくる。その全弾は俺の後ろの米巡洋艦『アーカム』を貫き、『アーカム』は3つの穴からそれぞれ火を吹き出しながら、あっという間に爆沈した。
敵戦艦の艦砲射撃かと思われたが、モニターの奥に映る光景は更なる絶望を呼び起こすものだった。
そこには8機の『コロッサス』がキレイに横一列に整列している姿があった……。
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