第47話 天使の憂鬱
〜田中視点
アメリカとソ大連の艦隊が『すざく』を挟むような形で接近して来た。これは決して偶然じゃない、断言できる。
俺はまだダーリェン基地の部隊の連中との付き合いがそこまで深くないのではっきりとは分からないが、あの連中、いや長谷川大尉と
それまでにもあの2人でコソコソと何かを話しているのを見かけた。あれは『既婚者である長谷川さんとピンキーの道ならぬ恋』という雰囲気では無かった。
どちらかと言うと『何か悪事をしでかしている共犯者達の悪巧み』、或いは『借金の返済に困っている夫婦の相談』の雰囲気に近かったと思う。
あの『鎌付き』による基地襲撃事件、丙型の女操者(仲村渠香奈)が死んだ後の2人の会話、そこで小耳に挟んだ『まどか』という言葉がどうにも引っかかっていた。
以前紹介された時に、小うるさい技術士の
ピンキーは俺には及ばないものの、トップクラスの
じゃあ『まどか』って誰だよ? という疑問が湧くのは当然の事だろう。
例えば『鎌付き』戦の終盤に、輝甲兵が勝手に墜ちたり動いたりしていた事と関係は無かったのか…? とかな……。
まぁ実際は大した事じゃない可能性も高い。人名ではなく何かの隠語の可能性だってある。
それからの近衛隊との戦い、ソ大連とのアレコレ、宇宙への帰還等のイザコザで、俺の中から『まどか』への疑問は消えかかっていた。
しかし、今になってそれを不意に思い出させた事件は、ピンキーが米軍の輝甲兵をハッキングして『偏向フィルター』とかいう装置を無効化した事だ。
元々俺達の誰も知らなかった『偏向フィルター』などと言う代物、その解除方法を
そしてこの『偏向フィルター』って装置も全く謎だ。ソ大連の基地で東ソの技術士が急遽結託して外しにかかった物であるが、これが輝甲兵を虫に誤認させる装置であった事はとても衝撃的だった。
そう、俺達はみんな衝撃を受けた。長谷川さんとピンキーと東ソの技術士らを除いて……。
顔にこそ出さなかったが、俺が受けたショックも相当な物だった。なぜそんな物が輝甲兵に取り付けられているのか? その後、何人か基地の技術士を問い詰めたのだが、答えは一様に「今は話せない」だった。
俺は正直、小難しい事には関わらずに生きていきたいと思っていた。ただひたすらに目の前の虫を狩る、名声は後から勝手に
だが運命の神様は俺にそこまでシンプルな人生を送らせてはくれないらしい。この『すざく』に居る以上、『鎌付き』を追う以上、何だかよく分からないが、世界のややこしい事情の渦中で生き抜いて行くしかないようだ。
さて米ソの艦隊は双方とも通信が通じていないらしい。意図的に俺達との通信を遮断しているのではなく、全体的に無線を封鎖している様な感じだ。米ソの両艦隊とも、だ。
明らかにおかしい。こちらには米軍の国境警備艦隊もいるし、ソ大連のテレーザの部隊もいる。何より今更米ソと戦う理由が無い。
俺達の任務は『鎌付き』の追跡、撃滅だ。ソ大連は黙って見送れば良いだけだし、米連は俺達が奴らの法を侵さない限り、そのまま通行を見逃せば良い。
なのにこの嫌らしいまでのプレッシャーは尋常では無い。
ややこしい事情に関わりたくは無いが、何も知らずに死にたくない、という気持ちもある。米ソの思惑がどうであれ、生き延びなければ話にもならないのだ。
『すざく』の格納庫、第2戦闘配備の中、出撃を控えて待機している俺の
「…珍しいスね。
彼の意図がまるで掴めずに、俺はいつも通り斜に構えた言葉をかける。
長谷川大尉には新兵時代にとても世話になった。この人が俺の操者としての素質を見抜いて、操者訓練課程に推薦してくれたからこそ、操者としての今の俺があると言えるだろう。
だから今でも何となく頭が上がらないし、無茶な頼み事とかをされても断れないでいる。
彼には感謝しているし、尊敬もしている。だがその人柄が好きか嫌いか? と問われれば、俺は即座に「嫌い」と答えるだろうな。
「いや、お前には色々無理させて済まないなぁ、と思ってな…」
「…何言ってンすか今更。俺は好きな様にやってるだけッスよ」
「そうか… なら良いんだが。ソ大連の方はグラコワ大尉の部隊が説得に当たってくれる。
「…そりゃまたのんびりとした作戦で。んで? またペイント弾で目潰しかい?」
「是非ともそうしたい所だが、『アーカム』の物を借りてもペイント弾の在庫があまり無い。1人につき
「…へぇ、んじゃあ実弾で米艦隊とやりあっていいって事スか?」
「自衛に限り、という条件は付くがな。今回は相手の数が多すぎる。 ……田中頼む、鈴代達を守ってやってくれ」
「…アンタにしては弱気ッスね。誰かを守る戦いなんて俺がする訳無いでしょう?」
「変に悪ぶるな。核ミサイルの時にお前が鈴代を守ってくれた事を知らないとでも思ってるのか?」
…ちっ、だからこのオッサンは嫌いなんだよ……。
「…そしたら鈴代の部下の分のペイント弾も俺に下さいよ。奴らにはその分、甲-四種装備でも付けさせて守りを固めさせりゃいい」
「全員分の装甲板は無いけど、分散して装着させるか… よしそれで行こう。頼んだぞ、田中」
色々頼まれた気もするけど、要は『いつも通り』暴れれば解決しそうな気もする。
「…それは良いけど、いい加減俺にもアンタらが隠している事を教えて欲しいんですがねぇ?」
「うん? おお… まぁそろそろだな、とは思ってるけど… 何にせよ今回のイザコザが片付いてからだ。 …おっと出撃の時間だぞ、じゃあ頼むぜ
そう言って長谷川大尉は離れて行った。もう
『すざく』から全ての輝甲兵が発進する。俺とピンキーの小隊、『アーカム』の輝甲兵部隊は米艦隊に、テレーザの部隊はソ大連艦隊に向き合う。
依然どちらも通信は繋がらないらしい。やがて両艦隊からほぼ同時に輝甲兵部隊が発進、展開される。
「米戦艦『マサチューセッツ』を確認、米連第3艦隊に間違いありません。ソ大連の旗艦は… 戦艦『スターリングラード』。あ、両軍が輝甲兵を展開しました。米軍が120、ソ大連は150です!」
『すざく』オペレーターからの緊迫した通信が入る。合計30に及ぶ艦船と、270の輝甲兵が一度に敵になるかも知れん状況、迎え撃つ俺達は『アーカム』の部隊を入れても40機強。戦力比およそ1:7というこの緊張感。
ここで俺は自分がニヤリと笑っている事に気がついた。
我ながら救えない性格をしていると思う。零式ならともかく、今の
それでも俺の中の『修羅』とでも言うべき物が、暴れたがってウズウズしているのを感じられた。
「米軍の輝甲兵の中に特機を発見! あれは… 『コロッサス』です! 地球連合撃墜王ランク第2位の『コロッサス』が相手の中にいます!」
それを聞き、俺は前方の画像の望遠を最大にする。米軍の輝甲兵の集団の中に、一際異彩を放つ巨大な輝甲兵が混じっていた。
ソ大連の『鎌付き』… いや『T-1』は横幅こそ大きいが、高さは
素で甲-四種装備をしている様なマッシブな重装甲、そして左肩から生える大口径ビーム砲。実物を見るのは初めてだが、話に聞いていた特機『コロッサス』そのままだった。
…ほぉ、あのコロッサスが相手か… こりゃあ楽しみが増えちまったな……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます